第77話美濃騒乱・尾張対策

10月美濃金山城:義信視点


 三種の矢文を射込んだら、次々と城が落ちた。


 民や雑兵に裏切られて城門を開かれた城、助かりたい家臣が城主一族を無理矢理切腹させた城、城主一族が降伏を申し入れてきて切腹した城、助からぬと素早く判断して主従で稲葉山城に逃げ出した城。


 俺は落とした多くの城の中から、金山城を臨時の本拠地とする事にした。


 だが急に、大量に買い漁っている兵糧に、毒が仕込まれていないか心配になった。


 俺が斉藤なら、ここまで追い込まれたら、なりふり構わず毒殺であろうとやるだろう。


 影衆に指示して、降伏して来た美濃衆の兵食に、美濃で購入した兵糧を使うことにした。嫌らしいやり方だが、密かに毒味させた。


 本当に嫌な性格になって来た。


 美濃と伊那・木曽・飛騨との道を確保するために、未だに日和見(ひよりみ)している国衆や地侍に、積極的に調略を行った。


 雪が降り出す前、まだ輸送ができるうちに、大量の武田貨幣を諏訪から運ばせた。


 美濃に武田印の銅貨を流通させる事で、美濃の支配者が斎藤から武田に変わった事を民に知らせるのだ。


 民にとっては、守護や国司が変わっても、全く実感はないだろう。直接民が接するのは、国衆どころか徴税の代官や、兵役の組頭に指示されるだけだ。


 だが現実の統治を上手く運用しようすると、そんな下役まですべて変える事は不可能だ、いや断行すれば美濃を戦力化するのに時間が掛かり過ぎる。


 だからこそ、武田菱の刻まれた通貨流通と、落とした城砦に武田の御旗(みはた)を立てることで、美濃の隅々まで武田支配を知らしめる。


 俺は慌てずに、木曽川左岸の城砦を落として、鷹司家の直轄城砦にしていった。


 大桑城の一条信龍叔父さんは、馬場信春に任せておけば何の心配もないだろう。


 稲葉山城を早急に囲みたい気持ちもあるが、布陣(ふじん)に隙があれば、背後から尾張勢が攻め掛かってくる可能性がある。


 尾張の国衆は、謀略を駆使して内部分裂させているが、細分化してしまった分扱い難く、先が読めなく成ってしまった。


  大沢治郎左衛門正重の鵜沼城と、伊木忠次の伊木山城主を確保した以上、犬山城の織田信清を警戒しておかないと、俺が先を読めない乱戦になってしまう。


 美濃を攻める事で、六角や細川管領に圧力を掛けたいが、背後を尾張勢に脅かされるのは嫌だ。


 だから十分な戦力を、尾張との国境線城砦群に置く必要がある。


 支配地域が増えれば増えるほど、守備のために信頼する兵を分散配置しなければならないと言う、ジレンマに陥ってしまう。


織田信安 :織田伊勢守家・尾張上四郡の守護代・岩倉城主

     :犬山織田家の先代・織田信康が後見人だった。

織田信清 :犬山織田家当主・犬山城主・木之下城主

中島豊後守:織田信清の家老・小口城主。

和田新介 :織田信清の家老・黒田城主


 上末城の落合安親や大留城の村瀬作左衛門などの弱小国衆や、城代を務める陪臣国衆を調略して、尾張に拠点を築くと共に、尾張の内乱を煽らなければならない。


 大きな勢力はできるだけ潰して、弱小国衆だけを残す。そして彼らを直臣化する事で、尾張も実質的に支配する。


 斯波義統には当面名目上の尾張守護を努めさせ、能力があれば遠国の国司に推薦してやろう。尾張は直轄領にしないと、安心して上洛できない。






美濃稲葉山城:第3者視点


「光安、六角と細川管領の使者に行ってくれ」


「援軍の依頼でございますか?」


「そうだ、あいつらも武田を裏切った以上、武田が美濃を取ったら次は自分と言う自覚はあるだろう。儂が健在な内に協力する方が、勝ち目がある事くらいは分かるだろう」


「しかし援軍が間に合いますでしょうか?」


「さあな、だが手をこまねいていれば、頼芸に最初から味方していた、揖斐光親や長屋景興が勢いづいてしまう。そうなれば、新たに味方するものも増えてくるだろう。美濃四人衆が武田に寝返れば、もはや打つ手がなくなってしまう。美濃四人衆と領地を接する、六角が儂の味方に付くかもしれんと言うだけでも、背後を気にして武田に寝返れなくなる」


「気が付きませんでした。確かに六角と交渉している事実だけでも、国衆の寝返りを抑えれますな、直ちに用意いたします」


「一刻を争う、できれば今日中に立ってくれ」


「承りました。」


「不利になっても土岐頼芸に味方していた国衆」

揖斐光親:揖斐城主・土岐頼芸勢・土岐頼芸の弟

長屋景興:相羽城主・土岐頼芸勢


「西美濃四人衆」

稲葉良通:小寺山城主・曽根城主

氏家直元:大垣牛屋城主・三塚城主

不破光治:西保城主・北方城主

安藤守就:北方城主

(北方城と言われる城は、美濃国内に2城存在する)






京の近衛邸:近衛稙家視点


 問題は鷹司をどう扱うかだ、次代で縁を結んで取り込むか、このまま敵対するか?


