黒銀の精霊マスター ~ニートの俺が撃たれて死んだら異世界に転生した~
中七七三/垢のついた夜食
第一話:デブニート、家族への自爆テロ敢行
風呂上りに体重を計ったら針が振り切れた。
完全に「小太り」というレベルを超えていた。
もう一度体重計に乗った。今度はそっと乗った。
変わらなかった。
俺はニート。就職支援NPOも匙をなげるニート。
ニート・オブ・ニートといっていい。
32歳になるが、今まで労働力を金に換えたことが無い。生粋の無職だった。しかし、何もしていない分けではない。俺はネットの監視と自宅警備の無償労働を続けていた。
今日もネットは見識の高いネット住民や、愛国の心に燃える国士様で荒れていた。俺は、淡々とそこにエロ画像を投下した。ネット住民の荒れた心を癒すためだった。俺は争い事が嫌いなのだ。尖がった正義感とかも嫌いだ。自分が常に正しいと思い、他者を高みから見るのは嫌だった。俺は、優しさとエロが一番であると思っていた。
一仕事終えた俺は、エロ動画の監視をした。そして、風呂に入った。久しぶりだ。1週間ぶりだろうか。
深夜だ。もう2時を過ぎているはずだ。俺は普段から家族が寝静まったとき風呂に入る。
風呂上り、俺は階段の手前で立ち止まった。
「あれ?」と思った。
リビングに明かりがついていた。話し声も聞こえてきた。
「絶対にお兄ちゃんが盗んだのよ」
妹の声だった。
「まあ、あいつならやりかねないか……」
オヤジだ。社畜のオヤジだった。
「本当に…… どうしようもない子に」
涙声の母親だった。
俺は息をひそめ声を聴く。どうやら深夜の家族会議のようだ。
中学生の妹のパンツが盗まれた。中学2年生。
年の離れた可愛い妹だ。同じ両親から生まれたのが奇跡と思えるほど整った顔をしている。美人といっていい。その妹のパンツが盗まれた。洗濯前のものだ。
「絶対にお兄ちゃんよ! あのデブニートの変態よ!」
「確かにそうとしか考えられんな」
「あああ、もうどこかでいっそ……」
何故か俺が犯人と決め付けられていた。母親は「産むんじゃなかった」と言った。妹は俺に対し聞くに堪えない罵詈雑言を浴びせている。父親はそれを肯定している。家族の中に味方がいなかった。
俺は拳を握りしめた。ギリギリと力を込める。何故決めつけるのか? ニートである俺に理解を示していると思っていた両親。お前らは俺の忠実な下僕ではなかったのか?
「お兄ちゃんは頑張ればできるから」と言っていた妹よ。お前は兄の事をそのように思っていたのか?
パソコンの使い方を教えたのは誰だ?
アニメ、漫画、ラノベのお奨めをあれだけ教えたのに……
俺は裏切られた。
俺に向けた明るい笑顔は偽りのものだった。
俺はパンツ一丁で廊下に立ちすくむ。ただでさえ人間不信でナイーブな俺のハートが砕けそうになる。家族にまで疑われるとういう事実に俺は衝撃を受けた。
なぜ証拠もなしに疑うのか。俺が盗んだという証拠もなしに、俺を断罪する家族会議を深夜に開くとはなんということだ……
俺は妹のパンツを履いて怒りに震える。パンパンに伸びきったパンツだった。
その締め付けが俺の肉体だけではなく心も締めつける。まるで無実の罪人を縛り上げる縄だった。
確かに盗んだの俺だ。しかし、問題はそこでなかった。証拠もなしに家族は俺を疑うという事実に俺は愕然としたのだった。
自爆テロしかない。
もう、俺にできるのは自爆テロしかなった。俺の信頼を裏切った家族への復讐だった。俺は中学生の妹のパンツだけを履いて、家を飛び出した。
夏の夜風が俺の体の上を流れていた。
脳裏には俺の心を傷つけた家族への復讐しかなかった。
ニートである俺のできる復讐は、中学生の妹のパンツを履いて外に出ることだった。この格好であれば100%通報だろうと思った。
そうなれば、家族は破滅だ。変質者の家族として後ろ指を指され生きていくのだ。
俺は持たざる者だ。
ニートだ。
