②お茶会はフラグの香り
王都ガラクシアスは中央広場に隣接する喫茶店前。既にその入口で待ち構えていた三人の姿を見て、雄也は小走りで駆け寄った。
「悪い。待たせたか?」
「いえ、今来たところですよ」
「……何だか、デートの待ち合わせみたいな会話だな」
「デ、デートッ!?」
その単語に過剰に反応して顔を真っ赤にするイクティナ。
ワタワタと慌てている様子は実に癒される。
それを見て和んでいると、アイリスに服の裾をクイクイッと引っ張られた。
【ユウヤ、もう一回最初から】
そして彼女はどこか不満げにそんな文字を見せてくる。
「えっと……悪い待たせたか?」
何となく意図を察して、棒読み気味に問いかける。
すると、アイリスは【今来たとこ】と字を作って満足そうな顔をした。
デートのテンプレができて、ご満悦というところか。
「恋をすると人は変わるものですわね……」
そんなアイリスの表情を見て、プルトナがしみじみと乙女チックな発言をする。下手に反応すると藪蛇になりそうなので、この場はスルーしておく。
(まあ、少なくとも距離は近くなったけどな……)
チラッと隣を見るとピッタリと寄り添うように立つアイリスの姿。完全にパーソナルスペース内だが、もう互いに気にならなくなっている。むしろ安心感があるぐらいだ。
「えっと、とりあえず入りましょう」
微妙に頬を赤く染めたままでいるイクティナからの提案に頷き、それから雄也達は喫茶店に入った。店員の案内に従ってオープンテラスの円形テーブルに着く。
配置はアイリスが右、イクティナが左、プルトナがテーブルを挟んだ正面だ。
(しっかし、相変わらずだな。この喫茶店)
注文は一番慣れたイクティナに任せ、周りを見回す。
若い女性率が高く、比較的学生のカップルも多い。オープンテラスから客層の傾向が丸分かりなので、男性のみの客は敬遠してしまうに違いない。
(そして、さらに女性率が高くなるスパイラル、か)
そんな中にあっても男女比が一対多なのは、このテーブルだけだ。視線を感じる。
二回目だし、もう開き直って堂々としていよう。
「でも、よかったです。お二人ともまた一緒に来られて。この前のことで、この場所が嫌いになっちゃったんじゃないかって心配してたんですよ」
「それを言うならイーナだって。あの状況じゃ、イーナこそトラウマになっててもおかしくなかったんじゃないか?」
あの日の惨劇を前に気を失ってしまったイクティナだ。この喫茶店どころか、ガムムスの実のパイ自体にトラウマを持ってしまっても不思議ではない。
「えと、実は
あの光景がトラウマとして固まってしまう前に他のことに意識を持っていかれた、という感じか。あるいは、防衛機制気味に記憶が抑圧されているのか。
「絶望の淵からオルタネイトに助けて貰いましたし……ああ、そうです。お礼を言いそびれてました。もう一度会えるといいなあ」
「ふむふむ。ピンチを救われて芽生える恋、ですわね」
恋愛脳乙と言いたいところだが、恥ずかしそうに下を向くイクティナを見る限り、プルトナの言葉は正しそうだ。また新たなフラグだとでも言うのか。
余りオルタネイトに夢を見られても困るので、少し好感度を削っておくことにする。
「まあ、その後でまたピンチになったみたいだけどな」
一種の自虐。だが、何も知らないイクティナ達からすれば、オルタネイトに対抗心を抱いて嫌味を言っているように聞こえかねない。なので――。
「全く、ドクター・ワイルドも無粋なことをするもんだよな。危機に陥ったヒロインを助けて大団円。それでよかっただろうに」
元凶たるあの男に全て押しつけて自分の発言をフォローしておく。
「ですけど、私としてはあれがあったからこそオルタネイトを身近に感じて、好きと言うか、憧れと言うか……えっと、その、尊敬してるんだと思います」
色々と言い換えてマイルドな表現に落ち着かせたようだが、全部言葉にしてしまっている時点で意味がない。彼女自身も分かっているようで頬が紅潮しているし、視線も明後日の方へと向いている。
「物語のような無敵のヒーローじゃないけど、誰かを守るために自分の身の危険を顧みず敵に挑む。だからこそ格好いいんじゃないでしょうか」
