第71話苦戦5

出羽檜山城:第3者視点


 鷹司義信が津軽から檜山城包囲軍に戻ると、すでにある程度の戦果を得ていた。


 安東家を寝返った国衆や地侍で編制された檜山城包囲軍は、多くの損害を出しながらも、北郭を含む幾つかの郭を確保していた。


 そこで鷹司義信は、津軽4郡で使った下劣な策を弄(ろう)することにした。


 今回は見せしめの意味もあって、安東一族を許す訳にはいかないので、城内の安東一族全員の切腹を条件に、家臣領民の助命を約束。


 それと同時に、城門を開けた者1人当たり100貫文を与える約束。


 城壁や柵を乗り越え逃げて来た、安東一族以外の城兵助命の約束。


 以上3種の約束を書き記した矢文を大量に射込んだ。まあこの矢に当たって死ぬ奴は、運がなかったと諦めるしかない。


 矢文を射込んだ初日の夜に、城内に逃げ込んでいた領民が、今度は安東家に見切りをつけて城から逃げ出してきた。


 まあこれは当然だろう、鷹司大将が助命を約束した矢文が、数千も射込まれたのだ、命が惜しくなる者も出てくる。


 2日目は城内で争いが起こりだした!


 郭によっては、徹底抗戦派と開城派による斬り合いにまで発展し、幾つかの郭の城門が開かれたので、出羽勢を突入させて確保した。


「皆今日までよく尽くしてくれた、鷹司卿ならば約束を違(たが)える事はないだろう。城門を開き降伏してくれ、ただ我らと供の武士の意地を示す者だけ残ってくれ」


「殿!」


 安東愛季はさすがにしぶとかった、このままでは家臣に殺されると判断したのだろう。家臣領民の命を思う仁将の振りをして見せて、家臣領民の忠誠心と士気を向上させた上で、疑わしい家臣領民を城内から追い出した。


 同時に激減した城兵で守り切るために、本丸・二之丸・三之丸と脇郭だけを残して開城した。これは鷹司義信から、開城褒美の銭を大量に放出させようとする嫌がらせでもあった。


 見方によれば、降伏開城した全員が城門を開けたともいえる。


 しかし5000を超える人々全員に、100貫文支払う銭など持ち合わせがない。しかも支払ったとしても、人々は鷹司義信に感謝などせず、安東愛季に感謝するだろう。


 仕方なく今回の開門は、正式な降伏で鷹司義信に味方した開門ではないとして、褒美は支払わないと言う結論になった。安東愛季は本当に強かな奴だ!


 ここで鷹司義信は苦慮することになった。


 半分以上の郭を一気に手に入れたのはいいが、残った郭に精鋭将兵が集まり、人数が減った分、武器と兵糧が減らなくなっている。


 我攻めをすると損害が多くなりすぎ、裏切り者の出羽国衆と地侍の心が離れていく。


 檜山城に留まれる時間が少ない鷹司義信は、我攻めを諦め、包囲攻城戦を続けるしかなくなった。

 

「八柳平次郎、そなたの父、兵三郎は命を懸けて奮戦してくれた。よってそれを評して、本領安堵の上でそなたを従七位下将曹に任じ、100貫文の扶持を加増し近衛武士団に取り立てる。相応しき一門を出仕させるべし!」


「有り難き幸せにございます、一族一門を代表して感謝申し上げます。これからも忠義の心で粉骨砕身御仕えさせて頂きます。近衛府出仕は、我が弟、源五郎に家臣を付けて務めさせとうございます」


「うむ、これからも励んでくれ」


 鷹司義信は、当主討ち死にさえ厭わず、家名存続に奮戦した出羽勢を評した。これからも檜山城を囲んでくれる出羽勢に銭をばら撒きたかったが、手持ちの軍資金には限りがある。


 そこで感状と証書を書き与えて、ジャンク船が湊に入った時に、報奨銭を受け取れるようにした。


 同時に損害を出さないように手抜きした国衆、特に寝返り組の所領を削り当主交代を強行した。交代させた当主は諏訪に強制連行し、後顧(こうこ)の憂いをなくすようにした。


 その上で後を出羽勢に任せて角館城に向かった。






備後国高の野陣:第3者視点


「殿、いかがなされますか?」


「義父上、本願寺とは長年の友諠(ゆうぎ)がある故(ゆえ)、依頼を無下(むげ)にもできますまい。まして一向宗に領内で蜂起(ほうき)されては、他国との合戦にも影響しましょう」


「されど殿、甲斐武田との交易の利は馬鹿になりませんぞ。今後の戦費のためにも、倭寇どもには配慮したほうがよいのではありませんか」


「それは理解しておる。若狭武田と因幡武田にも命じて、交易船には配慮(はいりょ)するようにしておる」


 尼子国久は出雲吉田家の養子に入り、出雲国東部地域を所領にしていた。しかも後に、本家に反乱を起こした尼子興久を討伐した戦功で、尼子興久が所有していた出雲西部塩冶地帯も所領に加えられていた。


 その尼子国久にとって、日本海沿岸交易の利益は、絶対に手放せないものだった!


