第六章 心と体繋がれば

第二十六話 陥穽

①二つの思いつき

 妖星テアステリ王国における大樹アルプマテルの焼失から早一週間。

 その間、ドクター・ワイルドによる襲撃もなく、少なくとも雄也は久々に(比較的)落ち着いた日々を過ごすことができていた。

 とは言っても、訓練は怠っていないつもりだし、さすがに頭の中から完全に彼らの存在を消し去ることは不可能だったが。

 そうして今日もまたいつもの訓練場から家に帰り、アイリスが作ってくれた夕飯を食べた後。ラディアが仕事を終えて帰ってきたところで――。


「先生も一緒に訓練やりましょうよ。これから先、連携とか絶対必要だと思いますし」


 前回の戦いでの反省からか、今までにも増して真剣に鍛錬に励んでいるフォーティアが彼女に向けて言った。


「それはその通りだ。私も、そのつもりで時間を作ろうとはしている。だが……」


 ラディアは頷いてフォーティアの提案に同意しつつも言葉尻を濁し、それから少し間を置いて再び口を開く。


「王立魔法学院の長というのは、単に学院のことだけを考えていればいい立場ではなくてな。六大英雄全員が解放されてしまったこともあって、会議会議の毎日だ」


 うんざりするように息を吐くラディア。

 今更ながら一教育機関の長に過ぎないはずの彼女が、国家の脅威に関する対策会議に出席しなければならないのは少々違和感がある。

 が、学院長とは言いながらも元の世界の文部科学大臣に近い公職のようだし、何より彼女自身の(元々)の実力を考えれば、そうなるのも仕方がないことかもしれない。


「煩わしいのであれば、学院長などやめてしまえばよろしいのではなくて?」

「そうは言うがな。国の動向を素早く把握できる立場は必要だろう」


 プルトナの問いかけに、ラディアは自分自身にも言い聞かせるように答える。


「もはや私も含めての話になってしまったが、腕輪の力は強大だ。オルタネイト、ユウヤの力も増している。脅威と捉えられかねん」


 とは言え、実際のところ国がどのように干渉してこようとも、今の雄也達であれば真正面から叩き潰すことも不可能ではない。

 もはや雄也達とまともに戦えるのは、ドクター・ワイルドや六大英雄を除けば片手で数えられる程度しか存在しないのだから。

 そのような状態では確かに、ラディアが危惧するような事態になっても不思議ではない。


「国との無用の軋轢は避けねばならん。となれば、緩衝役は必要だろう?」


 彼女の懸念は非常に強いようで、疑問のアクセントながら断定気味に尋ねてきた。


「それとも社会の中で生きようとせず、好き勝手に振る舞いたいと言うのか? それこそドクター・ワイルド達のように」


 加えて、真剣な声色で雄也達のスタンスを強く質してくる。

 その意図は確認とそれぞれ自戒を促すため、というところだろうか。


「…………まあ、そうする自由は俺達にもあるでしょうけど」


 そんなラディアの問いかけに対し、真っ先にそう切り出す。

 相応の責任を負う覚悟があるのであれば、人間には自由を享受する権利がある。

 己が持つ力を欲望のままに振るう権利だけならば、雄也にもない訳ではない。

 とは言え――。


「そうしない自由も同じくあります。と言うか、いくら自由が信条だからって、折角人が長い年月かけて作り上げてきた秩序を乱すのは趣味じゃない」


 何故なら、一般的に社会と敵対しておきながら、どこかにいる誰かの自由を侵害せずにいられる可能性は極めて低いからだ。

 たとえ自由を享受する権利があろうと、他人の自由を奪うことは許されない。

 もしも両立できる方法があるのなら、それを選んでも構わないだろうが。


(だとしても、反社会的なヒーローはなあ……)