茹で上がったように尚のこと肌を赤く染めて続けるイクティナ。
(何故、そうも自分で自分を追い込む)
恥ずかしいなら言わなければいいだろうに。
(と言うか、そんなに持ち上げないでくれ。何か申し訳ない)
こっちまで頬が熱くなってくるし、割と真面目に心苦しい。
「ユウヤ、何だか顔が赤いですわ」
「あー、うん。何と言うか、その、ガールズトーク的な雰囲気に当てられた感じ?」
「意外と初心なんですのね」
プルトナがからかうようにクスクスと笑う。
(いや、まあ、元々童貞特撮オタクなんで)
アイリス達と同棲しているおかげ(?)で経験値が蓄積され、多少はゲームや漫画、小説で得た恋愛知識を活用できるようにはなった。が、それでも実践経験が薄弱(特定のものについては皆無)なのは変わらない。
「そ、それより今日の模擬戦。ユウヤさんがあんなに強いとは思いませんでした!」
雄也とプルトナの会話がさらなる羞恥の呼び水となったためか、突然早口で話題を変えようとするイクティナ。ここで追及する程Sではないので話に乗っておくことにする。
「まあ、朝の訓練じゃ魔法を撃ってるだけだしな。ここ最近は」
最初の頃は最初の頃で回避の訓練が基本だったし、そもそもイクティナの前で〈
「ワタクシ相手にあれだけ戦えるのであれば、アイリスを十分守ることができますわね」
「あー、言っておくけど、模擬戦最後の状態の俺よりアイリスの方が強いからな?」
「はい?」
ポカンと口を開けたプルトナは、ぎこちなくアイリスに視線を移した。
【最近ダブルSになった。しかも潜在能力が測定不能】
平坦な胸を張って掌の上に文字を作るアイリス。一瞬、場に静寂が降りる。
その内容の通り、実は彼女の力は謎の向上を見せていた。
これは二週間前の事件の後しばらくして、急激に体のキレがよくなったとアイリスがラディアに相談して発覚した事実だ。
原因はアイリスが拉致された際に投与された薬剤だと推測されるが、ハッキリとは分からない。そもそも、その薬剤は人間を
アイリスが耳にした話では、彼女にかけられた呪いに組み込まれた何らかの作用で薬効が出なかったとのことだ。しかし、それとこの状況の関連性は不明だ。
何であれ、十中八九ドクター・ワイルドの仕業だとは思うが。
「せ、潜在能力が変化を?」
テーブルの沈黙を破って問うように言ったのはプルトナ。
その表情は驚愕に満ちている。当然だろう。潜在能力は生まれた時に決まり、一生変わらないというのが定説なのだから。
それが故に、潜在能力が低い
【ユウヤとお揃い】
「お……お揃い? そんな軽い話ではないのではなくて?」
【けれど、原因が分からないから仕方がない。割り切るべき】
「それは……そうかもしれませんが」
納得がいかなそうにプルトナが眉間にしわを寄せる。
「潜在能力が測定できないのは異世界人だけの特徴。それが異世界人以外の者に現れた事例は、異世界人との間に生まれた子供だけ。それにしたって一〇〇%ではないし、さらに次の世代には消える。となると……まさかっ!!」
ぶつぶつと呟いたプルトナはハッとしたようにまずアイリスを見て、それからこちらに視線を向けてきた。何かろくでもないことを考えていそうだ。
「つまりアイリスのお腹の中にユウヤの子供が!?」
「ぶふっ!!」
思った通り、と言うより、思った以上にとんでもない結論を口にしたプルトナに、雄也は思わず吹き出してしまった。まだ料理や飲み物が来ていなくて本当によかった。
【ユウヤ、いつの間に。もしかして私の寝込みを?】
隣ではアイリスが両手で頬を挟んで恥じらいを見せつつ、頭上に文字を浮かべている。
全く嫌そうじゃない。それどころか心なしか嬉しそうなのが誤解を生みそうだ。
「そんな訳ないだろっ!! 俺よりも遅く寝て早く起きてる奴が何言ってんだ!!」
わざとらしい彼女の言動に強めに突っ込む。
家事を担当してくれている彼女にはいつも感謝しているが、それとこれとは別の話だ。
「むしろ可能性があるのはアイリスの方なんじゃないか!?」
【…………ん。実は】
頭にこの世界の三点リーダ的な文字(魔法で翻訳されているので認識上は三点リーダそのもの)を意味深につけるアイリス。何故か片手でお腹を愛おしげにさすっている。
