第20話毛利との和議

 結局交渉は、黒田官兵衛に代わって与一郎が、安国寺恵瓊を自陣に招く形で行われた。

 その下交渉の使者が毛利の陣に入った時点で、清水宗治を助けられると毛利は考えていた。

 だがその分、国割が厳しくなるとも覚悟していた。

 実際に安国寺恵瓊が受けた内容は、石見一国が増える厳しいモノだった。

 だが実質的に割譲するのは、石見銀山とそれを守る山吹城・石見城・矢筈城・矢滝城に、邑智郡三万一七五五石だけだった。

 石見銀山を取られるのは痛かったが、備後一国一八万六一五〇石よりは安いモノだった。

 吉川元春が多少難色を示したが、一門の吉川経家が助命されているのに、清水宗治の助命に難癖をつけるわけにはいかなかった。

 小早川隆景は、与一郎や秀吉の思惑をある程度見抜いていたが、誰にも何も言わなかった。

 与一郎の献策通りに国割が行われ、後々の四国征伐や九州征伐の事まで話し合われた。

 その間秀吉は、明智の使者が毛利家に入らないように、厳しく街道封鎖を行っていた。

 和議が纏まった後も、毛利軍の出方を見極めるために、丸一日軍を駐屯させた。

 いやその一日を使って、実質的に毛利軍が追撃できないように、堤防を決壊させて、下流の泥田を更に悪化させた。

 仮に毛利軍が追い討ちを考えても、汚泥と化した平野を通過するのは困難だった。

 高松城には、寧々の伯父・杉原家次を置き、万が一毛利家が裏切った場合に備えた。

 更に毛利軍とは不俱戴天の間柄となった、宇喜多軍を抑えに備前に駐屯させた。

 伯耆の南条元続には、毛利が裏切った場合には、出雲に攻め込むように使者を送っていた。

 何よりその一日の間に、弟の長秀と甥の与一郎を先行させ、秀吉軍が全速力で上方に駆け戻れるように、食事や宿の手配をさせていた。

 元々謀叛が起こる事を察していた秀吉だ。

 いや、謀叛が起こるように仕向けたのかもしれない秀吉だ。

 毛利と戦いながらも、長秀に命じて上方に駆け戻れるように準備をさせていた。

 名目は、上様や上様の派遣してくださる援軍が、快適に備中まで辿り着けるように、各地の村に兵糧と宿の手配をしていたのだ。

 撤退を開始してからの秀吉軍は早かった。

 常識では考えられない速さで、駆けに駆けた。

 ただ駆け戻っているのではなく、各地に信長と信忠が無事だと言う使者を送り、偽情報で明智光秀に味方が集まらないようにした。

 長秀と与一郎が事前に準備していたとはいえ、暴風雨の中での強行軍は困難を極めた。

 特に増水した川を渡るのは命懸けで、周辺の村人から浅瀬の情報を聞き出し、大金を払って村人を集め、人の鎖を作ってその肩に掴まり、激流に逆らいながら川を渡った。

 本拠となった姫路城には、先行した騎馬部隊がたどり着き、新たに兵卒を募集した。

 後続の歩兵部隊を待ちつつ、情報を集め、各地に使者を送った。

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