93話目 王都の結界

 ブーケッティア王都の東門の側に貸し厩戸屋がある。


 厩戸の備えが無い小さな宿屋に泊まる客や、自分で馬の世話をするのが面倒な冒険者等、使用理由は様々だが、結構な数の者達が利用していた。


 馬の餌やりや手入れ等の世話は勿論、厩戸屋の主人のダンカンは復魔法が得意で魔力量も大きめで、馬にも回復魔法を惜しげもなく使う。なんせ馬に対する愛情が半端無く、厩戸に働く者達も呆れる程だ。


 遠方から来た疲れた馬達が回復するのが早い事もあり、利用した者達からの評判が良かった。繁盛してはいるが、良心的な手頃な価格な為、儲けはそれ程出ているわけではない。人件費やシャンプー代、飼葉等の経費でもっていかれてしまうからだ。



「昨日の外出禁止は何だったんでしょうかね?」



 厩戸屋の厩戸頭のケールが主人のダンカンに昨日王宮より、王都住人に外出禁止の命令が出された事について聞いた。



「まったくだよ。パンダレス様の名馬アンガスが鎖に繋がれたまま手入れさえ、させてもらえないっていうんだから、あり得ないだろう。」



 突然の事で、冒険者達から預かっていた馬達の世話もままならず、飼葉だけを与えてきただけだった。馬の世話の為、留まろうとするも、騎士団の敵の捕縛作戦によって禁止された。


 もしもの時に住人を人質にさせないため、例外は認めないと言われた。平民が騎士様達に逆らう等あり得ない。ダンカン達は渋々、ダンカンの屋敷に引き上げた。


 厩戸屋はダンカンの屋敷からは距離がある為、馬達が心配で、屋敷に篭りながらも落ち着かなかった。


 グリスト・パンダレス男爵は冒険者だが、貴族だった。王都の冒険者ギルドに所属し、数々の魔物討伐や日頃の実績が認められて叙爵された、冒険者達にとっては憧れの存在だ。その活躍には名馬アンガスの功績が不可欠だった。


 アンガスはかなり大きな黒馬で、大きな体のグリストが乗っても支障なく、俊足で力も強い。だが、その反面、神経質で認めた人間にしか触れさせない。魔力に対する抵抗力があり、悪意や魔物の気配にも臆する事なく蹴散らす性質だったから、今回のような件でも何かあるわけではない。


 だが、鎖には繋がれている為、不測の事態が起きてはいないか、あの馬に何かあったら大変だと心配でならなかった。


 その為、二人は朝早くから、厩戸屋に向かって馬を走らせた。




 厩戸屋に着いてすぐにダンカンは異常を察した。


 厩戸屋は静かだった。


 通常馬達がいる為、馬の動く気配や嗎、飼葉を食む音等、何かしら音がするものだ。



 急いで、自分達の馬から降りるとダンカンは厩戸屋にある、馬達の元へ走った。




 ………全ての馬達が眠っていた。



 朝早くとはいえ、あのアンガスさえ、目覚めていなかった。


 普段の馬達は人間よりも朝早く起きている。いくら厩戸屋が馬達にとって、安心出来る場所だったとしても、東門から近く、人の気配や音がする場所のせいか、ダンカン達が来る前に起きて飼葉を食んだり、馬達同士で嗎合ったりしている。


 そりゃあ、外出禁止で門も閉ざされ、音も静かで寝やすかったろうとは思うが、既に本日は解禁され、ダンカン達より早く起きている門番達や騎士団達が賑わう音が聞こえている筈だ。


 ダンカン達の気配にさえ、気にも留めずに寝入っている。しかも、アンガスが目覚めないなんて事があるのか?