「へ?」
一瞬理解が追いつかず、と言うか脳が理解を拒んでポカンと口を開けて呆けてしまう。
「ほ、本当ですの!?」「はわ、はわわ」
プルトナが目を見開いて立ち上がり、イクティナが顔を真っ赤にして泡を食っていた。
【全部冗談。初めてはちゃんとがいい】
アイリスが悪戯っぽく微笑を浮かべながら文字を作り変える。
それを見た二人はホッと胸を撫で下ろしたようだった。
急に立ったせいで視線を集めたプルトナが、周囲の目を気にしながら座り直す。
「た、頼むから自重してくれ……」
雄也としては頭を抱えるしかなかった。正に際どいガールズトークの真っ只中に放り込まれた感じで、正直下手な精神攻撃よりきつい。
「ま、まあ、アイリスが生き生きとしていて何よりですわ。これもユウヤのおかげでしょうか。何はともあれ、アイリスも自分の望み通りに生きられそうで安心しました」
そう纏めながら苦笑するプルトナ。
アイリスの潜在能力云々に関しては、彼女も一先ず棚上げにするつもりのようだ。
こちらとしても、その話題を続けて先程のように酷い方向に脱線されては困る。
なので、雄也は内容をさらに遠ざけることにした。
「そう言うプルトナはどうなんだ? オルタネイト云々は自分の意思じゃないんだろ?」
王族の義務がどうとか言っていた気がするが。
「いいえ。確かに掟によって命ぜられたことですが、自分の意思でもありますわ」
大きな胸元に手を置きながら、落ち着いた口調で告げるプルトナ。嘘や強がりの気配は感じられない。それは確かに彼女の本音のようだ。
「……そっか。なら、いいんだけど」
「心配して下さったんですの?」
仄かに嬉しそうに問うプルトナに「少し」と答える。と、彼女は小さな笑みを浮かべた。
「そうですわね。オルタネイト抜きで掟に従うと仮定するなら、
それから口調を軽くして、おどけた様子でプルトナが言う。
「うん? それはまたどうして?」
「王によって一回り、いえ、二回り以上年上の男が選ばれ、宛がわれることになっていたでしょうから。ワタクシ達
プルトナは「長く人生を共に歩めないことだけは許容できませんわ」と続けた。
(
「……オルタネイトはいいのか?」
自分の中に一応の基準があるのなら、正体不明の相手は避けて然るべきだと思うのだが。
「彼は年若い
(目撃情報……? って、ああ。ここでの戦いの時のか)
思ったよりも近いところまで特定されていたらしい。
(まあ、当然か。衆目の中で変身したんだから)
だが、それが広まっていない辺りは、恐らく精神干渉が効果を発揮しているのだろう。
「にしても顔を見たこともない相手だぞ? 好みに合わない外見だったらどうすんだ?」
「見た目は二の次ですわ。最も重要なのは強さですもの。それに、オルタネイト程の強さを持つのであれば容姿が悪いということはあり得ませんわ」
「うん? どうしてそう言い切れるんだ?」
強さと見た目は必ずしも両立するものではないと思うのだが。
【少なくとも生命力が高くて体型がだらしない人は皆無】
「生きるための力ですからね。人として最も健康的でパフォーマンスを発揮できる状態へと補正されるのですわ。一つ例を上げるとすれば噛み合わせなどもそうですわね。力を引き出すには、しっかりと歯を食い縛る必要がありますから」
一流のアスリートに明らかに不摂生を思わせる体型の人はいない。みたいなものか。
(理解はできるけど、納得はしにくいなあ)
生まれである程度決まってしまうのは元の世界でも同じ現実だったが、この世界は少々その度合いが大き過ぎる気がする。その理不尽に軽く眉をひそめていると――。
「お待たせ致しました。ガムムスの実のパイと紅茶のセットです」
ようやくウエイターが注文の品を運んできた。この前より大分遅いのは量が多くなったのと、少々店が混んでいるからだろう。
「わあ。壮観ですね」
イクティナの顔が緩々に綻ぶ。ホールで三つも並んでいるのは確かに凄い光景だ。
元の世界にいた頃なら見ただけでお腹一杯になりそうだが……。
(これを普通と思うんだから、俺も
「ではでは、取り分けますね」
嬉々としてパイを切り分け、パイサーバーを手に取るイクティナ。
