④また一人

 目の前には徒手で構えを取るオルタネイトの如き漆黒のフルメイル。

 雰囲気は似ているがアレスではない。

 土属性を示す琥珀色の部分が存在していない。

 勿論、六大英雄の一人、真魔人ハイサタナントロープスケレトスでもない。

 何故なら、メルクリアが変身した時のような女性的な意匠が随所に見られるからだ。スカートを模した装甲など最たるもの。双子とは違って胸元の形状の主張も激しい。

 その身長は雄也と同程度。見た目通りに女性だとすれば、中々に高身長と言える。

 正体は不明だが、一先ずこの場は真魔人ハイサタナントロープと見なしておくべきか。


「「アサルトオン!」」


 いずれにせよ、友好的な気配のない存在を目の前にしながら最初に正体を問うなど愚策。

 そう判断し、戦闘態勢への移行を宣言する。と、丁度メルクリアの声が重なり――。


《Change Satananthrope》

《Evolve High-Ichthrope》


 さらに電子音もまた同時に鳴り響く。

 その直後、雄也と彼女の体がそれぞれ漆黒と群青の装甲に覆われていった。

 雄也は慎重を期してオルタネイト魔人サタナントロープ形態。

 水棲人イクトロープである双子は当然、真水棲人ハイイクトロープ形態だ。


「メル、クリア。アイリスとイーナを連れて下がれ」


 共に戦おうと考えているのかと危惧して咄嗟に一歩前に出ながら、雄也は目の前の存在から視線を外さないままに二人に告げた。

 さすがにまだまだ経験が足りなさ過ぎるし、精神干渉を使用される可能性がある以上、耐性的に彼女達を前に出す訳にはいかない。


「うん」『分かったわ』


 その辺はメルとクリアも最初から重々承知しているようで、そう言葉を返して素直に離れていくメルクリアの気配を背中に感じる。

 最初から二人の守りのために、念のために変身しておいただけらしい。

 雄也は大人のように弁えている双子を頼もしく思いつつ、視界に映る黒一色の全身鎧にのみ意識を集中させた。


「『お前、何者だ?』」


 そうして細部に至るまで観察しながら改めて〈テレパス〉を重ねて尋ねかける。


「『ドクター・ワイルドの手の者か、それとも……』」


 改めて問うても相手からの返答はなく、彼女(仮)は構えに力を込め始めた。


「問答無用ってことか」


 人格を奪われているのか、あるいは精神干渉によって操られているのか。

 もし後者なら魔法で打ち消さなければならないが、恐らく真魔人ハイサタナントロープ相当と推測される存在が相手では耐性の関係でオルタネイトの魔法でも届かないだろう。

 せめて変身を解除させなければならない。

 それは、たとえ相手が己の意思に従って行動しているとしても変わらない。


(とにもかくにも、戦闘不能に持ってかなきゃならないことだけは確かだ)

《Gauntlet Assault》


 そうして雄也は構えを取りながら、両手にミトンガントレットを発現させた。


《Gauntlet Assault》


 するとほぼ同時に、相手もまた鏡映しのように同じ武装を生み出す。


(挑発のつもりか?)


 同じ属性に同じ武器。恐らくは生命力や魔力も同格。

 後はどちらが技量に優れているか。

 それを競おうとでも言いたげな武器の選択だ。


(精神干渉が効いてる間に攻撃してこなかったことと言い……っ!?)


 相手の意図を図りかねて心の内に疑念を渦巻かせていると、真魔人ハイサタナントロープと思しき彼女が先に動いた。地面を蹴り、この世界アリュシーダの常識を超えた速度で肉薄してくる。

 が、オルタネイトと化した雄也にとって、それは既に慣れた速さだ。

 多少不意を突かれようとも対応できなければ、これから先、戦い抜くことなどできないだろう。勿論相手に隙を見せないことが最も重要ではあるが。

 そして雄也は、正面から真っ直ぐに迫る漆黒のフルメイルを見据えて待ち構えた。僅かな挙動の変化を見逃さず、どのような攻撃にも対応できるように。


(何っ!?)


