第99話尼子国久・一条義通

6月出羽の漆戸虎光:第3者視点


「これで漸(ようや)く若殿に面目(めんもく)が立つ」


 鷹司義信から、小野寺家と南部家目付として出羽に派遣されている漆戸虎光が、安東家の滅亡を成し遂げ安堵の表情で話しかけた。


「左様でございますな」


 当主を失い、武田家からの嗣養子が来るまで一門家臣を率いる、比内浅利家一門衆筆頭の浅利勘兵衛が、安堵の表情で答えた。


「勘兵衛どの、生け捕りにした者は鉱山に送る故、無暗に傷つけにように願いたい」


 漆戸虎光が真剣な表情で話しかける。


「心得てございます。孤児や民が育てられぬと申した子供も、城下に集めております」


 浅利勘兵衛は嬉しそうに、でも何故か少し残念そうな、何とも複雑な表情を浮かべて答える。


「若殿が、新たに越中と越後に学校を作られると鳩が来た。滅ぼした安東の水軍衆を中核に、海を支配する海軍を創設する為の学校である。浅利の若者の中からも、希望する者は受け入れると書いてあった。希望する者がいれば、越後に送られよ」


 漆戸虎光は心から誇らしげに話した。


「出羽の国衆や地侍にも、正確に申し伝えます。しかしながら、この話の後では少々厚かましいとは思いますが、御願いの儀がございます」


 浅利勘兵衛は、少し思いつめた表情で、意を決して話し始めた。


「なんでござろう?」


 漆戸虎光は不意を突かれ、一瞬少々気圧された感じだったが、直ぐに疑問の方が強くなったのだろう、怪訝な表情を浮かべて聞き返した。


「我が比内浅利家に学校を設けて頂けるように、若殿に御願いして頂けないでしょうか?」


 浅利勘兵衛は御家の為、強さに懇願が少し含まれた表情で、浅利家の願いを話した。


「おおうそうか、それは妙案ですな。浅利家は信智様を婿に迎えられる御家柄、信繁様の越中と信廉様の越後に学校を設けるなら、次は比内に設けるのはおかしい話ではないですな。師範の手配の問題があるでしょうから、若殿にお伝えするのは早いほうがよいですな。明日早朝に飛ばす鳩と騎馬伝令で、若殿に比内学校の件を奏上致しましょう」


 漆戸虎光は最初に驚きの表情を一瞬浮かべ、次に名案を提案した浅利勘兵衛を見直す表情を浮かべ、最後に自分が思いつかなかった事を情けなく思う心を抑え込んで、浅利勘兵衛の願いを叶える約束をした。


「早々に願いを聞き入れて頂き、感謝いたします」


 浅利勘兵衛は、心からほっとした表情と声色で礼を言った。


「何を申される、共に若殿に仕える身、それに浅利家は御一門衆と成られる家柄。勘兵衛どのはその一門衆筆頭で、信智様の舅殿に成られる予定ではございませんか」


 漆戸虎光は、信智様に娘を嫁に送り、運が好ければ次期当主の外戚と成れる浅利勘兵衛に対して、少々羨ましそうに答えた。


「ありがとうございます。しかしながら、我が娘だけが輿入れする訳ではありません。一門衆の年頃の娘は全て奥勤めして、信智様の御世話をする事に成りますから」


 勘兵衛は嬉しそうでも有り、残念そうでも有る、複雑な表情で礼を言った。


「まあそれは仕方ありませんな、比内浅利家の血を引く姫に、1日でも早く跡継ぎを産んでいただかねばなりませんから」


 比内浅利家の安定が、奥羽の安定につながると信じる虎光は、早々に後継男子誕生を成し遂げた上で、浅利一門内の後継者争いを如何(いか)に防ぐかを考え、真剣な表情で返事をした。






6月近江妙見山城:第3者視点


 城主の大石朝良は、御屋形様の援軍を受けて、長尾景虎の火の出るような攻めに耐えていた。六角家としても、国内に兵が乱入すれば田畑を荒らされ、秋の収穫に大きな触りが出てしまう。道が狭くなる要所要所に兵を置き、1兵たりとも三好の侵入を許さぬ決意を持って、国境の守りを固めていた。