 尼子晴久から見れば、大名権限を強化するためには、出雲を完全直轄化せねばならず、尼子国久は目障りな存在ではある。


 だが尼子国久は大叔父であり義父でもあるし、何よりも強力な軍事集団新宮党の党主なのだ!


 新宮党の傲慢(ごうまん)な振舞(ふるま)いには、他の一門譜代衆から不満が噴出しているものの、戦歴を重ねた戦功が著しいので、迂闊(うかつ)に手出しできない存在なのだ。


 尼子晴久は、自ら2万8000兵を率いて美作東部に進出し、備前の浦上政宗や松田元堅と同盟して味方に加えた。


 迎撃に出て来た、美作の後藤勝基と備前の浦上宗景の連合軍1万5000兵を撃破し、備前の天神山城を越え、播磨加古川まで進撃していた。


 備前赤松家の筆頭宿老となった浦上政宗は、尼子晴久と同盟した。だがそれを不満に思う国衆も多く、彼らを統合した実弟の浦上宗景は、毛利元就の支援を受けて、兄の浦上政宗と備前の覇権を懸けて争っていた。


 このような一族一門内の争いが、家を傾け他国に付け入る隙を与えてしまう。真に愚かなことだが、人の欲望と嫉妬心は度し難いものなのだ。


 だがこの動きは大内家を動かす事となる!


 尼子が備前と播磨に向かった隙を突いて、備後の尼子方国衆を攻めたのだ。


 尼子に味方する江田家の居城、旗返山城を大内方備後国衆が攻撃したのだ。


 破竹の勢いで進撃していた尼子晴久だったが、備後国衆の支持を維持するため、軍を返して備後国高へ陣を張ることになった。






近江堅田の称徳寺:第3者視点


実誓  :浄土真宗・称徳寺・住持

細川藤孝:五位下・兵部大輔・御供衆

朽木稙綱:御供衆

和田惟政:御供衆・甲賀山南七家

三淵藤英:奉行衆


「実誓、今日は世話になるぞ」


「公方様、何もございませんが、できる限りのおもてなしをさせて頂きます」


「藤孝、今日は愉快であったな」


「は! 武田めは公方様を差し置き一族を入内させたり、内親王降嫁を謀るなど不遜極まりませんでしたが、春からの懲罰はさすがに堪(こた)えましたでしょう。しかも今日頂いた和睦の勅命で、反撃も思うに任せぬでしょう」


 細川藤孝が、足利義藤の言葉に御追従をした。


 今日は中尾城に籠る六角勢1万の武力を背景に、朝廷に無理矢理、武田家に和睦の使者を送らせる強要をしたのだ。これで本願寺・今川・伊達・最上などは、反撃を受ける事なく、一方的に攻撃しただけで済むことになる。


「左様左様、公方様が与えた守護職を返上し、朝廷に国司を要求するなど不遜過ぎましょう」


 和田惟政が、細川藤孝の尻馬に乗って義信を罵(ののし)る。


「それで惟政、武田の忍びは本当に動いておらんのだな?」


「は! 京も堺も商い以外の動きはありません。ただ鷹司と三条の家名を使って、近衛府の兵を集めております」


「惟政殿! それは大問題ではないか!」


「稙綱殿、しかし我らとしても三好勢との戦で、京を騒がせておるのだ。御所を守るための兵を集めると言われては、留め立てもできぬ。まあ集めてる兵の中に、我の手の者を紛れ込ませているから大丈夫じゃ」


「う~む、しかし武田めは朝廷に兵など集めれば、帝や朝廷が戦に巻き込まれると分からんのか!」


「稙綱殿、それは我らが言える事ではない。情けなき事ながら、我らの雑兵共の中には、御所内で乱暴狼藉を働いた者がいるのだ」


「藤孝! それは違うぞ! 乱暴狼藉を行ったのは三好めの雑兵じゃ。我が兵はそれを取り押さえるために、仕方なく御所内に入っただけじゃ。間違えるでないわ!」


「は! 申し訳ございません公方様」


「藤英、武田からの軍資金は届かぬか?」


「は、細川晴元様のお話では、今川、斎藤、一向宗との合戦で道が閉ざされたため送れないと、鷹司家の家司が使いに来たとの事でございます」


「帝や公家共には続けて支援しておるではないか! 晴信の守護職を剥奪してくれようか!」


「公方様、そこまでなされては、今川や本願寺が負けた時に、武田の軍勢が京に攻め上がってまいります」


 朽木稙綱が苦言を呈した。


「ふん! 甲斐の田舎侍など如何程(いかほど)の事があろうか。晴元には、武田に軍資金の催促をするよう伝えよ。送らねば信濃は小笠原に、越後は上杉に守護職を与えるとな!」