 色々と理屈をつけたが、結局のところは一般的なヒーローの範疇から大きく外れるような行動は積極的には取りたくないだけだ。

 勿論ダークヒーローも好きだが、一番の憧れは正統派のヒーローなのだから。

 とは言え、己を振り返ると正統派からは大分ずれている気がしないでもないが。


【私はユウヤがいれば、どっちでもいい】


 そんなことを考えていると、雄也に続くようにアイリスが割と身も蓋もない文字を浮かべた。が、すぐに【けれど】と前置いて内容を改める。


【ゆったり過ごせる方が嬉しい】


 最近、いや、雄也がこの世界に来てからは、彼女達もほぼ常にドクター・ワイルドの企みに日々を乱されてきたのだ。

 基本マイペースな彼女でも心労が全くないはずはない。

 それが滲み出たアイリスの願いを前にすると、少し心苦しくも思う。


【ユウヤと、ゆったり過ごせる方が嬉しい】


 と、雄也のそんな感情を読んだのか、彼女は第一優先を改めて示すように文字をつけ加えた。そうしながら睨み気味にこちらを見上げてくる。

 戦いに巻き込んで申し訳ないと思う気持ちなどいらないのに。自分に気を使う必要は全くないのに。ちょっとしたことで未だに罪悪感が顔を出すのは不満だ。

 そう主張しているかのようだ。


「ありがとう、アイリス。俺もそう思う」


 そうしたアイリスの態度は申し訳なさを抱く心を解してくれ、自然と笑顔が浮かぶ。

 すると、彼女もまた小さな笑みを返してくれた。


「わたしもわたしも!」


 そこへメルがアイリスに対抗するように、手を上げて精一杯アピールしてくる。


『私も姉さん達と同じく、よ。毎日誰にも邪魔されずに思うがままに魔動器を作って、それで兄さんに褒めて貰えれば幸せだわ』


 更にクリアが引き継いで言う間に、メルはぶつかるように腕に抱き着いてきた。

 そんな真似をされるとアイリスも黙っておらず、すすすっと逆側に寄り添ってくる。


「ティア達はどうなのだ?」


 その光景を前に声に若干呆れの色を滲ませながら、ラディアが軌道修正するように今度はフォーティア達に問いかけた。


「え? あ、えっと、まあ、末席とは言え、王族のアタシがそんな真似をしたら国家間の問題に発展しかねないですし、なるべく国と友好的な関係を保ちたいところですね」

「ワ、ワタクシも、自分の言動で祖国とこの国が険悪になるのは本意ではありませんわ」


 対するフォーティアとプルトナは、アイリスとメルクリアの行動に気を取られていたのか少々慌て気味に答えた。

 とは言え、咄嗟の言葉という感じなので、発言そのものは本心と見ていいだろう。


「えっと、私も余り大それた真似は嫌だなって、思います」


 最後に何とも弱々しくイクティナが締める。

 元々の素質はかなり特異的だったものの性格的にはよくも悪くも一般人的な彼女は、そもそも社会と敵対するという考えを持つ土壌がなさそうだ。


「であれば皆、学院長という立場も必要と納得してくれ。無論、共に訓練できる時間はなるべく作るようにしたいと思うがな」


 各々意見を述べた後に出されたラディアの結論には、誰も異を唱えることはなかった。


「ラディアさんにばかり対外的な役割を押しつけて本当に申し訳ないですけど、これからもお願いします」

「う、うむ。任せておけ」


 全員を代表して雄也が改めて頭を下げる。と、ラディアは何故だかぎこちなく応えた。


「負担が大きいようなら俺達も手伝いますから、何でも言って下さい」


 彼女の反応を疲労によるものと見て、元気づけるように笑顔でつけ加える。


「あ、ああ。その時は頼む」


 と、それを前にしたラディアは、そう言いながら何故か顔を背けてしまった。

 妖精人テオトロープ特有の白磁のような肌が緩々と赤くなっているところを見るに、恥ずかしがっていることは確実だが……。


(うーん、この反応はどう捉えるべきか)