 妹を義晴に、娘を義輝に嫁がせたのに、現実はこのていたらくだ!


 覚慶を将軍に付ける事すらままならん。


 武田の勢いが細川・六角・三好を凌ぐようなら、取り込んで覚慶の後押しをさせるしかあるまい。


 だが三好が此方についてくれて、義維を手放して覚慶を将軍にしてくれるなら、細川と六角を三好と和睦させて、鷹司を抑えねばならん。


 鷹司を抑えるなら今川は外せまいな、今川の裏切りを鷹司が許すとは思えん。今川もそれは自覚しておろうが、一度懲りておろうから、無暗に攻め込む事はあるまい。朝廷の和睦がなければ、今川は滅んでおっただろう。


 今度今川が武田に攻め込めば、朝廷も和睦を破った今川の肩を持つわけにはいかなくなる。だが今川が駿河・遠江・三河に存在するだけでも、鷹司の抑止力にはなる。


 後使えるのは北条だが、当代の氏康は我が近衛の血を継いでおらん。妹と氏綱の間に男子が産まれておれば、氏康などに跡を継がせなかったものを、口惜しい事よ!


 だが氏康の継母が、近衛の出である事には違いない。嫡男の氏政にはまだ正室がおらぬはず、尼にした妹を還俗(げんぞく)させて送り込むか?


 足利に嫁がせるのも大切だが、実利は北条に送り込んだ方があるだろう。いっそ三好と縁を結ぶ事で、義維と手を切らせるか?






11月越中:武田信繁視点


 儂は一向宗相手に勝利を重ね、容赦なく根切りにした。


 耕す者がいなくなった田畑は、出羽から来た民を小作にすればよい。この戦で手柄を立てるようなら、自作や地侍に取り立ててやればいい。


 土山御坊と高木場御坊のあった場所は確保して、光徳寺と善徳寺は攻め落とした。


 後は加賀に攻め込んで、一向宗を滅ぼし、武田の旗を加賀に押し立てる!


 加賀の松根城は、何時もの狂主悪口で一向宗誘い出し、情け容赦せずに皆殺しにした。


 松根城には信心深い者が多かったのだろう、悪口を放置して籠城する者はいなかった。


 少々面倒だが、調略で降伏させるわけにはいかない。


 一向宗は情けや恩を与えても、感謝する事なく、必ず一揆を起こす!


 一向宗の籠る城砦は、虱潰しに落として根切りを断行し、利用しない城砦は、後で利用されないように、廃城にしなければならない。


 越中と加賀の国境の城を全て確保し、守備兵を置いて万全の態勢を築いた後で、堅田城・津幡城・上山田城・森城・高松城を落とすべく、侵攻を開始した。


 越中と国境を接する、河北郡を切り取り、領地にするためだ。


 だがこのように簡単に侵攻できるのは、全て朝倉宗滴の御陰ともいえる。


 朝倉宗滴が加賀に攻め込んだことで、一向宗が越前との国境線に、ほとんど全ての戦力を投入していたのだ。


 石山御坊からの指令で、加賀一向宗は越中に攻め込んだが、朝倉が加賀に攻め込んで来れば、他国の越中に支援に行くよりも、自国に攻め込んだ朝倉に反撃する方を選んで当然だ。


