②操り人形の操り人形

 認めたくはないが、いつだったか双子がそう評していた通り、カエナ・ストレイト・ブルークは実際天才だったのだろう。

 彼女が作り出した結合ユナイト超越人イヴォルヴァーの下半身から伸びる触手。その先端に繋がった超越人イヴォルヴァー達が半ば独立して襲いかかってくるのを何とか捌きながら、雄也はそう思った。

 触手の時点でオルタネイトに匹敵する速さにもかかわらず、その上で触手の動きにほぼ影響されず物理的に異様な体勢から確かな威力を持った攻撃が繰り出される。

 多段的な上に変則的で予測しにくいことこの上ない。


(ちっ、厄介な)


 思わず心の中で舌打ちをしてしまう程だ。

 しかし、苦戦を強いられている理由は無論それだけではなかった。


『うああああああああっ!』


 結合ユナイト超越人イヴォルヴァーの中に囚われたメルが、表情を悲しみと怒りに歪ませながら叫ぶ。


『クリアちゃんを……クリアちゃんを! あああああああっ!』

「くっ、メル……」


 敵の核が彼女であること。

 触手に繋がった超越人イヴォルヴァー達が、単に操られているだけである可能性が高いこと。

 それらを強く意識してしまい、積極的に攻撃に出られない。

 加えて、かなり回復しているもののクリアの毒の影響で万全な状態ではないことも、後手に回らざるを得ない理由として挙げられるだろう。

 だが、それでもやはり並の超越人イヴォルヴァーとは一線を画している強さがなければ、そもそも脅威はない。

 いくら過剰進化オーバーイヴォルヴしているとは言え、超越人イヴォルヴァーの亜種を真超越人ハイイヴォルヴァー並かそれ以上にまで昇華させている事実は、彼女の優秀さを示す証左と言っていいはずだ。

 どこまでドクター・ワイルドの干渉があったのかは分からないが、カエナの言葉を聞く限り、少なくとも結合ユナイト超越人イヴォルヴァーについては彼女のアイデアなのだろうから。

 しかし、それ程の人間ならば、もっと早く何かしら問題が起きていたはずだが……。


『世界が変わるとはこのことね。進歩を実感できたのは初めてのことだわ』


 結合ユナイト超越人イヴォルヴァーの攻撃に翻弄される雄也を嘲笑いながら、達成感に酔ったような恍惚とした表情を浮かべてカエナが独り言つ。

 どのような意図があれ、この時代で唯一確かな形で文明の発展に貢献してきたドクター・ワイルド。その技術の賜物でもあるオルタネイトを、己が作り出した存在が一見圧倒している。それを見て彼女は自負を強めたのだろう。

 その姿は正に、何をしても結果が伴わない閉塞感から解放されたかのようだ。


「……そういう、ことか」


 そんな彼女の姿を見て雄也はこの世界の現状を思い出した。


「奴に進化の因子を与えられたんだな」

『あら、よく分かったわね』


 カエナの独白に対して呟いた雄也の言葉が核心を突いていたが故か、カエナは楽しげに応じた。一時的に結合ユナイト超越人イヴォルヴァーの動きを止めてまで。

 その辺りは彼女が戦いを生業とする者ではなく、どこまで行っても自己顕示欲の強い技術者に過ぎないことを示していると言える。メルを人質として使わず、真っ先にオルタネイトのデータを取ろうとしている部分も含めて。