失うものはほとんどない。これは持てる者に対する持たざる者のジハードだった。
俺は妹のパンツ一丁で夜の街を歩いた。ゆるゆると夜の大気の中をパンツ一丁で優雅に舞う俺は、ナイトウォーカーだった。夜の帝王だった。
さあ来いお巡りさん。
小一時間歩いた俺。しかし、人がいない。住宅街のこのあたりは人気が無い。困ったものだ。
「コンビニまで行くしかないか」
夏の夜気の中に俺の言葉が流れて行った。
俺の行動範囲は狭い。夜中にコンビニまで行ってエロ漫画を買うくらいだった。人目がありそうなところで思いつくのはコンビニくらいだった。
「味方じゃなかったのか……」
噛みしめるようにその言葉を口にした。家族に対しての思いだった。
俺の人間不信が始まったのは小学校時代だ。クラスで人気だった女子のリコーダーと体操服が盗まれた。今でもその名を思い出せる「愛奈ちゃん」だ。
一人の男子が標的になった。そいつの名は忘れた。とにかく、そいつは学級会で断罪された。教師まで一緒になり吊し上げた。
普段からいじめの標的とされている奴だった。貧乏で汚く頭も悪く、とりえもない奴だった。
当時の俺は、妙に尖った正義感を持っていた。だから、そいつをかばった「証拠もなしに決めつけるな」と言った。そいつをかばっていたのは普段から俺くらいだった。
「本当はお前がやったのか? そうか! コイツに命じて盗ませたんだろ! な、そうだろ? おまえ、コイツに命令されてやったんだろ」
クラスのボス的な悪ガキが声を上げた。
その発言で学級会の空気が一変、なぜか俺に対する糾弾集会となった。
確かにおれは可愛い顔をしているわけではなかった。
人好きのするタイプではなかった。友達も少なかった。
空気も読まない。しかも、当時の俺は異常なほど、無駄なほど正義感が強かった。
そして、盗みの疑いをかけられていた奴が「こ、コイツに命令された……」と言って、体操服とリコーダーをランドセルから取り出したのだ。そして、俺を指さした。
俺はこの事件の主犯とされてしまった。何がなんだかわからいうちに巨悪になっていた。優しさが空気と力の前に無力であることを知った。
愛奈ちゃんは「アンタが触った物なんか、キモくて使えない!」といってリコーダーと体操服を俺に叩きつけた。
俺は呆然と立ち尽くすだけだった。
これ以来、女子は俺を汚物を見る目で見つめるようになった。男子はいじめの対象を俺に変更した。俺が今までかばっていた奴もいじめに参加した。
小学校、中学校と徹底したいじめを受け、俺は引きこもった。
俺は人を信じられなくなった。俺が信じられるのは、家族とタンスの奥にしまった「愛奈ちゃん」の体操服のぬくもりと、香り、そしてリコーダーだった。傷ついた俺はリコーダーを吹き、その音色で心を落ち着けるのだった。
そして、ネットだ。俺はネットでありとあらゆる知識を吸収した。
あありとあらゆる煽りを行い、またその煽りに対抗するためだった。
「それ? ソースはなに?」
「低学歴のニートwwww」
「実社会では寂しい奴が、ネットでいきがるのかwwww」
「無職w ハロワ行けよwwww」
俺は、書きこんだ。徹底的に書いた。しかし、戦は虚しかった。いつしか俺はこのようなネットの愚かな戦いを鎮めるガーディアンとなっていた。エロ動画を貼りまくるのだ。
実社会でもネットでも人に裏切られた俺の味方は家族だけだ。そう思っていた。両親と妹だけは最後まで味方だと思っていた。それが裏切られた。もはや、俺の人生は復讐のために使うしかなかった。コンビニにパンツ一丁で突入すれば間違いなく通報されるはずだ。
コンビニの明かりが見えてくる。車道に面しているので時々車が通る。しかし、人通りはなかった。このコンビニ潰れるかもしれないと思った。
女子中学生のパンツを履いた俺はコンビニに入った。
レジにいた店員がゆっくりこっちを見た。
女の子だった。高校生かちょっと上くらいか?