「本当に好きなんだなあ」
「はい!」
眩しい笑顔で返事をする彼女を見ると、こちらまで嬉しくなってくる。
「そう言えば、イーナ。一つお聞きしたいことがあったのですけれど」
「はい。何ですか?」
「
プルトナの問いに一瞬動きを止めるイクティナ。折角の愛らしい顔が曇る。
「……はい。恐らく、プルトナさんの思うハーレキンです」
イクティナはそう答えながらパイサーバーを置いて俯いてしまった。
そんな彼女の反応を前に、プルトナも困ったように口を噤んでしまう。
「えっと……あのハーレキンって?」
微妙な空気になってしまった中、隣のアイリスに小声で問う。
【
「守護聖獣ゼフュレクス?」
【古の時代に人工的に生み出された魔動生命体。その現存する最後の一体。そして、六大英雄の一人を封印する楔と噂されてる】
また新しい色々と単語が出てきて首を捻る。
「六大英雄って?」
【千年前の大戦で活躍した英雄のこと。
「……そんなのが何で封印されてるんだよ」
【勇者と袂を分かって女神アリュシーダに反逆したから】
「理由は?」
【正確なところは伝わってない。創作はいくらでもあるけれど千差万別】
(……まあ、まだ歴史が学問として成熟してない感じだもんな。仕方がない、か)
元の世界でさえ未だに国の都合で歴史を改竄しているぐらいなのだ。
比較的技術水準が高いとは言え、
客観性を持って歴史を編纂しろ、と言うのは酷な要求かもしれない。
【分かってることは
「封印の楔なのにイーナの家が守ってるのか?
【ゼフュレクスが楔という話はあくまでも噂。国王しか本当の楔が何なのかは知らない】
「成程……一種のミスリードかもしれない訳だ」
呟きながら視線をイクティナに向ける。と――。
「……守り人って言ってますけど、実際は聖獣様の単なる世話係みたいなものなんですよ」
少し顔を上げてこちらを見ながら彼女は口を開いた。
「けど、強さを求められることに変わりはなくて、まともに魔法が使えない私は失望されて……その上、妹が優秀だから、私いらない子なんです」
自身の態度で空気が悪くなったことを気にしてか、イクティナは自ら事情を話し始める。
「一応、魔法学院に入れてはくれましたけど、卒業したら自立するように言われてて……」
「周りを見返そうって気はなかったのか?」
「正直余り。妹が生まれるまでは、お前は守り人になるんだって言い聞かせられてきましたけど、そこまで興味がないと言うか決められた道が嫌だったって言うか……」
だったら、むしろ渡りに船だろうに。
「なら、何をそんなに気に病んでるんだ?」
「自分が嫌なこと、妹に押しつけちゃったのかなって少し。
視線を下げてイクティナが小さな声で告白する。かなり気に病んでいるようだ。
「んー……。イーナ。これは俺の勝手な想像だから、違ってたら怒ってくれ」
その前置きに彼女が小さく頷いたのを確認して、雄也は再度口を開いた。
「もしかしてイーナの罪悪感の根源は、自分で守り人にならないことを選んだって自信を持って言えないことにあるんじゃないか?」
「え? どういうことですか?」
「魔法を使えない。最低限の条件を満たしていない。だから、どうしようもない。それじゃあ、成り行きと自分の望みがたまたま重なっただけだろ?」
「それは……そう、ですね」
己の意思による選択以前の問題。自身の手の届かないところでの決定。
挙句それが連鎖的に妹を巻き込んでしまった。そのせいで、余計に引け目を感じてしまっているのではないだろうか。
「だからさ。守り人になる資格を持った上で『そんなものに興味はない。私は自由に生きる』って宣言できれば、そんな風に悩まなくてよかったんじゃないかなって」
「で、でも、妹は――」
「それで妹さんが何も言わなければ妹さんは守り人になりたいってことだろうし、文句を言ってきたなら戦って決着をつければいい」
「え、ええー…………っと、それ、色々と本末転倒な気が……」
雄也の脳筋的暴論にイクティナは口の端を引きつらせた。
「それにもし、万が一私が勝って、でも妹が守り人になりたくなかったら――」
「そん時は妹さんの判断次第かな。本気で嫌なら親をブッ飛ばしてでも逃げ出すだろ。イーナが勝ったって前提で行くなら前例を知ってる訳だし」