『もっとも、進化の因子をその身に宿すだけではなく、世界に満ちた呪いからも解放されなければ人間が本来持つ気質、才能は宝の持ち腐れになるけど』

「世界に満ちた呪い?」


 カエナの性格を利用して、たとえ僅かであろうともメルを救う手立てを考える猶予を得るために時間稼ぎの問いを投げかける。

 すると、彼女は『ええ』と呟きながら、以前まで自分自身をも縛っていた世界のあり方に強い不快感を表すように眉をひそめた。

 その感情には恐らく、かつてその中で生きざるを得なかった事実への反感と自己嫌悪も含まれていることだろう。


『人によってはそれを祝福と呼ぶこともあるわ。実際、無知蒙昧な有象無象にとってはそうなのかもしれない。誰もが等しく愚かになる平和な世界だものね』


 カエナは忌々しげに吐き捨て、さらに続ける。


『けど、それは人間の本質を決定的に歪ませるものに他ならないわ』


 唾棄すべき事実を告げるように発せられた彼女の言葉。それ自体を即座に否定することは、雄也にはできなかった。

 勿論、彼女の行動を擁護する訳ではない。

 しかし、科学の暗黒時代の如き状態は、どうしても健全とは思えない。

 たとえドクター・ワイルドやカエナのような存在が現れるのだとしても。

 人間の心の自由を制限するような根源的なルールが、人間自らの手で作った訳でもなく存在することは許容できない。

 それこそ、人間の自由を侵害した彼女を許せないのと同じように。

 だからと言って、さすがに世界の法則相手に何ができる訳でもないだろうが。


『いずれにせよ、私に必要だったのはその二つだけ。そして、その二つが備われば十分な才と権限を持つ私のこと。新たな魔動器を生み出し、超越人イヴォルヴァーの研究を進めることぐらい容易いことだったわ。……そして、これからも。私自らの手で人類に貢献するのよ!』

「そうは、させない。今日この時を以って、他人の自由を穢した貴様の自由は終わりだ」


 多少なり共感する部分があれ、雄也にとって己の価値判断における禁を犯した彼女は打ち倒すべき敵でしかない。

 人類のためという言葉で誤魔化されてやる訳にはいかない。

 それを言葉で示した雄也を前に、カエナは心底失望したように深く息を吐いた。


『……それにしても本当に忌々しいわね。少しは頭が回るようなのに、この私を否定するなんて。ただ愚かなだけよりも腹立たしい。この感覚、既知感があるわ』


 それから彼女は再び虚ろな様子になっているメルに視線を落とし、納得したように一つ頷いて再び口を開く。


『ああ、そうか。クリアと同じなのね、貴方。確かにあの子が懐くのも分かるわ。なら、あの子のためにも同じ目に遭わせて上げるのが親の情というものかしら』


 そして、そうカエナが告げた正にその瞬間、自己顕示欲を満たす時間は終わりとばかりに再び結合ユナイト超越人イヴォルヴァーが動き出す。


『う、うう、あ、あああああああっ!』


 同時にメルもまた狂乱を再開させた。

 やはり、これもまたカエナの匙加減一つらしい。

 彼女を解放するには、まず母親との繋がりを絶つ必要があるだろう。


『ここから、いなくなれえええっ!』


 メルの叫びを合図に結合ユナイト超越人イヴォルヴァーの触手が激しい動きを見せ、雄也を包囲するように先端の超越人イヴォルヴァー達が迫ってくる。


「「「「「「オーバー」」」」」」

「フレイム」「アイシクル」「グランド」「ウインド」「シャイン」「ダークネス」

「「「「「「シュート!」」」」」」


 その内の六体から立体音響の如くタイミングの合った言葉が発せられ、直後強大な魔力を湛えた六色の光球が全方位から殺到してきた。

 いずれも過剰進化オーバーイヴォルヴした超越人イヴォルヴァーの膨大な魔力によって放たれたもの。

 特に光属性のものは直撃すれば致命傷となりかねないし、それ以外でも少なくないダメージを受けてしまうことだろう。


「くっ、おおおおっ!!」


 だから、雄也はその場から全力で飛び上がり、体を捻って一先ず天井へと着地した。

 そこから眼下の結合ユナイト超越人イヴォルヴァーを見据える。


「ちっ」


 その時には残る別の触手が迫ってきていて、巨大な神狼の如き異形の一体が真っ先に襲いかかってきた。

 応じるように雄也は体に力を込めたが、しかし、攻撃は躊躇してしまう。

 万一彼か彼女が人格はそのままに結合ユナイト超越人イヴォルヴァーを介してカエナに操られているだけならば、殺してしまう訳にはいかない。

 彼らもまた被害者なのだから。


(いずれにせよ、こういう場合のセオリーは……)


