98話目 退屈な囚われ人
捕虜生活も1週間目ともなると、最初の頃の緊張感はどこへいったのか、だいぶ慣れてしまい、心に余裕も生まれてきていた。
生活をする上で、トイレ、お風呂、睡眠といった問題も空間倉庫で事足りる。囚われているフリで、最初から余裕あるのでは?とか思うかもしれないがそれはそれ。
空間倉庫の中では焼き物が出来ない。電子レンジみたいに、雷魔法でチン出来ても、焼き物は煙とか出るからね。バーベキューはシルバニアに却下されたし、後から支給された簡易食は飽きた。煙の出ない魔道具欲しい。
衣食住の中でも、衣は大して必要じゃないかもしれないけど、食文化は大事だと思うの。これが満たされないと、心も荒んでくるのよね。
だいたい、あたしがアルフに攫われるように異世界に連れて来られて、食文化が大変良かったから、あちらに帰ろうとは思わなくなったって、それも要因の一つだったのに。(あ…アルフの事も要因よ?モ…モチロン。ハハハ。)
やはり、これはちょいとお出かけして、狩りにでも行って来るしかないと思うんだよね。こんなに長くアルフに待つように言われるとは思わなかったから。それにさココ海が近いみたいだから、魚狩ってくるのもアリだと思う。
実はアルフの陣営は既に、かなり近くまで来てくれている。安心させる為に、魔力体でアルフにも会ったし、この状況や敵の情報も報告済み。泣きそうなアルフを慰めるの大変だった。抱きしめられなくて辛いと言われたしね。
でも、あたしの安否を確かめられたので、やっとアルフも心に余裕が出たせいか、奴等を懲らしめる算段もじっくり考えられると言われた。
何故なら、実はとっくにあたしの体ごと要塞砦から逃げ出せるからなのね。
空間倉庫魔法で体ごと別の場所に移動出来る事でお解りだと思うが、代わりの人形でもあたしの光魔法で包んでおけば、人形とは知らずに奴等が一生懸命漆黒の闇魔法をかけているのも実験済み。
魔力体でなくとも、外に出られるんだけど、出ちゃうと流石に検索魔法であたしの魔力残滓を読み取られてしまう可能性があるから、敢えて逃げていないだけ。
すぐ転移すればそれこそ、ブーケッティア城下町まで飛べる。
それをしないのはオーランドの山で敵に攫われた時、漆黒の魔道士達が唱えた魔法陣によって、空間に開けられた闇の穴から、幾多の敵がゾロゾロとはい出てきた時の事を、アルフが調べたかったからだった。あんな大規模転移を王都の近くでやられでもしたら、戦力的にも影響され大変な事になる。それを敢えてしないのは何か事情があるからに間違いなかったが、どう考えても魔力量を半端なく使うだろう。それ程ホイホイ出せるものでも無いのかもしれないし、何か干渉するものがあるからなのか、その辺りの諸事情が何なのか解るまでは、迂闊に動けない。敵が油断している間に調査するしかないという事らしい。
アルフ達はそんな事情で調べたいんだろうけどさ。
……ああ、あたしは自由にならない体がもどかしくても、退屈だけど、我慢するしかないのよね。
………と理屈では解る。
敵にあたしの姿は見えないよう、魔力体でも隠匿魔法はかけている。でも、あの魔法が通じない変態野郎の前にはまだ出ていっていない。万が一、隠匿魔法も効かなくて見破られてしまったら、この計画が危うく頓挫してしまう可能性があるから。今回は大人しくアルフの言いつけを守っている。
仕方ないので、魔力体のまま狩りに行く事にした。そこは大人しくしていないのかって?
いやいや、ちゃんと大人しく捕まったまま風にしているじゃない?大人しくしていない!というのは、イコール暴れるって事だから。あたしの体に対して、鬱陶しい漆黒の闇魔法をかけている奴等を止めてないでしょう?上級魔法をこの敵のアジトに向けて吹っ飛ばしてないでしょう?ちゃんと聖なる光魔法を体の周りだけに留めているでしょう?
振り返り外から眺めてみると、ゾーン洞窟は秘密基地とは明らかに言えない、大規模な要塞砦になっていた。前に検索魔法で調べてみた時に気がついたんだけど、ここはブーケット王国の西辺境領の近く、バイアルン王国。婚姻の披露式典に来ていたけど、王太子である第一王子のルーフェン王子も腹に溜めているタイプじゃなかったけどな。王は違うのかな。
バイアルン王国は先代王から続く、お互い貿易も盛んな同盟国だ。それって同盟国なのに、裏切ったって事?
この規模じゃ、どう見てもバイアルンが知らないとは考えられないよね。何か弱みを握られたのか、それとも自ら招き入れたのか。
敵の会話の中に出てきていたから、てっきりリゼルバーグ王国かエジントラン連邦まで連れてこられたかと思っていたけど、アルフやシルバニアがいうには、お隣のバイアルン王国でも貴族院派と王族派とで諍いが起きていて、エジントラン連邦のブーケット王国を狙う、一部幹部やリゼルバーグ王国の重鎮等と手を組んだらしい。
バイアルン王国の王族達は今回の企みを知っているのかしらね。同盟国である隣国の王太子妃を攫うなんて大罪を犯した事を知ったら、どんな対応をするのかしら?
それとも王族自ら、ブーケットとやり合うつもり?
「堂々とやっかいなモノ作っているわよね。」
あたしは魔力体のまま、ケルピーの森まで飛んで湖のほとりで釣りをした。
黒い巨体のケルピーがのそりのそりとこちらを伺う。以前と違って、警戒心が強く、目付きが鋭い。ええ?何か怪しい気配を嗅ぎつけたのかな?
…あ、それってもしかして…あたし?
魔力体のままケルピーに触れると、あたしの顔を舐めようとして、スカッとカスってしまい不機嫌になっちゃったや。
ははっ…すまんのぅ。
取り敢えず大鯰の幼魚を何匹か捕まえて、半身をケルピーにお裾分けしたら、機嫌が良くなったよ。
半身といっても、1匹軽く1mは超えてる。
あたしも半身をじっくりと網焼きにして、一ブロックは焼肉ソースとケチャップを合わせたソースをかけた。
一口、味見してみる。
うん!フワフワの鯰の白身は臭みもなく、ほんのり甘い。新鮮な証拠だね。ちゃんと美味しい。これは白いご飯が欲しくなるね。
暖かいままタッパーに入れ、空間倉庫に次々と仕舞う。残りは塩と胡椒とレモンソースをかけてから、また空間倉庫の中へ。
そろそろ、戻らないとね。
頭を抱えたシルバニアが呆れていたが、シルバニアにも分けてあげたよ。自然と笑みが漏れていた。
ほらぁ!やっぱり、美味しいんじゃない。
そんな風にあたしもシルバニアも呑気に構えていたんだよね。
だけど、あたしが囚われていた間に、王宮では大変な事が起きていたんだ。
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