 しかし、彼女は逆に雄也が戸惑ってしまう程に真っ直ぐにそのまま突っ込んできて、これもまた愚直にも真正面から右ストレートを放ってきた。


「くっ」


 顔面を狙った攻撃に対し、咄嗟に左手で軌道を逸らしながら逆に相手の頬目がけてフック気味に右の拳を繰り出す。

 だが、彼女は僅かにスウェーしただけでそれを回避し、かと思えば雄也の腹部を思い切り蹴り飛ばしてきた。

 並の人間、いや、超越人イヴォルヴァーでも内臓がズタズタになるだろう衝撃を前に、雄也は間一髪で生命力と魔力をそこに集め、さらに後方へと飛んで衝撃を緩和した。


「ぐ、う」


 それでも完全にダメージを殺し切れず、僅かに呻き声を上げてしまう。

 しかし、怯んでいる暇はない。

 この攻防で再び僅かに開いた間合いも、積極的に前に出てくる彼女によって既に潰されてしまっている。雄也が体勢を完全に立て直す間もなく。


「ちっ」


 そこを狙って放たれた拳の追撃に忌々しく舌打ちしながら、バランスを崩した状態から無理矢理に回避行動に出る。

 そのまま半ば転がるように彼女の脇を潜り抜け、雄也は装甲をかすらせながら攻撃を回避した。そして、何とか相手に向き直って構え直す。

 どうやら、単純な殴り合いでは技量は彼女が上のようだ。

 搦め手以前の真っ当な技術において。

 それだけでなく、何となく癖を読まれているような気持ちの悪い感覚がある。

 下手をすれば搦め手も見抜かれてしまいそうだ。

 このような状態では防戦一方にならざるを得ない。


(何にしても、このままじゃジリ貧だ。何とかしないと)


 再び執拗に接近戦の間合いを保ったまま仕かけてくる彼女を前に、内心で焦りを抱きながらも何とか攻撃を捌き続ける。

 だが、間違いなく一手ミスをすれば先程のように畳みかけられるだろう。長引けば長引く程、そうした苦境に陥る確率が高まりかねない。


(せめて遠距離攻撃ができる魔法があれば……)


 闇属性の魔法は身体や精神への干渉に特化しており、離れた位置からの攻撃手段が少ない。その数少ない選択肢にしても、状況的に使用に堪えるとは言いがたい。


(武装を銃に変えるべきか? いや、そうするとコイツも同じ武器を使ってきそうだ。その状態で下手に距離を取ると、今度はアイリス達が狙われかねない)


 かと言って属性を変えるのもまずい。

 闇属性の耐性を失えば、精神干渉の影響を受けかねない。

 勿論、属性を変えようと意識を全て奪われるような魔法には耐えられるはずだ。

 しかし、一部の感覚を乱すような魔法となると話は別だ。

 現に先程まで認識を完全に狂わされていたのだから。


(闇属性……厄介な属性だな)


 改めて、その特異性を実感する。

 闇属性の魔法の多くは禁呪扱いされ、法の下で使用は制限されているらしいが、そうなるのも理解できようというものだ。

 それでも、この存在を攻略できなければ六大英雄が一人、真魔人ハイサタナントロープスケレトスと対峙することなど夢のまた夢だ。


(こうなったら、精神干渉のリスクを承知の上で属性を変えて一気に攻めるしかないか)


 そして、頭の中でそんな無謀な策を思い浮かべた正に次の瞬間――。


『兄さん! それを使って!』


 クリアの〈テレパス〉に続いて、雄也と真魔人ハイサタナントロープの彼女の間に魔力が励起した。

 どうやら〈トランスミット〉で何かを転移させてきたようだ。

 そう認識した直後、目の前に黄金と赤銅の二つの腕輪が現れる。

 後者は窪みが一つある以外はシンプルな形状だが、黄金の腕輪は窪みが六つある上に真紅、群青、新緑、琥珀、漆黒の五色の結晶がはめ込まれている。

 そうやって僅かな時間ながらそれらを観察できたのは、転移の余波を避けるために相手が一瞬距離を取ったからだ。そして、その隙に二つの腕輪を掴み取る。


『試作機だけど、金色の方は魔力結石から急速に魔力を収束させる魔動器よ! 今は光属性以外の魔力結石をセットしてあるわ!』

『赤みがかった方は対象から魔力を一気に奪う魔動器だよ! うまくいけば超越人イヴォルヴァーを普通の人に戻せるはずだし、真超越人ハイイヴォルヴァーでも一時的に弱体化させるぐらいはできるはず!』