 有線式の操作であれば、それを断ち切ってしまうのが古今東西に見られる攻略法だ。


《Greatsword Assault》


 だから雄也は、攻防一体のガントレットから、攻撃を優先させた巨大な両手剣へと武装を変更した。

 属性補正で身体能力に長けた魔人サタナントロープならば、重量武器も難なく扱える。


《Convergence》


 同時に魔力の収束を開始し、迫り来る超越人イヴォルヴァーの強靭な爪が届く前に天井を蹴る。

 超越人イヴォルヴァー自体を捉えることは少々困難で不確かだ。

 しかし、伸び切った触手を狙うことは不可能ではない。


《Final GreatSword Assault》

「レイヴンアサルトスラッシュ!」


 だから、雄也は最も長く伸びた、神狼の如き超越人イヴォルヴァーに繋がる触手を狙い、収束した強大な魔力を乗せて大剣を全力で振り下ろした。

 その一撃は間違いなく触手を一刀両断する。しかし――。


『い、あ、あああああああああああっ!!』


 次の瞬間メルが、これまでの怒りに滲んだ絶叫とは全く異なる悲痛な叫び声を上げた。


『い、痛い、痛い、よお。うぅ』

「なっ……」


 さらに痛々しい涙声が伝わってきて、雄也は絶句してしまった。

 動揺を抑えることができず、明らかな隙を見せてしまう。

 だが、メルもまた大き過ぎる苦痛を前に意識の全てを囚われており、結合ユナイト超越人イヴォルヴァーは完全に動きを止めていた。


「……まさか、痛覚が繋がってるのか?」


 その様子を目の当たりにして口の中で呟く。そうしながら雄也は、メルの苦しむ姿を虫でも観察するように眺めているカエナを睨みつけた。


『本来、痛覚というものは危険信号として生命に必須のもの。だから、それを含めて操る対象の感覚全てをフィードバックする必要があるかと思って実験したのだけど……ここまで無様に狼狽えるとは思わなかったわね』

「あ、当たり前だ!! 十二歳の子供に何を言ってる!」


 そうでなくとも体の一部を切り落とされる痛みなど、容易く耐えられるものではない。


『いずれにせよ、痛みで戦えない兵士なんて必要ないわ。次からは痛覚をキチンと遮断できるようにしておかなくてはならないわね』

「……ふざ、けるな。次が、あるつもりか?」


 煮え滾るような憤怒を押し殺すように、低く低く声を抑えて問う、


『ええ。だって貴方、痛がるメルをこれ以上攻撃できないでしょう?』


 対してカエナは嘲るようにそう返してきた。


『痛い……痛いよ、助けて……助けて、お兄ちゃん』

「ぐっ、く、メル……」


 確かにそんな言葉を聞いてしまえば、これ以上彼女を傷つけられるはずもない。


『所詮オルタネイトも人の子ね。やはり生物兵器に意思は必要ないわ』


 拳を握って動けずにいる雄也を前に、やれやれと言わんばかりに首を横に振って告げるカエナ。その目は切り離された超越人イヴォルヴァーに向けられている。

 ハッとして彼女の視線を辿ると、ぐったりと横たわる巨大な狼の姿があった。

 その目は開かれているにもかかわらず焦点が合っておらず、半開きにした口からはだらりと舌がはみ出ている。およそ意思と呼べるものがあるようには見えない。


「『しっかりして下さい!』」


 そんな相手に対し、雄也は半ば無意味と理解しつつも〈テレパス〉で呼びかけた。が、やはりと言うべきか反応はない。これはつまり――。


「貴様、この人達の人格を!」

『ええ、奪ったわ。操り人形にするのに意思が残っていると干渉してしまうから。それを避けるためにね。本当ならメルの人格も消しておきたかったのだけど、寄生による物理的な支配と違って魔法的な手法での支配は魔力において大幅に勝らないと不可能なのよね』


