第三十話 巨塔

①籠の中の鳥

「と、とにかく、一先ずオヤッさんのところに行きましょう」


 緩々とざわめきが大きくなっていく中、雄也は皆を見回して言った。

 虹色の光に囲まれ、空も同じ輝きに塞がれた。

 その上で今正に、公に反社会的組織として知られ、自ら悪の組織を称するエクセリクシスの首魁たるドクター・ワイルド本人の口から、空の光が王都を焼き尽くすためのものであることが明らかにされたのだ。

 人々の不安と戸惑いは決壊寸前のはずで、何を切っかけにパニックの渦が生じるか知れたものではない。

 早々にオヤングレンに会うべきだろう。


「……そうだな。行こう」


 そうして、雄也の言葉に同意して賞金稼ぎバウンティハンター協会へと歩き出したラディアの後に続く。

 そのまま建物に入ると、賞金稼ぎバウンティハンターと騎士はより忙しそうに動き回っていた。

 とは言え、さすがに人口密度は外に比べて低い。

 そのため受付にはすぐに辿り着くことができ、また、恐らく雄也達が来たら優先的に知らせるように連絡していたのか、速やかに協会長室に通された。


「そっちから来てくれたか」


 と、中に入ってきた雄也達を見て、賞金稼ぎバウンティハンター協会の長にしてアイリスの伯父に当たるオヤングレンがどこか安堵したように言う。


「どこもかしこも通信が繋がらねえ。指示を伝えるのも一苦労だ。一応、何人かそっちにやったんだが……」


 しかし、ここに至るまでそれらしい人物は見当たらなかった。

 どうやら行き違いになったようだ。

 その誰かも気の毒に。〈テレパス〉も使えない以上は報告もできないだろうし、今頃途方に暮れているに違いない。

 だが今は、見知らぬ相手を気にかけている場合ではない。


「学院長殿も、助かります」

「いえ、それよりも――」

「今はそれどころじゃないんじゃないかい? オヤッさん」


 頭を下げたオヤングレンに応じたラディアの言葉を遮り、フォーティアが問いかける。


「ああ、フォーティア嬢ちゃんの通りだな。ドクター・ワイルドの言葉が本当なら、早急に対策を立てねえといけねえ」


 対してオヤングレンはそう答えながら、頭を強めにかいた。

 正にその対策を講じることができず、やや苛立ちを覚えているようだ。


「でも、対策って言っても情報が足りないです」

『何か分かってることはないんですか?』


 かなり大柄なオヤングレンが大きな動きをすると威圧感が強いが、臆することなくメルは自分の考えを述べ、クリアは引き継いで尋ねる。


「一応は賞金稼ぎバウンティハンターを調査に出してはいるんだが……」

「戻ってきてないんですか?」


 言い淀むオヤングレンの姿に、そう判断して問う。


「ああ……普段なら別に協会に帰ってきていようとなかろうと、通信を使えばすぐに情報は得られるから問題ねえんだがな」


 通信と〈テレパス〉の障害。正確に言えば、それらに対する敵の妨害があるせいで、調査結果が一つも届いていないようだった。


「協会長」


 と、賞金稼ぎバウンティハンターならぬ協会のスタッフらしき人物が、協会長室に入ってきた。

 その彼は足早にオヤングレンの傍に歩み寄ると、文字が書かれた一枚の紙を手渡す。


「ありがとよ」


 それをオヤングレンが受け取って礼を言うと、彼は一つ会釈をして部屋を出ていった。

 そして紙の文字に目を通したオヤングレンは、軽く眉をひそめてから小さく嘆息した。


「どうしたんですか?」


「調査にやった賞金稼ぎバウンティハンターだが……その内の翼人プテラントロープが数人、どうやら空に発生した光に巻き込まれ、消滅しちまったらしい」

「何故そんなことに?」

「あいつらには、王都を囲む光を乗り越えることができないか、どれ程の高さにまで至っているのかを調べて貰っていたんだがな」

「ああ……」


 その只中に空の光が発生し、巻き込まれてしまったのだろう。

 不幸な巡り合わせと言うしかない。居た堪れない気持ちになる。


「いずれにせよ、空から脱出することは不可能ってことだな」