「は!」


 藤英は仕方なく返事をしたが、このような仕儀となれば、今後一切武田からの支援は望めぬと諦めた。そこでその事を公方様に話しておくことにした。だがここまでやっておきながら、自分たちが憎まれないと思っているのは、傲慢不遜(ごうがんふそん)と言うほかない。


「しかしながら公方様、それでも武田が支援を送らぬ場合の策を、講じておかねばなりません」


「実誓! 本願寺の越中侵攻を認めてやったのだ、本願寺の支援は約束通りだな!」


「は! 出来得(できう)る限りの支援をさせて頂くと、宗主も申しております」


「藤英、義元にもそなたの申す通りに御内書を与えてやったのだ、責任を持って支援を送らせよ。いや全国の大名国衆に支援を送らせよ、よいな!」


「「「「「は! 承りました」」」」」






京の覚院宮:第3者視点


「虎繁、公方が事もあろうに帝を脅(おど)しおった! 何とかならぬか?」


「御恐れながら、兵を挙げるは容易(たやす)き事成れど、必勝の策がなければ、今上帝と宮様に御迷惑をおかけすることになります。我が主人鷹司義信は、その事を心から恐れております。それ故(ゆえ)此度(このたび)の公方の愚挙(ぐきょ)は、御寛恕(ごかんじょ)を乞(こ)いたく存じます」


「う~む、其方(そのほう)や鷹司卿の、帝に対する忠心を疑ってはおらぬ。さりながらこの度の公方の愚挙と、公方と三好が事もあろうの御所内で乱暴狼藉を働いた事は、とてもではないがは許し難い。公方の軍を養う銭は鷹司卿が出していると聞く、なれば何とかならぬのか?」


「申し訳もございません! 主人義信の伯母が細川晴元管領に嫁いでいた故、長年に渡り支援しておりましたが、此度の御所での愚行を聞くに及び支援を取り止め、その全てを近衛府の兵を養う資金に充てる様に指示を受けております。早急に御所を守るべき武士団を整えます故、今暫(いましばら)く御待ち下さいませ」


「そうであったな、三条公頼卿、いや今は鷹司公頼卿であったの。卿の姫が、細川管領家と武田家に嫁いでいたのであったな。されど細川管領家に嫁いだ姉姫は先年亡くなられ、晴元は六角の娘を継室に迎えたのではなかったか?」


「はい仰られる通りでございます。それ故今後2度と細川にも公方にも援助は行わぬと、我が主人義信も申しております」


「義信卿がそう申されるなら、確かな事であろう、だが今直ぐ近衛の兵が集まる訳でもあるまい? 明日よりどう対処いたす心算か?」


「今日の公方の愚挙と、御所内での乱暴狼藉に対する懲罰の使者を、三好に送りましょう。さすれば三好は雑兵共の処罰を致した上で、詫状(わびじょう)を今上帝と朝廷に出してまいりましょう。そうなれば今上帝と朝廷の権威を高めることができしょう」


「されど虎繁、御所内での乱暴狼藉は三好にも責任はあろうが、公方の愚挙まで三好に責任はなかろう?」


「されどそれは、全て三好が京に兵を進めたことが原因でございます。その事を強く責め、公方の兵が中尾城から退去する様に、三好が軍勢を動かさねばならぬ様に追い込みます」


「しかしそれが元で京で合戦が起こっては、元も子もないではないか?」


「京での戦はきつく戒(いさ)めます。三好は歴戦の大名でございますれば、京を避けて公方を追いやるくらいの事は、訳もなく遣り遂げましょう、御案じ召されますな」


「うむ、あい分かった。なれば虎繁に我が名代を申し付ける故(ゆえ)、万事うまく執りは計らうがよかろう」


「承りました」






出羽横手城:義信視点


 俺は角館で、戸沢道盛の軍勢と周辺の国衆地侍の兵を集めた。先を急ぐ行軍のため、最短の宿泊をしただけで、軍を2つに分けて南下した。


 先行軍は、騎馬隊と集まった騎馬武者を俺が直卒し、後続軍は部下に徒歩武者と足軽兵を率いさせた。


 近衛府直轄領では、領地と軍勢を預けた漆戸虎光に今後の策を授け、最短の宿泊と休息をとっただけで、急いで南下した。


 小野寺景道の横手城に入った時は、周辺の国衆地侍の兵を集めて軍に組み入れた。そして今までと同じように、先行軍は騎馬隊と集まった騎馬武者を俺が直卒し、後続軍は部下に徒歩武者と足軽兵を率いさせた。


 この時代の道は、本当に狭くて高低差があり、凸凹(でこぼこ)な上に雨が降るとぬかるむのだ。何万もの軍勢が、同時に急いで移動できる道ではない。


 細く長い軍列が続くので、横から奇襲をかけられたら、大将の首を取られる可能性が高い!


 通常は先発軍に安全を確保させた後でなければ、大将が進むなど危険極まりないのだが、俺はあえてその危険を犯している。


 史実で織田信長が狙撃されたように、俺も狙撃される危険はある。だが犬狼部隊と御鷹組に周辺を警戒させて、自分としては万全を期している心算だ。

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