 妖星テアステリ王国から戻ってきて以来、彼女はちょくちょくこんな風になることがある。

 言動までなら単なる思わせ振りな態度とも思えるが、肌の赤さについては体のある種の反射だから、さすがに勘違いということもないだろう。

 それをコントロールしているとすれば、人間不信に陥るレベルだ。

 ともかく、こちらとしては自覚がないが、あの日の出来事の中で何かしら異性として意識するようなことがあったのだろう。

 しかし、ラディアも外見相応にそっち方面の経験が乏しく、そうした感情を少々持て余し気味になってしまっている、というところか。

 そう雄也が気づくぐらいだから、アイリス達も感づいてはいるに違いない。彼女らの今ラディアを見る目からして、そんな気配があるし。


「そ、それはそれとしてメル、クリア。最近また根を詰めているようだが大丈夫か?」


 そしてラディアは全員からの視線に居心地悪そうにしながら、露骨に話を変えようとした。が、他の面々の目があるこの場で追求できるはずもない。

 雄也は一先ずスルーして、未だに腕にくっついているメルクリアに視線を向けた。


「夜更かしはしてますけど、楽しんでやってるので大丈夫です!」

【この前の先生と兄さんの連携を見て、新しい魔動器を思いついたので】


 そう腕を絡めたまま笑顔で楽しそうに答えている辺り、以前のように無理をしている感じは全くない。心配する必要は全くなさそうだ。


「私とユウヤの連携を見て、新しい魔動器をか?」


 双子の返答に、ラディアは首を傾げてクリアの言葉を自問気味に繰り返す。

 どういった魔動器なのか頭の中で考えているようだ。

 とりあえず双子の言う連携の事例は恐らく、彼女の武装と魔力を借り受け、光属性の魔法をも使用して戦ったあれのことだろう。


「一体どんなものなのだ?」

「はい。えっと、空間転移系の魔法の応用でわたし達のMPリングとお兄ちゃんのMPドライバーを繋げて、互いに魔力の授受を継続的に行えるようにする魔動機です!」


(空間転移系、か)


 メルの説明を聞いた限りでは、魔力無効化の仕組みも参考にしているのかもしれない。


『アサルトレイダーだと一時的かつ間接的にしか魔力を扱えないですけど、これなら連続的に自分の属性以外の魔法も使えるようになるはずです』


 続けて、クリアが詳細を補足する。

 確かに常に一定の魔力を受け取ることができるのであれば、積極的に色々な魔法を試すこともできるかもしれない。

 本来使用できないはずの魔法も使えるとなれば、戦術の幅は相当広がるだろう。

 雄也に限って言っても、ラディアの武装を介して彼女の魔力と共に発現させた疑似的な〈六重セクステット強襲アサルト強化ブースト〉を常時使えるとなれば大幅な戦力増加に繋がる。

 勿論、全員が全員戦わなければならない状況では、気をつけなければ魔力不足によって不利な状況に陥ってしまうかもしれないが。

 そうした運用上の注意点を差し引いても、十分優れた魔動器のように思える。


「ふむ。中々有用そうだな」


 ラディアも同意見のようで、そう言うと一つ深く頷いた。


「えへへ」

『よかった』


 周りの評価も表情を見るに似たようなもので、だから、メルとクリアは自分の魔動器が認められて嬉しいと言うようにくすぐったそうな声を出した。


「けど、色んな魔法かあ。アタシも試してみたいねえ」


 と、高揚したようにフォーティアが呟く。

 彼女を含め、単一属性の種族としては異なる属性の魔法を使うことには一種の憧れのようなものがあるのかもしれない。

 まあ、そこだけなら他の魔動器でもある程度は満たせるはずだが、自分の意思で効果を好きに選択できるとなれば格別だろう。


「それで、その魔動器はいつ頃完成するのだ?」

「ええと、後三日ぐらいでしょうか」

「…………その間、襲撃がなければいいのだがな」


 メルの答えを受け、心の底から願うようにラディアが言った。

 正直その心配は逆にフラグになりそうな気がしてならないが。


「あ、それとお兄ちゃん」


 そんな雄也の思考を遮るように、メルが見上げてくる。


「もう一つ思いついたことがあるんだけど……」

「思いついたこと?」


 そんなメルに内容を問う意味を込めて繰り返すと、彼女は「うん」と頷いてから何故かアイリスに視線を移しながら口を開いた。


「アイリスお姉ちゃんって、呪いで声が出せなくなってるんだよね?」

【そう】


 対してアイリスは肯定しつつも、質問の意図が分からないという感じに首を傾げる。


『で、六つの属性の、それもオルタネイトレベルの強大な魔力を要する〈ヘキサディスペル〉じゃないと呪いが解けない』

「…………あ」


 続いたクリアの言葉を聞き、雄也はハッとして思わず呆けた声を出してしまった。

 彼女達が言いたいことは恐らく――。


「お兄ちゃんはまだ光属性の魔力を使えないけど、今は先生がいる」

『さっき言った魔動器が完成すれば、先生の魔力で魔法が使えるわ。だから』

「アイリスの呪いを、解くことができるかもしれないってことか」


 そして引き継ぐように口にした雄也の呟きに、メルクリアは静かに首肯したのだった。

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