集団にとって余程重要な役割を担っているのなら、分家なり何なりがあるだろう。
もしないのなら、それはそのコミュニティ全体の怠慢。
極論、聖獣の守り人などその程度の存在でしかない証左だ。
そうやってさらに重ねられた乱暴な論に、イクティナは唖然としてこちらを見詰める。
「自由は勝ち取るもんだからな。けど、誰にだって自由を求める権利はあるんだ」
そんな彼女に雄也は腕を組んで偉そうに言ってみた。
「もっとも自由を得た後は自己責任だけど」
その上で、そう続けながら肩を竦めておどける。
すると、イクティナはプッと軽く吹き出した。
かなり無責任な物言いだったかもしれないが、少なくとも彼女の沈んだ気持ちの慰めぐらいにはなったようだ。
【折角私達のために強くなろうと思い立ったんだから、ついでに家族を見返せばいい】
「あはは、そっちがついでですか」
続けてアイリスが作った文面を前に、目元を軽く擦りながらイクティナが笑う。
「そうですね。これからも特訓、お願いします」
「勿論」【当然】
三人で頷き合う。
「ワ、ワタクシもお手伝い致しますわ!!」
と、先程までオドオドしていたプルトナが自分の存在を主張するように突然立ち上がった。割と声が大きかったため、またもや雄也達を含めた周囲の目が彼女に集まる。
プルトナはハッと我に返ったように赤面して、恥ずかしげに俯きながら席に着いた。
少しして周りの視線がはがれてから彼女は再び口を開く。
「その、お、お友達としてワタクシにも特訓のお手伝いをさせて頂きたいのですわ」
イクティナの地雷をさっくりと踏み抜いた責任を感じているのか、それとも仲間外れになるのを嫌ってのことかプルトナは必死な様子だ。
「えと、その、こちらからお願いしたいくらいです」
少し勢いに押されながらも、表情を喜びの色で染めて頭を下げるイクティナ。友達と言われたことが余程嬉しかったのだろう。
彼女の過去を聞いた今となっては、友人がいなかった事実に嫌な重さを感じる。
故郷では酷い侮りを受けていた可能性もある。あるいは、王立魔法学院での破壊魔という残念な通り名など優しい方だったのかもしれない。
「プルトナさんも、よろしくお願いします」
「勿論ですわ!」
何にせよ、この場はプルトナがそう言いながらホッと胸を撫で下ろしたところで決着、ということにしていいだろう。
「……それはそうとイーナ。パイが冷めるぞ」
「あ、そ、そうでした!! 折角のガムムスの実のパイが!」
思い出したようにパンと一つ手を鳴らし、慌ててパイサーバーを拾い直すイクティナ。
それから彼女は急ぎつつも丁寧に取り分けを再開する。
「って、あれ? 余り冷めてませんね」
「一応魔法で保温しといたからな」
頬をかきながら言う。さっきのは軽い方便だ。
「さすがユウヤさん! 素晴らしい判断です!!」
しかし、まあ、このパイがどれだけ彼女の好物か分かるというものだ。
「ここのは冷めてもおいしいですけど、やっぱり温かいのが一番ですからね! はい。ユウヤさんもどうぞ!」
そうしてイクティナは満面の笑みを浮かべながら、雄也の前の取り皿に一切れのパイを乗せてきた。しっかりと皿の上にパイが置かれたところで彼女はこちらを見上げ、丁度目が合うとさらに眩しい笑顔を重ねてくる。
いい表情だ。完全に元の調子を取り戻したらしい。
「……うん。イーナはやっぱり笑ってる顔が一番だな」
【同感】「そうですわね」
「ふえっ!?」
変な声を出し、何度か目を瞬かせてから照れたように小さくなるイクティナ。何と言うか、小動物的な愛らしさがある。
【ユウヤ。鼻の下が少し伸びてる】
「マジか!?」
アイリスに指摘され、思わず鼻の下を手で隠す。
(い、いや、確かに可愛いとは思ったけど、それはあくまでも愛でる感じの方向性であって、やましい気持ちはこれっぽっちも――)
【冗談。でも、実は自覚あり?】
焦り気味に内心で言い訳をしていると、アイリスが小首を傾げながら掌の上に浮かべた字を差し出してきた。どうやらからかわれたらしい。やられた。
「あ、あはは……」「ふふっ」