 と、ほぼ重なるように双子が〈テレパス〉で叫ぶ。

 最近夜更かしして作っていたのはこれだったらしい。


「よし」


 雄也は即座にそれを両方の手首それぞれに着けた。すると――。


《接続ヲ確立。準備完了シマシタ》


 ドクター・ワイルドが作ったものとは趣が違う、双子の声を片言にしたような電子音が鳴り響いた。それを聞き届けながら、同時に左手側の黄金の腕輪を起動させる。


《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》

《Change Therionthrope》《Convergence》

《Change Drakthrope》《Convergence》

《Change Phtheranthrope》《Convergence》

《Change Ichthrope》《Convergence》

《Change Satananthrope》《Convergence》


 順番はこの通りだが、実際にそれらの電子音が耳に届いたのはほぼ同時。

 変身プロセスは一々振り返らないが、この間一秒にも満たない一瞬の出来事だった。

 その魔動器の機能によって、瞬時に全ての属性において魔力の収束が完了し――。


《Change Anthrope》《Maximize Potential》

「〈五重クインテット強襲アサルト強化ブースト〉!!」


 これまでの〈四重カルテット強襲アサルト強化ブースト〉に闇属性の魔力を加えた〈五重クインテット強襲アサルト強化ブースト〉。

〈オーバーアクセラレート〉を重ねがけしており、その上で単純な生命力や魔力も増加しているため、以前の二倍以上の強化となっているはずだ。

 しかも、この魔動器のおかげで溜めなしで使用できるようになり、隙もなくなった。

 この状態であれば、もはや真魔人ハイサタナントロープの彼女など敵ではないと言っても過言ではないだろう。

 とは言え、一番のネックである時間制限が完全になくなった訳ではない。速やかな魔力収束が可能となったことで、持続時間は数十秒伸びているが。

 いずれにせよ、一気に勝負を決めるのが得策だ。


「さあ、覚悟はいいか?」


 だから、雄也は間合いを詰めるために体を沈み込ませて地面を――。


「ま、待って下さいまし!」


 蹴ろうとした瞬間、その真魔人ハイサタナントロープから制止の声が上がった。


「って、その声、プルトナか?」

「ええ、そうですわ」

《Return to Satananthrope》《Armor Release》


 やや女性的な電子音の後、漆黒の全身鎧が取り払われて、見知った彼女が姿を現す。

 そこにいたのは確かにプルトナだ。


《Armor Release》


 それを見て雄也もまた己を覆う装甲を解除した。


【一体どういうこと? その力は?】


 正体がプルトナと分かり、傍に戻ってきたアイリスが文字を作って問いかける。


「ユウヤの力になるために、お姉様にお願いして魔力吸石を頂いてきたのですわ」


 お姉様とは即ち魔星サタナステリ王国第一王女。いや、暫定的ながらその配偶者がかの国の王となったのだから、正確には現王妃と言うべきか。


「かなりの量と質が必要だよね? 大丈夫だったの?」


 と、心配そうにメルが尋ねる。

 質は最低Sクラス。それが相当量となると負担は半端なものではない。


「七・一九事変があって、あの国も大変だろうに。よく通ったな。国の財産だろ?」

「あの事件があったからこそ、なのかもしれませんわね。ドクター・ワイルドの脅威を実感と共に理解しているからこそ、ワタクシの要求を受け入れてくれたのですわ」


 プルトナは最後に口の中だけで「使った量を見て、さすがのお姉様達も顔を引きつらせていましたけれど」と呟くようにつけ加えた。


「と、とにかく、これからはワタクシもユウヤの助けになりますわ」

「それは……まあ、ありがたいけど、何でわざわざこんな形で戦ったんだ?」

「本気になったユウヤにワタクシの力を見て欲しかったのですわ」

「いや、登場の仕方がちぐはぐ過ぎて戦いに集中できなかったんだけど」


 もし紛うことなき敵であれば、あそこまで接近されて気づけなかった時点で詰んでいる。

 おかげで闇属性の恐ろしさを十二分に理解させられたが、本気の戦いと言うのなら訓練の中で宣言して勝負した方が近いだろう。


「その辺は割と浅はかだよな。プルトナは」

「うぐ、ひ、酷いですわ」


 プルトナは落ち込んだように項垂れてしまった。


【意外とプルトナは単純だから】

「アイリスに言われたくありませんわ!!」


 アイリスの文字に、一転憤慨したように顔を上げるプルトナ。

 まあ、確かにアイリスも一見すると読めないキャラだが、長くつき合っていると比較的分かり易い性格だ。ただ、見た目は落ち着いているので、同じマイペースにしてもプルトナとはベクトルが違うだろうが。