いや、深夜なのだから未成年はないだろう。
こっちを見つめて固まっている。
違和感を感じた。それはパンツ一丁の男に対する視線ではない。もっと生々しい恐怖を感じている顔だった。
「カネヲダシナサーイ! カネ! カネ! カネ!」
片言の日本語の叫びが聞こえた。強盗だった。
強盗は、背後から俺を追い越しレジ前に立った。
フェイスフルのヘルメットをかぶっている絵にかいたような強盗。
そいつは、銃を構え、コンビニ店員の女の子を狙っていた。
日本人が片言の真似をしているのか本当に片言なのか分からない。
もはや、パンツ一丁の露出狂など消し飛んでしまう。それは当たり前だ。露出狂は金は奪わない。命も。強盗はそうじゃない。この状況はコンビニの店員にとっては命の危機だった。
「ウゴカナーイ! カネ! カネダセ!」
怪しげな片言日本語を叫ぶ強盗。
俺は茫然とコンビニの入り口に立っていた。
「うぉぉぉぉ!!」
叫び声が聞こえた。商品陳列をしていた男の店員が強盗に突撃してた。
犯人にしがみついた。
「早く! 警察に! 通報! みのりちゃん!」
もみ合う強盗と店員。店員はイケメンだった。大学生くらいか。
パーン
乾いた音が響く。
「がはッ」
店員は固形化した空気の塊を吐き出すような声を出した。
拳銃で腕の肩に近い部分を撃ち抜かれていた。片方の手で押さえていたが、血が大量に流れ出していた。
パーン
2発目の銃声。
男の店員が腹を撃ち抜かれた。
ドロドロの血が流れ出す。顔が真っ白になって倒れた。
俺は気が遠くなった。目の前の暴力的な光景に固まるしかなかった。体が硬直して動かない。俺はパンツ一丁で固まっていた。石像のようになっていた。今、確実に一人の人間の命が消えようとしてた。いや、もう消えているのかもしれない。
「カネダ! カネ、カネヲダス、イーイデスカ、カネダース」
露骨な片言日本語が店内に響く。
女の子の店員はレジを開いて、万札を取り出す。レジの上に置いた。銃を構えながら、それを袋の中に放り込んでいく強盗。
「モット! モットカネダス」
銃を突きつける強盗。片方の手でもう一つのレジを指さす。
「あ…… あ…… あ……」
半笑いで、ガクガクと震えている女の子の店員。
そのとき、俺にはなぜか強盗から吹き出す殺意のようなものを感じた。勘違いかもしれない。でも、このままじゃみんな殺されるのではないかと思った。強盗の引き金にかかった指に力が入っていくように見えたのだ。
「だぁぁぁ、あ、あ、あ!」
叫びというには弱弱しい声を出していた。クルリとフェイスフルヘルメットがこっちを向いた。表情は全く分からない。
女子中学生のパンツを履いて、コンビニの中心で叫ぶニートだった。
なんで俺はそんな行動をとったのか?
家族の裏切りに対する自爆テロを計画していた俺がコンビニの女の子の店員を助けようとしていた。知り合いでもなんでもない他人だ。
自暴自棄と正義感が混じった感情が俺を突撃に駆り立てたのかも知れなかった。女の子の前でカッコいいとこを見せようという思いもあったかもしれない。
ニート生活でため込んだぜい肉の塊のような体を俺は突撃させた。技もなにもない。ただの体当たりだ。ニート生活でため込んだぜい肉も役に立つ時がきた。
家庭用体重計の針を振り切る俺の体のアタックを喰らって吹っ飛ぶ、強盗犯。俺もいっしょにゴロゴロと店内を転がった。
そして、弁当の陳列棚に激突した。
「早くぅぅ、通報…… 110番」
俺は言った。
女の子が動いた。
「クソがぁ! 死ねや!」
明瞭な日本語が聞こえた。
強盗は銃口を女の子に向けた。危ない。俺は反射的に動く。何が俺を動かしたのか、よく分からなかった。
パーン
パーン
パーン
連続する銃声。女の子の悲鳴。そして、俺は腹を火傷したかと思った。
なんだこれ?
俺は自分の腹を見た。分厚い皮下脂肪に守られた俺の腹からドロドロと血が流れ出していた。それを手で触ってみる。ヌルヌルしている。痛みよりも熱さを感じた。
喉の奥にこみ上げてくるものがあった。
「がッ」
俺は吐いた。血だった。大量の血だった。
意識が朦朧としてくる。周囲が暗くなる。寒い。夏だというのになぜか寒くなってきた。
遠くにパトカーのサイレンが聞こえてきた。
そして俺は死んだ。血まみれになってコンビニで死んだ。
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