 淡々と事実を並べるように告げるカエナの言葉に奥歯を噛み締める。

 そうしながら、雄也は巨大な狼の如く過剰進化オーバーイヴォルヴした超越人イヴォルヴァーへと近づいた。

 常時操作する仕様のため、それ自体には自律神経に関わる命令すらも入力されていなかったのだろう。既に呼吸も途絶え、命を失ってしまっている。


「……自分が超越人イヴォルヴァーにならずに結合ユナイト超越人イヴォルヴァーを多少なり制御する余地を作る。そのためだけに、メルの人格を残しておいたってことか」


 メルのことを思えば首の皮一枚繋がったというところだが、理由が余りにも酷い。

 せめて親の情であれば、とも思うが、カエナには望むべくもないことに違いない。


『その通り。化物にでもならない限り、完全な支配はできない。だから、精神干渉の魔動器で感情を誘導し、認識を狂わせているの』


 聞けば答えるのは技術者としての性という奴なのだろう。

 だが、そろそろ耳障りだ。

 目の前の出来事を正しく認識できない状態にあるとは言え、メルの前でこれ以上口を開いて貰いたくない。母親のそんな言葉を彼女に聞かせたくない。


「指示を出すだけなら隠れていればよかったものを」

『成程。そうして欲しかった訳ね。けど、思うようにはさせないわ。屋敷ごと消し飛ばされたんじゃ堪らないもの。結局ここが一番安全な場所なのよ』

「……それは、どうかな」


 雄也はそう告げながら大剣を放り捨てた。


《Gauntlet Assault》


 そして武装をミトンガントレットへと変え、再び構えを取る。


『強がりもいいところね。貴方にメルを攻撃できるの? 甘い甘い化物さん?』


 煽りには反応せず、戦意を示すように体に力を込める。


《Convergence》


 さらに魔力を急激に収束させ始めたところで、初めてカエナの顔色が変わった。


『ま、まさか本気でメルを見捨てようとでも言うの?』


 その問いには答えず、今度は自分から結合ユナイト超越人イヴォルヴァーへと突っ込む。


『っ! メル! 守りなさい!』

『う、あああ、あああああああっ!』


 すると、カエナは焦ったように指示を出し、それに応じてメルが苦痛を吐き出すように叫びながら触手を操り始めた。

 そして多段的、変則的な動きと共に複数の超越人イヴォルヴァーが迫る。

 対して雄也は攻撃的に構えつつも回避に徹した。


『何よ、結局同じじゃない。ただのハッタリだったってことね』


 どことなく苛立ったようにカエナが言うが、先程までとは違う部分が一点ある。

 攻撃の意思を保てず逃げるように避けていた先の攻防と、積極的に前に出ている今とでは彼我の距離が全く異なる。ギリギリでの回避となるため、その危険度も遥かに高い。

 しかし、単に避け続けるだけであれば、無用なリスクを負っているに過ぎないが……。


「〈フィジカルアナライズ〉」


 雄也は機会を待ち、隙を突いて結合ユナイト超越人イヴォルヴァーに触れた。と同時に魔法を発動させ、その直後一旦間合いを大きく取る。


『貴方、まさか!?』


 その行動の意図に気づいたのか、カエナの顔が初めて危機感によって歪んだ。


『メル! 近づけさせないで!』

『う、ううう、来るな! 来るな来るなああああ!』


 また新たな幻影を見せつけられたのか、メルがさらに狂乱したように叫ぶ。

 そして、結合ユナイト超越人イヴォルヴァーは触手の動きを変え、先端に繋がった超越人イヴォルヴァーの位置を防衛寄りに変更した。


「メル……今、解放してやるからな」


 そんなメルを前にして、雄也はそう静かに告げると彼女が囚われた本体のみを見据えて走り出した。当然、触手はそれに反応して眼前に立ち塞がる。

 だが、今は優先すべき唯一つの目的を果たすため、多少のダメージは許容して最小限の回避で真っ直ぐに地下の空間を駆け抜けていく。

 漆黒の装甲を何度も叩かれ、鈍い痛みを感じるが全て無視して前へ突き進む。


『メル、何をやっているの!?』


 一歩近づくごとにカエナの狼狽は大きくなり、メルへの叱責が強くなっていった。

 どこまで行っても彼女は技術者でしかないのだろう。

 それ以上でもそれ以下でもなく、故に優位になければ心を強く保つことができないのだ。

 無様なだけに、そんな人間がこれ程の大それた真似をした事実が腹立たしい。


『メル! 何とかなさい!』


 そうやって彼女が冷静さを失いつつある間に、雄也はさらに足に力を込めて結合ユナイト超越人イヴォルヴァーの間近へと一気に接近した。

 当然ながら認識を狂わされたメルは、触手の根元を動かして迎撃しようとしてくる。


(ここだっ!)


 正にそのタイミングで、雄也は逆にそれ自体を踏み台にして結合ユナイト超越人イヴォルヴァーの上半身、メルとカエナの目前へと駆け上がった。


『待っ――』


 そして、それを前にしたカエナの制止の声を遮るように、その胸部を左手で押さえつけながら全力を以って右の拳を繰り出し……。

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