雄也の反応にイクティナはどこか恥じらうように誤魔化し笑いをし、プルトナは楽しげに微笑む。張本人のアイリスも表情が柔らかい。
そんな彼女達の反応に一つ溜息をつく。
しかし、勝手に頬が緩んでしまい、雄也は内心で苦笑した。
(特撮オタクの俺が美少女三人と談笑、か。思えば、遠くに来たもんだ)
その後の雰囲気は、いかにも友達同士の放課後という感じの和やかなものだった。
そのまま歓談しつつガムムスの実のパイを食べていると時間が過ぎるのも早く、やがて空が赤らみ始める。
三ホールあったパイも既に最後の一切れ。雄也達三人から譲られて、イクティナの口に運ばれている。少し申し訳なさそうにしながらも嬉しそうだ。
そんな彼女を微笑ましく見ていると――。
「と、ところでユウヤ」
プルトナから意を決したような視線を向けられると共に、名前を呼ばれる。
「その、折角和解できたのですから、ユウヤにもワタクシのオルタネイト探しを手伝って頂きたいのですけれど……」
【それは駄目】
「何故アイリスが決めるんですの!?」
「い、いや、まあ、アイリスの言う通りなんだけど」
間髪容れずにアイリスが先に答えたせいで少し間抜けた返答になってしまう。
「何でですの!?」
それに対し、プルトナは納得いかないとでも言いたげな顔をした。これまでの流れ的に受諾してくれると思ったのだろう。
しかし、申し訳ないが、流れではどうしようもないものも世の中にはあるのだ。
「いや、さすがに自分から渦中に飛び込むような真似はしたくないって。と言うか、イーナを無理に巻き込むのもやめといた方がいいんじゃないか? 下手をするとドクター・ワイルドに目をつけられかねないぞ」
「うぐっ」
一応そうした危険があるとは理解していたのか、言葉を詰まらせるプルトナ。
「なあ、イーナ」
丁度いいのでイクティナにも同意を求める。が――。
「いえ、私は改めてプルトナさんのお手伝いをしたいと思います。さっきの話で尚のことオルタネイトに会ってみたくなったので。強くなる秘訣を教えて貰いたいです」
(ええー……)
返ってきたイクティナの答えに雄也は当惑してしまった。
彼女の中でオルタネイトは一体どこまで美化されているのだろうか、と。
「イーナ……!」
そんな雄也とは対照的に、打って変わってプルトナが表情を明るくする。
「貴方だけが頼りですわ! 二人で必ずオルタネイトの正体を解き明かしましょう!!」
喜びと共に決意を改めるプルトナ。結局フラグを折ることはできなかったようだ。
どうあっても彼女達は巻き込まれてしまう運命にあるのかもしれない。
それが事実であると証明するかのように――。
『ククク、フハハ、フゥウーハハハハハッ!!』
次の瞬間、オープンテラスに馬鹿笑いが響き渡った。
『ならば、吾輩が手伝ってやろうではないか!! 盛大にな!!』
狂気を孕んだ声を合図に、プルトナの後方から強大な魔力が突如として励起する。
「え?」「きゃあっ!!」
その正体を確かめる間もなく、テラスのテーブルや椅子が薙ぎ倒される。その音に紛れて真っ先に二つの悲鳴が、続いて複数名の見知らぬ誰かの叫び声が雄也の耳に届いた。
(なっ!?)
そして目に映ったのは、太く真っ白な触手のようなものに拘束された三人の姿。奥には喫茶店の客と思しき男女がさらに七人、同様のものに捕らえられていた。
その中心には烏賊の如き特徴を持った人型の存在。新たな
位置関係的に、傍から見ればプルトナが盾となって雄也は触手による拘束を免れた形か。
もっとも出現位置からして、最初から雄也を捕らえる意図はなかったのだろうが。
『今日は趣向を変えるのである!』
(くっ、俺が目をつけられるなんて言ったからか?)
忌々しく奥歯を噛み締めながら、現れた像を睨みつける。
この配置。彼女達を人質、いや、人間の盾として使おうという魂胆が丸見えだ。
『さあ、新たな
オープンテラスから少しでも遠ざかろうと逃げ惑う人々の喧騒の中、歪み狂った笑みを見せながら告げるドクター・ワイルド。
喫茶店でのお茶会は、どうあっても平穏無事に終わることができないようだ。
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