『プルトナ姉さん、落ち着いて』

「うぐ」


 クリアに宥められ、プルトナは気まずげに呻いてから「ふう」と気持ちを整えようとするように一つ息を吐いた。妹分から言われては自省せざるを得ないようだ。

 それから彼女は表情を柔らかくして、メルクリアに視線を移しながら口を開く。


「そ、それにしても《Light Maximize Potential》ではなく《Maximize Potential》をいきなり使われるとは思いませんでしたわ。正直怖かったです」

「いや、俺も驚いた。あれは準備がかなり手間で使おうとするとかなりリスキーだから少し困ってたんだよな」


 対峙する相手が一分の隙も逃さないような強者だったなら、順々に魔力を収束していく余裕などない。そうした格上の相手にこそ必要な技だと言うのに。

 だからこそ、その問題を解消できたこの魔動器は画期的だ。


「凄いな。メルとクリアは」


 彼女に顔を向けながら手放しで褒める。と、メルは「えへへ」とはみかみ、クリアは〈テレパス〉で『ありがとう、兄さん』と嬉しそうに感謝の言葉を返してきた。


「それに、もう一つの腕輪。あれの機能は本当なのか? 超越人イヴォルヴァーを元に戻せるって」

「うん。過剰進化オーバーイヴォルヴまでなら多分」

『この前、私達の過剰進化オーバーイヴォルヴをMPリングが進化って形で昇華したでしょ? そのプロセスを分解すると体内の魔力を一旦吸収してニュートラルな状態に戻す段階があるの』


 クリアは『残ったMPリングを調べて確信できたわ』とつけ加えた。


「あの腕輪はその部分だけを限定的に再現したものだよ。ついでに吸収した魔力は魔力結石か魔力吸石にして放出するように設定してるんだ」

『で、魔力吸収の機構を応用したのが、黄金の腕輪の方よ。副産物って奴ね』


 それにしては実に有用な機能だが、確かに重大さで言えばその評価は適当か。


「何にせよ、これで前の時みたいな歯痒い思いをせずに済むな」


 もっともカエナ亡き今となっては、人格を保ち、かつ無理矢理超越人イヴォルヴァーにされたような正に被害者と呼ぶべき人間はそう出てこないと思うし、そう信じたいが。

 とにもかくにも、大きな懸念を一つ解消してくれたメルとクリアには感謝しなければならない。雄也が苦しんでいたからこそ無理をして作ってくれたのだろうから。

 しっかり「ありがとう」と口に出して二人に伝える。

 すると、メルクリアは心底嬉しそうに朗らかな笑みを浮かべてくれた。表に出ているのはメルだが、きっとクリアも同じように笑っているだろうと簡単に予測できる。

 そんな感じで互いに満たされたような空気の中――。


「あれ? お兄ちゃん、通信が来てるよ?」

「ん? 本当だ」


 誤魔化し気味の口調でメルから指摘され、雄也は懐から通信機を取り出して起動させた。


『ユウヤ、今大丈夫か?』


 その相手はいつかの再現のようにアレスだった。


『あ、ああ』


 だが、以前とは違って少々気まずさがあり、微妙にどもってしまう。

 実のところ、あの日以来彼とは連絡を取っていなかったのだ。


『……勝手で済まないが、対策班で問題が生じてしまった。ユウヤにも来て欲しい』


 その言葉を前に、雄也は即答できずに黙ってしまった。

 彼に対する気まずさ以上に、クリアを殺そうとした対策班への反感もある。そういう仕事である以上は仕方のないことではあるが。


『頼む』


 そんな雄也の感情を理解してか、重ねて真摯に乞うアレス。その声色から、通信機の先で頭を下げている彼の様子が容易に思い浮かぶ。

 それを想像してしまうと、さすがに端から拒絶するのは正直躊躇われた。


『……分かった。行くよ』


 だから、色々な感情を吐き出すように一つ小さく息を吐いてからそう答える。


『恩に着る』


 雄也の返答を受けて、アレスは場所を告げると申し訳なさそうに謝意を示して通信を切った。彼が声色にそんな感情を滲ませている理由は、対策班で起きた問題とやらの詳細を告げていないからだろう。

 あるいは、それを説明すれば来てくれないと思っているのかもしれない。


(さすがにドクター・ワイルドが関わる事件じゃないとは思うけど)


 いずれにしても厄介な事態であることに間違いはなさそうだ。

 そう考えながら雄也はもう一度だけ嘆息を重ねて、通信機を懐にしまい込んだのだった。

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