 不安になったダンカンがアンガスに近寄り、その身に触れた。



 途端にアンガスは目覚め、立ち上がったかと思うと嘶いた。


 ダンカンを鼻先で押し倒し、体をブルブルと震わせた。そして、地面を踏めしめるように、イラついたように何度も蹴った。


 尻餅をついたダンカンだったが、無事起きたアンガスにホッとした。



 アンガスの嗎により、他の馬達も起き始めた。


 立ち上がるダンカンだが、アンガスの落ち着きない動きが気になって、優しく声をかけて彼が落ち着くまで暫く待っていた。


 やがて落ち着いたようで安心したが、やはり気になった。


 何だろう?


 普段と何が違うのだろう。


 やはり、今回の事は馬にとっても落ち着かない事だったんだろうか?誰も人間が世話をしないからか?でも、冒険者が依頼中等は何日も構われずに待つ事も多いと聞く。



 馬達の体に何か変な事でも起きていやしないかと検査をしたが、特に問題はなかった。

 だが、この様な状態で安心して飼葉を食む事も出来なかったらしく、3日分の飼葉がそのまま残っていた。やっと安心したのか、どの馬も慌てて食む姿を見てダンカンもやっと安心した。



「まさか3日間も食べていないとわなぁ。」



 途端に馬達が可哀想になり、目尻が滲んだ。



 それから馬達を労わるようにブラシをかけたり、寝床を掃除したり、何時もの様に安心させるように構ってあげた。


 そこで、ある物に気がついた。



 細い薬の瓶が破られて馬達の寝床の中に落ちていた。


 ダンカンは思わず匂いを嗅ぐ。甘ったるいような匂いに鼻の奥や頭がガンと痛くなり、目眩がした。



「………これは!!」



 そのままダンカンは意識を手放し、藁の上に倒れた。









「……では、殿下は結界に問題があると言うのですか?」



 アルフォンス王太子殿下は今回の王都の捕物失敗騒ぎで、王都の結界魔法や春音様と殿下が行った神力を使った魔法陣に欠点があると指摘した。


 ジョージは魔法陣の魔力は膨大で、かなり威力がありそうなのに、しかも神達が協力してくれているのに、何が欠陥があるのか不思議で仕方なかった。




「………魔力的には問題はない。ある程度の力あるものにも対抗出来うるよう、処置しているからね。僕達二人を超える者が相応な覚悟で臨めばわからないが、それなら魔法陣に触れた段階で直ぐに解るから、問題ないしね。」



 二人を超える者が現れた段階で問題なんだけど、とジョージは思ったが心に留め、言葉には出さなかった。




「……むしろ問題なのは魔力より、神力かな。」



 難しい顔して殿下は呟いた。



「………神力ですか?魔力より、強力だと聞きますが。何が問題何です?」



 ジョージはアルフォンス殿下が何を言いたいのか、ピンとこない。




「…………うん。魔力は形として、目の前で体現出来る。誰でも影響もある。防御魔法を使えば対抗は出来るけど、それも反応で解る。相手に返す事だって出来るしね。だが、神力は違う。誰でも影響があるわけじゃない。」



 神力自体に馴染みのないジョージは殿下が何を言っているのか、理解するのに時間がかかった。




「それは信仰心に影響されるからなんだよ。」




 ーー信仰心?



 ………そうか、馴染みない筈だ。春音様がこの世界に来るまで、このスィーテニアでは神の力は暫くの間失われていた。


 魔力や精霊力は馴染みがあっても、神や神力には生まれてから今まで触れる機会もなかった。神がこのスィーテニアから居なくなり、関わりもなかったからだ。例え復活したと目の前で見て分かっているジョージでさえ、だからといって信仰するのかと言えば、それはまた別の話だ。


 精霊に祈った事はあるが、確かに神に祈るのは馴染みのある者はいないだろう。ジョージでさえ、まだ一度も祈ったことは無い。



 復活させれば良しとしていたが、大きな間違いだったのか?




「敵は魔族だけではないぞ。もし、敵の中に神に対して信仰心がある奴だったら?」




 ーーそれは!!



 簡単に入って来られますね。

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