 長尾景虎の後詰には、遊佐長教が河内勢を率いて、虎視眈々と乱入の機会を窺っていた。他の三好勢も、各所から近江に乱入しようとするも、甲賀忍者の護る甲賀郡を越える事ができないでいた。


「畠山尾州家」

畠山政国:1553年死去

畠山高政:三好長慶軍・紀伊では一定の支配力を維持するものの・河内の実権は遊佐長教

「畠山尾州家家臣」

丹下盛賢 :丹下城主。現在の大阪府松原市附近の武士

丹下盛知:安見宗房

遊佐長教:三好長慶軍・河内守護代・若江城主

「遊佐家」

池田教正 :摂津池田氏の一族・八尾城主で後に若江城主・若江三人衆

萱振賢継 :八尾城城主・八尾市萱振附近の武士

三箇頼照 :三箇城主・現在の大阪府大東市三箇附近の武士

野間長前 :摂津豊能郡の野間一族・若江三人衆

水走忠元 :水走氏館主・祖は平岡氏で古代豪族の末裔で、枚岡神社の神官を兼任

安見友重 :交野城主。現在の大阪府交野市附近の武士。

安見宗房 :友重の弟。

走井盛秀 :遊佐氏譜代の家臣・遊佐長教が畠山氏の実権を握ると、河内支配の実務担当者となった

 





6月備後の尼子国久と敬久の親子:第3者視点


「逸(はや)るでない敬久」


 尼子国久は、我が子の考えなしの勢いに、うんざりしたように答える。


「しかし父上、最早大内など恐れる事もございますまい。義隆と隆房の反目は我らにも明らか、この機に乗じて、一気に安芸を攻め取りましょうぞ」


 敬久は窘められたのにもかかわらず、なおも勢い込んで攻勢を主張する。


「幸清から、今は大内の内乱を待てと文が来ておる。今安芸に攻め込めば、折角反目しておる義隆と隆房が、手を結ぶと申してきておる」


 尼子国久は、少々苛立ちを見せながら答えた。


「されば父上、備中に攻め込みましょうぞ!」


 猪武者の尼子敬久は、なおも言いつのった。


「幸清によれば、誠久も同じ事を申していたそうだが、ここは我ら新宮党が根を張るべき時と諫言(かんげん)したそうだ」


 尼子国久は苛立ちをつのらせ、少しの怒りさえ面に見せながら答えた。


「それはどう言う意味でございましょう?」


 国久の怒りを感じて、流石に言い過ぎた事を悟った敬久は、一旦自説を引っ込める事にした。


「幸清は備後と美作の国衆を、新宮党の傘下に収めろと書いてきておる」


 本来ならば敬久以上の大猪武者である国久は、まるで自分が思いついた策の様に、自信満々に言い放った。


「それは本家から独立すると言う事ですか?」


 敬久には全くのそのような思いはなかったのであろう、かなり驚いた様子で聞き返す。


「今直ぐ独立する訳ではない、大内の様に家中で争えば、敵に乗じる隙を与える事に成るからな。だが時至れば動ける様に、準備しておかねばならん」


 幸清に吹き込まれた独立の策に踊らされているかもしれないのに、もはや自分が大名になった気で、国久は敬久の言い聞かせ出した。


「承りました。ならば安芸と備中は調略だけにして、備後の治水と開墾に勤(いそ)しみ、我ら新宮党の直領を増やす事に致しましょう」


 美作を任されている兄の誠久より、父親の国久に愛されている自覚の有る敬久は、自分が誠久と本家の晴久を追い落とし、尼子家の当主となる事を考え、喜びを抑える事が出来ない様子で、勢い込んで賛成した。


 果たしてこれは、牛尾幸清が尼子の未来を思って、自身で思いついた策なのだろうか?

 それとも尼子国久の下で、自分の立身出世を画策したのであろうか?

 いや、尼子家を混乱させ、下克上を画策しているのであろうか?

 はたまた誰かの策に踊らされていたのだろうか?






6月京の御所一条邸:一条房通視点


 大内が危機に瀕している。


 先年の敗戦で指導力を減じた隆房が、いよいよ義隆を討つ決意をしようとしている。


 今川から逃げた公家の馬鹿どもが、義隆を唆して京風の遊びに興じさせているようだ。


 今川義元の判断力を狂わせた愚か者どもめが!

 

 又も日乃本に戦を広げる心算か?!


