第12話転機
「私に行かせてください」
「駄目だ」
「しかし経家殿ほどの勇将を、むざむざ死なすわけには行きません」
「絶対に駄目だ」
「しかし殿も、経家殿の切腹には反対されていたではありませんか」
「確かに経家の切腹には反対だが、だからと言って与一郎を危険にさらすわけにはいかん」
「殿も父上も、何度も敵城に行って説得に当たられたではありませんか」
「駄目だ。与一郎は木下家の跡取りではないか」
「私には亀千代がいます」
「だからこそだ。亀千代を父なし子にする心算か」
「大丈夫です。経家程の漢が、この期に及んで使者を傷つけたりしません」
「う~む」
「それに、ここで経家に見事な切腹をされたら、毛利家の結束が固まってしまいます」
「それはそうなのだが」
「どうか、私に今一度説得させてください」
「だが、既に上様にも切腹の許可を頂いておる」
「上様には殿と父上から、後々の調略の為に、前言を翻し再度の説得を試み成功したと御伝え下さい」
「もう成功する心算なのか」
「私は殿の甥ですから」
秀吉は、表向きには吉川経家の奮戦を讃え、切腹するのは森下道誉と中村春続だけでよいと伝えた。
本心は、毛利一族の端に連なる吉川経家を助け、国衆の森下道誉と中村春続を切腹させ、毛利家と国衆地侍を離間するためだ。
だが吉川経家は、天下分け目の合戦で切腹出来るのは武士の誉れと、頑として譲らなかったのだ。
「式部少輔殿。意地を張るのは止められてはどうですか」
「何だと。武士の決意を意地と言い捨てるか」
「ええ、むしろ命の押し売りです」
「おのれ、儂の決意を愚弄するか」
「愚弄はしていませんが、命の賭け時を間違っています」
「儂が何を間違っていると言うのか」
「今回は殿も織田家も、式部少輔殿の命はいらないと言っているのに、腹を切らせろと言い募って困らせています」
「だが、城兵の命と引き換えに切腹するのは武士の誉れだ」
「だから、それは、主君の意に逆らい、事もあろうに主君を放逐するような暴挙を行い、あまつさえ籠城するのに金に眼が眩んで兵糧を売り払っておきながら、吉川殿に援軍に来てもらうような、下劣極まる森下道誉と中村春続で十分だと言っているのです」
「だが、儂が城主なのだ」
「卑怯な森下道誉と中村春続が、自分達の命だけは惜しんで、生贄として式部少輔殿を引き入れたとしてもですか」
「何だと」
「二人は鳥取城の兵糧を売った金を、隠し持っているのですよ」
「そんな。嘘だ」
「嘘ではありませんよ。兵糧攻めの為に、鳥取城の米を買ったのは我が配下です。誰が金を受け取り、どこに隠したのかも調べています」
「おのれ、外道が」
「話を戻しますが、武士が誉とする切腹は、家臣領民を助けるために、敵の求めに応じて切るものです」
「左様。だからわしは切腹するのだ」
「ですが羽柴も織田も、式部少輔殿の切腹は不要と言っているのです」
「しかし・・・・・」
「なのに無理に腹を切ると言い立てるのは、切腹の押し売りですよ」
「・・・・・」
「後々、式部少輔殿が腹を切らねば、家臣領民を助けられない時が来るかもしれません」
「・・・・・」
「今式部少輔殿が切腹の押し売りをすると、その時は他の誰かが腹を切らねばなりません」
「う~む」
「それは、式部少輔殿の父上か御子になるのではありませんか」
「本当に、今切腹するのは、押し売りになってしまうのか」
「はい。無駄腹です」
「分かった」
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