 オヤングレンもまた僅かに心を乱している様子が見て取れたが、賞金稼ぎバウンティハンターの上に立つ者としての責任感からか、それを抑え込んでそう告げた。


「上が駄目なら、下とかどうでしょうか?」

「地下、か」


 イクティナの問いに雄也がそう応じると共に、各々その案を検討する。


「けど、地下は地下でどこまであの光の包囲が伸びてるか分からないからな……」

「どれだけ地表が威力を減衰してくれるかも分からないし」

『そもそも地中に潜っていけるのなんて、それこそ私達ぐらいの魔力がないと無理だわ』


 雄也の言葉に続いて、理論派の双子が否定の補足を入れる。


「それじゃ、力のない者を切り捨てることになるわな」


 王都ガラクシアスは世界最大の街。数百万の人間が暮らしているのだ。

 できれば、その大部分を見捨てるような真似はしたくない。

 協会長としても同じ考えだろう。


「上よりはマシだろうが、横をぶち破るのも無理な話だしな」

「……なら、力任せのごり押し。正面から防ぐしかない」


 そうした雄也達の会話を受けて、アイリスが簡潔に言う。


「まあ……結局そうなるよな」


 それに雄也は同意して一つ頷いた。

 これまでの傾向から言って、ドクター・ワイルドの闘争ゲームは如何に火事場の馬鹿力を出すかが攻略の鍵だ。即ち、今出せる最大火力の限界を超えなければならない。

 何をどうすればそうできるかが問題だが……。


「って、アイリス。お前、喋れるようになったのか?」


 と、オヤングレンが驚いたように彼女を見る。

 そう言えば、呪いが解けてから彼に会ったのは初めてだったか。


「……ユウヤのおかげで。けれど、それは今重要なことじゃない」

「ああ……その通りだな。悪い」


 姪っ子の回復を祝いたい気持ちもあるだろうが、状況が状況だと自分に言い聞かせるようにアイリスの言葉を肯定するオヤングレン。


「しかし、さっきの報告でも分かったと思うが、俺達の調査能力は高が知れている。人数こそそれなりに揃っているけどな。奴らとの戦いに関わらせられる程の力はねえ」


 彼は最後に「俺も含めてな」と悔しげにつけ加えた。

 メルとクリアの研究のおかげで進化の因子を得ているオヤングレンでさえ、敵が求める実力には満たないのだ。他の賞金稼ぎバウンティハンターならば、尚のことだ。


「王城の方も似たり寄ったりだろうし、お前達は独自に動いた方がいい。その旨、人をやって伝えておく。後はランド殿がよしなにやってくれるだろうよ」

「助かります。今の状況から更に王城に行くのは時間の無駄ですし」


 オヤングレンの言う通り、騎士の実力も大差ない。

 ここで余り成果が得られなかった以上、彼らに協力を求めても効果は期待できない。


「いや……偉そうな言い方をしたが、詰まるところ俺達に手立てはなく、お前達に丸投げするしかねえってことだ。情けねえ話だがな。精々一般市民が暴徒化しないように抑え込んでおくぐらいしかできねえ」

「それこそ私達にはできないことです。適材適所という奴でしょう」


 嘆息気味に言ったオヤングレンにフォローを入れるラディア。

 周りにいる人々が無造作な動きをするようであれば、雄也達の行動によって意図せず危害を加えてしまう可能性がある。

 何をするにしても、統制が取れているだけで随分と動き易くなる。


「適材適所と言えば、アレスはどうしたんですか?」


 真超越人ハイイヴォルヴァーとしての力を持つ彼は雄也達寄りの存在であり、一般的な騎士や賞金稼ぎバウンティハンターとは一線を画している。手を貸してくれれば、行動の選択肢が大分増えると思うのだが。


「ああ……」


 雄也の問いにオヤングレンは曖昧に応じて眉間にしわを作った。


「あいつは、行方不明だ」


 それから彼は簡潔に言う。


「行方不明? 一体どういうことですか?」

「報告によると、どうやら光の包囲が作られた時の通信障害の段階で、行方を眩ませていたらしい。それ以降は目撃証言の一つもねえ」

「それは……」


 オヤングレンの言葉に、雄也はある意味納得していた。

 勿論、裏切りとかそういう類の話ではない。


(アレスはメインプレーヤーじゃなくて、あくまでもゲストなんだろうな)