 これでは我が目論見が、全て無に帰すではないか。


 だが空しきことよ、まさか我より先に、兼冬が関白現職中に亡くなるなど思いもしなかった。


 次男の内基を兼冬の養子にして一条家を継がせたが、これで内基を土佐に送り、兼定を大内の嗣養子にする策が破綻してしまった。


 証拠は無い、証拠は無いが近衛が怪しい!


 鷹司と九条を妬み、両家が動けぬ内に関白に就任すべく、兼冬を暗殺したとしか思えん!


 あれほど元気であった兼冬が、急な病で死ぬなどありえん。


 兼冬の敵は必ず取るとして、今はその為にも武力が必要不可欠だ!


 僧になっている房冬の3男、真海を還俗させて我が養子とし、一条義通として大内家に送り込む。


 大内の珠光姫を義通の正妻とすれば、大内家臣団の不満も少しは和らぐであろう。


 後は大内一門衆の姫を内基と兼定の側室に迎えておけば、何かあった場合にもう一度嗣養子を送り込める。


 一条・大内・大友の血を引く男子を確保しておき、何が有っても大内を一条の支配下に置く。


 だがその為には尼子家を押さえ、吉見などの大内一門衆や譜代衆も抑えねばならん。


 尼子家は晴久と国久が反目しておると聞く、先年備後を攻めた尼子晴久は、備後と美作に国久を残して、出雲に引き上げたとも聞く。


 大内家が義通を中心に纏まるまで、時間稼ぎに晴久と国久を争わす為には、どうするべきか?


 国久に備後守護を与えるのが一番いいのだろうが、近衛の血を引く義秋を将軍にしたり、管領の晴元に借りを作る訳にはいかん。


 かと言って平島公方の肩を持つわけにもいかん。


 そうだ!


 守護職は無理でも、国司なら朝廷独自で与える事が出来る。


 現に土佐守護は細川が任じられているが、実際には土佐国司の我が一条家が支配しておる。


 鷹司卿が守護職を返上して国司職を尊んで以来、徐々に国司の権威が高まってもおる。


 備後守護の晴久に対して、国久に備後守を与えて争わそう。


 そうなれば、義通へ権威を付けることが出来る。


 義通を周防・長門・石見・安芸・豊前・筑前の国司に任じてから、大内家に送り込めばいい。


 しかしその為には、朝廷での工作と帝の勅許は不可欠だ。


 近衛が関白左大臣である以上、右大臣の西園寺公朝卿と、内大臣の正親町三条公兄への根回しは、必要不可欠だ。


 6カ国全ての国司職は無理でも、少しでも多くの官位官職が必要だ。


 そうなると近衛を除く、九条家・二条家・一条家・鷹司家への根回しが必要だが、やはりその核となるのは、どの家とも血縁関係にある九条稙通卿だな。


 今一度改めて、九条稙通卿に話しを通さねばならん。


 九条卿と鷹司卿は信濃に下向したままで、京の差配は全て家令の秋山に一任されている。


 秋山をここに呼びだして、協力させねばならん。


 だが何も手土産も無しに、あの秋山が余に協力するはずもない。


 近衛を太政大臣に進めるのは嫌だが、鷹司卿を左大臣にするには仕方ないか?


 それともいっそ、以前から秋山が願っておった、鎮守府大将軍を与えるべきか?


 それなら近衛を太政大臣にせずに済む。


 ここは二条邸を訪ねて、二条卿と相談せねばなるまい。


 後はどうやって、興福寺菩提院にいる真海を、無事に周防に送るかだが、土佐まで送る事ができれば、土佐で兵を整える事が出来る。


 土佐までは興福寺の僧兵が付いてくれるとは言え、三好の支配地を無事に抜けるには、三好への根回しも必要に成る。


 さて三好は何を望むかだが、全ては近江での戦次第だな。


一条房冬:土佐一条氏の第3代当主

一条房通:関白・一条冬良の婿養子・房冬の次弟・前一条家当主で元関白


一条房基:土佐一条氏の第4代当主・一条房冬の嫡男

大内晴持:大内氏当主大内義隆の養嗣子・一条房冬の次男

一条義通(真海):一条房冬の3男


一条兼定:一条房基の嫡男・土佐一条氏の第5代当主

一条兼冬:一条房通の嫡男・死亡

一条内基:一条房通の次男・現一条摂関家当主

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