 儂自身も、当初は越中一向宗だけを討伐して、加賀に攻め込む心算はなかった。


 加賀に攻め込むことができたのは、越後から出羽兵3000が援軍として到着し、加賀一向宗が朝倉迎撃に移動したからだ。


 全てが儂に都合よく動いてくれたからこそ、堅田城を確保して守備兵を入れ、能登方面へ兵を送ることができたのだ。


「上野弓隊放て!」


「飯田弓隊放て!」


「石黒弓隊放て!」


「一向宗逃げて行きます!」


「「「「「皆次の襲撃に備えよ!」」」」」


「良政殿、矢の補給を頼む」


 上野勝重が、少なくなった弩の矢の補充を、狩野良政に頼んだ。


「承った」


「親広殿は出番がなかったな」


「ああ、今回は簡単に逃げてくれたが、もしかしたら弓の狙いが付けれぬ、夜襲を考えておるかもしれん」


「う~む、それだと厄介(やっかい)だな、半数の兵を今から休ませておくか? どう思う成綱殿」


「それがよかろう。城に近づいてから防ぐことになろうから、速射が出来る弓使いを休ませて、弩方を警戒に残そう」


「そうだな、それにしてもこの弩言うものは便利だな、何の習練もせずに矢を射れるのだから」


「仕組みが弓よりも複雑で値も張るが、弩なら喰い詰めた民が直ぐに兵となる。いや、百姓や女子供でも、立派な弓衆に仕立て上げられる」


「まあ速射は無理だが、そこまで言うのは贅沢(ぜいたく)だな」


「確かにな、親広殿? そんなに大竹矢を出してどうされた?」


「夜襲があるなら、早めに大弩砲を使った方がよかろう。郭の1つも落とされて、信繁様に心配を掛けるわけにはいかん。何よりここで手柄を立てて、城地を取り返さねばな」


「確かにそうだ、失った城地を取り戻すことこそ我らの悲願、その為に命を懸けているのだ」


「城地を失い復活にかける元越中国衆」

上野勝重:元椎名康胤家臣・新川郡長瀬城主

飯田利忠:元神保長職家臣・婦負郡井田城主

石黒成綱:元神保長職家臣・礪波郡木舟城主

唐人親広:元神保長職家臣・新川郡小出城主

狩野良政:元神保長職家臣・飯久保城主






11月美濃金山城:義信視点


 木曽川上流の木曽に続く美濃城砦は、全て攻め落とすか降伏させた。


 落とした城砦は、将来は元難民の生産衆に預けるが、今は黒鍬輜重を入れて守備兵とした。


 今回の大弩砲を活用した攻撃を見れば、敵が大弩砲排除に動くのは当然だろう。


 普段黒鍬輜重は、一番安全なはずの最後方にいる。だが俺が敵なら、遊撃部隊を編成して、迂回後方攻撃をさせ、黒鍬輜重の殲滅を謀るだろう。


 今の状態なら、どうしても直轄化した城砦に守備兵を置かねばならないが、ならばそれを一番弱い黒鍬輜重に任せればいい。最低限従軍させなければならない黒鍬輜重以外は、守備兵として城砦に入れることにした。


 美濃に手に入れた直轄城砦群で、美濃侵攻部隊の兵糧や消耗品を、春まで十分保てる補給体制は構築できた。


 現在も美濃侵攻軍に従軍している、大弩砲を運用する黒鍬輜重と、最小限の補給黒鍬輜重を、部隊の中央に置いて行軍しよう。


 金山城から軍を進めて、岸信周の堂洞城を囲む構えを見せると、岸信周主従は稲葉山城へ逃げ出した。


 俺が進軍を再開して、稲葉山城や尾張ではなく、堂洞城を目指したら逃げる準備をしていたのだろう。そのくらい見事な逃げっぷりで、接収した城内には何も残っていなかった。


 その日のうちに、直近にある加治田城主の佐藤忠能主従が、臣従を誓いに堂洞城にやってきた。


 佐藤忠能には、城地召し上げ扶持化を条件に、家臣に加えることにした。


 しかし関城主の長井道利は、頑強に籠城の姿勢を崩さなかった。


 長井道利は、長良川上流を支配する国衆と連携を取りつつ、籠城を続けようとしている。彼らは城地に対する執着が、国衆らしく激しのだろう。


 飛騨との連絡路を確保するために、国衆から城地を召し上げ扶持化する俺には、どうしても降伏できないのだ。


 だがそれは、俺にとっては好都合でもある。


 ほとんど全ての手札を明かした以上、出し惜しみすることなく、敵を殲滅できる。


 後は攻め取った城砦を、子飼の生産衆に預けるだけだ。


東殿山城:東常堯

木越城 :遠藤胤縁・遠藤胤俊

苅安城 :遠藤盛数

鶴尾山城:遠藤盛数

跡部城 :跡部将監頼利

小野城 :斎藤氏


 俺は家臣に加わった美濃衆を先陣に、3万余の軍勢で関城を囲み、何時もの三種の矢文を射込んだ。






美濃稲葉山城:第3者視点


 斎藤道三は、忠義溢れる者たちを選抜して、城内の拠点に配備した。


 明智光秀・堀池定治・石谷対馬守・川島唯重・川村良秀・飯沼知俊・神山義鑑・神山正長・神山定常・道化定重・道化定常・松原義保・竹中氏泰・井上頼久・中村秋益・片桐為春・大西勝祐・溝尾茂朝・大塚種長・鷲見基綱・桑原久明・三宅信朝・林通政・一柳直秀・猪子高就・柴田角内・堀田道空など、不利であろうと命を懸けて共に戦ってくれる者たちだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る