 ドクター・ワイルドの手によって盤面から排除されていると見た方がいい。

 恐らく超越人イヴォルヴァーか何かをぶつけられ、対処に追われているのだろう。


「分かりました」


 結局、今この場にあるもので対処しなければならない訳だ。

 敵の意図を考えれば、予想のつく話ではあるが。

 時間もない。そろそろ行動しなければまずい。


「……訓練場は使えますか?」

「ああ。一ヶ所確保している」

「では、できるだけやってみます」

「ああ……頼んだ」


 頭を下げるオヤングレンに頷き、全員で空いている訓練場に向かう。


「……近づいてきてるな」


 虹色を湛えた空の光は、魔力的な存在感を増していた。


「それでユウヤ。どうするんだい?」

「アイリスが言っただろ? 正面から全力を叩き込む。まずはそれからだ」


 フォーティアの問いに答えながら構えを取り、雄也は空を睨みつけながら「アサルトオン」と告げた。それを受けて彼女達もまた同じ文言を口にし――。


《Armor On》

《Evolve High-Drakthrope》

《Evolve High-Ichthrope》

《Evolve High-Therionthrope》

《Evolve High-Phtheranthrope》

《Evolve High-Satananthrope》

《Evolve High-Theothrope》


 更に電子音が続き、各々装甲を纏う。


「皆、俺に魔力を」

《Convergence》


 そして雄也はLinkageSystemデバイスを起動しながら魔力を収束させた。

 彼女達は魔力を供給することを以って、雄也の言葉に応えた。


「〈六重セクステット強襲アサルト強化ブースト〉!」


 自身の全力に加えて彼女達の強大な魔力。

 その全てを己の体に蓄えて解き放てば、それは初めての威力を生むだろう。


《Cannon Assault》

《Final Cannon Assault》


 作り出した巨大な砲を両手で構え、空を狙いながら全魔力を伝えていく。


「レゾナントアサルトバスター!!」


 それが完了すると同時に、雄也は空の光と同じ六属性の魔力を湛えた虹色の輝きを砲口から撃ち放った。速やかに。

 人々の不安を取り除くのに、無駄なタメなど必要ない。


「凄い……」


 その様を見て誰かが呟く。自分自身の魔力が一端を担った威力に、ここまで来たのかと感慨を抱いたのかもしれない。しかし――。


「なっ!?」


 空の光に届いたそれは、僅かな反動を手に残して吸い込まれるように消えてしまった。

 そして何ごともなかったかのように、光に覆われた空は少しずつ近づいてくる。


「お、お兄ちゃん……」


 その光景を前に、少し恐れを滲ませながらメルが呼びかけてきた。

 一つ通用しなかったことで、危機感が鎌首をもたげてきたのだろう。


『ど、どうすれば……』

「限界を、超えろってことだ」


 クリアの問いかけに雄也は硬い口調でそう告げた。

 現時点の百パーセントでは不十分。そういうことに違いない。

 と、そこへ雄也の考えを後押しするようにアサルトレイダーが訓練場に降り立った。


「皆、魔力収束をした上で魔力を渡してくれ」

「で、でも――」

「それしかない」


 雄也の体を心配するメルに強く言って、その意見を抑え込む。

 実際、手立ては力任せしかないのだから、無理矢理にでも威力を底上げする必要がある。


「……うん」


 渋々ながら冷静に状況判断し、彼女は同意した。それに彼女達も頷いて続く。


《 《 《 《 《 《 《Convergence》 》 》 》 》 》 》


 ほぼ全員同時に魔力収束を開始し、丁度十秒後。

 再び起動したLinkageSystemデバイスを介して、収束した魔力が一気に入り込んでくる。


「ぐっ」


 それは体中を荒れ狂うように駆け巡り、雄也は思わず呻き声を上げてしまった。


「アサルトレイダー!」


 その苦痛に耐えながら叫び、それを巨大な砲へと変形させる。と同時に、雄也は体内の魔力を全てそこに注ぎ込んだ。

 それに伴って体の負担が少し低減され、その代わりに全魔力を一身に受けたアサルトレイダーから軋むような不快な音が響いてくる。


(頼むから持ってくれよ)


「イリデセントアサルトカノン!!」


 そして雄也はアサルトレイダーが耐えられなくなる前に、全力以上の魔力を解き放った。

 先程とは比べものにならない輝きと共に、一筋の光が空目がけて上っていく。


(今度こそ!!)


 威力という点では、本当にこれが雄也に出せる限界だ。

 きっと闘争ゲームクリアに相応しいものとなっているはず。

 しかし、それは甘い考えだった。その一撃は少しの間だけ空の光の落下を押し留めただけで、呆気なく霧散してしまう。

 だけでなく、同時にアサルトレイダーもまた負荷に耐えられなくなり、バラバラに崩れ落ちてしまった。


「あ……」


 それでも尚、空の光は変わらず降下してくる。


(詰んだ、のか?)


 それ以前にアサルトレイダーまで壊れ、最大威力を出す術すらなくなった。

 どう考えても、もはや万策尽きたとしか言いようがない。


(いや、何か、何か残ってるはず)


 闘争ゲームであるという事実を頼りに、必死に手立てを模索する。

 だが、何も考えつかず、空は静かに無情に堕ちてくる。


「ユ、ユウヤ?」


 そこに来て恐る恐る呼びかけてきたフォーティアを始め、彼女達もまたどうにもならない状況を理解したのか、表情を緩々と変えていく。

 最後の、とは言え、あくまでも闘争ゲームの範疇。

 雄也を含め、彼女達もまたそこを拠り所にしてしまっていたのだろう。

 危機感が薄かった。

 悪い意味で慣れが大きくなってしまっていたのだ。

 何よりも、最後の闘争ゲームと言われたことで、その先に待つ戦いばかりを意識し過ぎてしまっていたのかもしれない。


「ユウヤさん!」


 縋るようなイクティナの声にも応えることができない。


(何か、何かないか。ヒントは)


 周りを見回し、小さくとも何か兆しがないか探る。

 今更ながら、焦燥感を抱きつつ。

 しかし、何もないまま、ただでさえ少ない時間が無駄に消費されていく。

 そんな雄也を嘲笑うかのように、空の光はただ淡々と近づいてきていた。

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