第23話 面談

 冬休み直前に水樹中学では全学年で三者面談が実施される。2年生ではまだ普段の生活や勉強の話が殆どだ。しかし大樹は決めていた。今からでも早くない。誰に何を相談したらいいのかをまず相談しないとさっぱり判らん。大樹はある思いを抱いて面談に臨んだ。


「ええーっと、村上君ですねえ」

「はい…」

大樹のは母は心配そうだ。

「ご心配要りません。毎日元気ですよ」

丹波先生はあっさり言い放ち、大樹はずっこけた。

「先生、そりゃないでしょ。繊細に心配こころくばりが出来る子ですとか、言いようがあるでしょ」

「はあ?センサイ?あるつもりなの?」

「いや、例えば、です。バカみたいじゃないですか、毎日元気だけって」

「元気は大事なことなんだけどなあ、お母さまは何か気懸りな事ありますか?お家で」


大樹のは母は両手を揉んで宙を睨んだ。

「いえ特に。勉強しないのは昔からだし、この頃障子しょうじ破くことは減りましたけど」

なんだこの低レベルの面談は。大樹は軌道修正すべく背筋を伸ばして切り出した。


「先生、俺、いや僕は進路を決めました」

「え?もう?」

大樹の母は疑わし気に大樹を見ている。丹波先生はペンをとってノートを開いた。

「どんな方面に進みたいの?」

「あの、良く解んないんだけど、理学療法士です」

「理学療法士?」

丹波先生は目を丸くしたが、大樹の母は『なるほど』という顔をした。

「大樹、恩返し?」

母が聞いた。

「そうじゃねえけど、それもあるけど、そうじゃねえ」

丹波先生が不思議そうな顔をする。

「恩返しって何ですか?」

大樹の母が椅子を引いて答えた。

「この子、幼稚園の時に足の筋を切って、治るのがちょっと大変だったんです。普通には歩けないって言われたんですけど、病院でリハビリをいろいろ考えて下さって、この子、走るのが速かったから、人より遅くなるのが嫌で、その時だけは一所懸命やったんですよ」

丹波先生は驚いた。

「それでここまで戻ったの?凄いですねえ。偉かったんだ、村上君」

「いや、それ程じゃないけど」

大樹は照れた。母は大樹の肩に手を置いて微笑んだ。

「あの熱心さで今、勉強してくれたら、助かるんですけどね」

「うるせーな、これからやるんだよ」


 大樹は母の手を払って、丹波先生の方を向いた。

「先生、どこの高校へ行ったらいいですか?」

丹波先生は微笑んだ。

「やっぱ、偉いよ。きちんと考えたんだね。でも先生も実は詳しく知らない。高校は普通科でいいと思うけどな」

「今から勉強しておくことありますか?」

「そうねえ、ないんじゃない?」

「えー?」

「だって中学の勉強はいろんな分野の基本だから。高校以上で技術や専門知識を習うんだと思うよ」

「大学ですか?」

「うーん、専門学校とか、医療系の大学かなあ」


 母が割り込んだ。

「それでやっぱり恩返し?」

「なんでもいいじゃんか、人助けになるんだから」

丹波先生はまた微笑んだ。

「お母さま、中学にはいろんな子がいるんで、きっとそれもあると思います。ね」

「え、いや、ほら介護とか今大変じゃん、だからだよ」

「ま、いいんだけど、その方面に興味があるなら、介護施設とか養護施設でボランティアとかするといいかもね。結構大変だと思うけど」

「はい」


 「あ、そうだ」


 丹波先生は急に声を出すとスマホを取り出して何やら見ている。

「そう言えば、先生の知り合いに資格持ってる人いるわ。その人に聞いてみる?」

「は、はい。お願いします」

「あのね、バス通りをずっと下ったところの左側にカフェ出来たの知ってる?半年位前かな」

「かふぇ?」

「Catsって名前のカフェなんだけど、そこの人がね、理学療法士だよ。今はカフェオーナーだけど」

「へえ。先生の友だちですか?」

「うん。ジムが一緒なのよ。で、同じ車に乗っててね、色違いなんだけどさ、駐車場で一緒になって、『同じだねー』って言って友だちになったの。帰る方向も同じだったしね」

「ふうん。えーっと、Catsですね」

「一人で行きにくかったらお母さんについて行って貰えばいいよ。お店の電話番号、教えよっか?」

「いえ、だいじょぶっす」


 その帰り道、大樹は母を振り切って一人でそのカフェを探した。建物も疎らな町だ。店はすぐに見つかった。なるほど店の後に駐車場があって、丹波先生の車と同じ軽自動車が停まっている。先生の車はピンクだが、こちらのは水色だった。大樹が表に戻ろうとしたら、店から人が出て行くのが見えた。あれ?水樹中学の制服じゃん。あの歩き方…沢井? あいつこんな所で何してるんだ? まさかもうリハビリしてるとか? 先越されちまってるってことか? 大樹は気持ちが乱れたが呼び止めるのも気が引けた。あげはが見えなくなってから、大樹はそっとドアを開けた。


♪ チョリーン


「いらっしゃいませ」

「あのう、ちょっといいですか?」

「はい、キミ中学生?」

「はい。あの、水樹中学の丹波先生に聞いたんですけど」

「ああ、丹波さんって、コノミちゃんね」

「は?」

「あ、先生だよね。友だちだと気安くなっちゃって。ま、座りなよ」

「すみません」

「水樹中の男の子は初めてだねえ」

「はい。あの村上と言います。あの、さっき沢井さんが見えたんですけど、ここに来るんですか?」

「ああ、あげはちゃんね」

香苗さんは言いながら大樹の前に柑橘ミックスジュースを置いた。

「これでいいかな。ウチに来る中学生の定番なのよ」

「は、はい」

「そう、あげはちゃんね、この店の第1号のお客さまで常連。それにネコの名付け親よ」

「ネコ?」

「ほら、そこにいるでしょ」

香苗さんが指した先にはシャニーとゴールドが丸まっていた。

「へえ?」

「いろいろあるのよ。それであげはちゃんを追っかけてきたわけ?」

「いや、そうじゃなくて、丹波先生から理学療法士になる方法ならここで聞けって」

「なるほど、そう言うことか。キミがなりたいって訳ね」

「どんな高校へ行って、その先もどうしたらいいか相談してみろって」

「ほう。コノミちゃんがそう言ったのね」

「はい。僕も幼稚園の頃、リハビリやってたんで何となく覚えてるんですけど、ちゃんと勉強しないといい加減には出来ないだろうと思ってて」

「へぇ。村上君だっけ、受けるのと指導するんじゃやっぱ違うからね。でもまだ中学生なんだから、まずは普通に高校に行って…」


 それから30分、大樹は香苗さんから仕事内容や働く場所などのレクチャを受けた。


「だいたい解りました。有難うございます」


 香苗さんは以前あげはの口から出た『ムラカミ』という名前を覚えていた。こりゃ何かあるな。


「でさ、最初の質問に戻るけど、キミはあげはちゃんを何とかしてあげたいって思ってるわけ?」

「え?いや、まあ、出来れば…」

「なるほどね」

「あの、でも俺、あ、僕、沢井さんにちょっと嫌われてるって言うか、話がしにくいって言うか」

「ふーん」

「だからその、厚かましいんですけど、どこかで紹介してもらえると嬉しいな…とか」


 おうおう、イケメンが照れてるわ。


「そういうのは自分で解決するもんだと思うけどね。大方おおかた原因はキミの方なんでしょ?」

「はぁ…」


 大樹は下を向いた。


「ま、一応、覚えとくわ」

「あ、有難うございます」


 居心地が悪くなってきた大樹は、リュックから財布を出そうと慌てた。


「いいのよ。お代はコノミちゃんから貰っておくから」

「はっ、はい。有難うございます」


 なんか大変なとこへ来ちまった。先生にも全部ばれちゃうよな…。困ったようなちょっと嬉しいような複雑な気持ちで大樹はCatsを後にした。その後ろ姿を見送りながら香苗さんは、自分がまだ切り出せていなかったあげはのリハビリについて、思いを巡らせた。真っ直ぐな目をしていたな。彼に任せてみてもいいかな…。

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