45話目 憂さ晴らしのお一人様行動!

 あたしは今オールの山でブルーグリズリーを狩っている最中。こいつがデカイ割にすばしこく、ズル賢いので、中々殺られない。


 いっそ、ファイアインフェルノでも使おうかと思ったけど、禁止されているし、禿山にはしたくないしね。


 なので、雷で作った矢で、何度も射ったり、追いかけ回しているんだけど、中々当たらない。お尻にチョイ刺さったくらいかな。



 何でこうなったかというと……。

あたしはムシャクシャしていたし、アルフに八つ当たりしそうになっていたので、一人でこっそり町に出る事にした。


 ミハイルの奴がまた腹立つ事をワザワザ言ってきたのだ。

それは3日目の討伐祝賀パーティーでの事、叙爵式の話になって、父上に褒められた話をミハイルが話してて、良かったわねって言ったら


「そういえば、ハルネ様が最近、豊満なボディになられたのは、お腹にお子様がお出来になっていたからだったんですってね。私は知らなかったもので、討伐とか負担になられませんでしたか?」

 と言われた。


 女王の怒りのお言葉、聞かなかったんかい?


 あたしは気が付いたら、ミシェルをぶっ飛ばしていた。その後、連日の謝罪のお手紙だの、御目通りだの全て突き返し、一切受け入れなかった。ミハイルの親からもあったようだったけど、こっちはアルフが帰してくれた。


 侍女にさえ、八つ当たりしてしまった。


「妊娠してもいないのに、何故あたしに子供部屋の事を聞くの?嫌がらせしているの?」


 と怒りを爆発させたら、文字通り、魔力が爆発してしまい、あたしの応接間のシャンデリアが粉々に粉砕された。


 侍女もようやく、あたしが妊婦ではなく、あたしに内緒で子供部屋を作っているのは、先走って部屋を作らせている誰かがいたんだ、と解ってくれた。妊娠しているのに、何故内緒なのだと、誤解していたらしい。申し訳なかったと、えらく謝罪を受けた。


 その事は直ぐに王宮中に広がり、お世継ぎの話はしばらくご法度になった。それはそれで、もう居た堪れなかった。シャンデリア壊しちゃったし、気持ちがピリピリしちゃって。


 子供部屋の事は最初、アルフか女王が指示したんだと思ったのよね。どうやら、そうではなかったみたい。


「アルフが子供部屋なんか作らせるから、誤解されたのよ!?」と詰め寄ったら、アルフじゃ無いと言われた。でも、アルフも女王も誰なのか知っているみたい。仕草や目付きで判るもの。でも庇っているのか、言わない。だから、余計八つ当たりしちゃいそうだし、酷い事言ってしまいそうで、嫌になってしまった。



 気が付いたら、マダムシャリーヌの店に来ていた。彼女にまで、お腹全然出ていないですわね。体質ですか?と聞かれて、とうとう泣き出してしまった。



「……そうだったのですか。酷い噂を流されたものですね。確かに、実際はもっと酷い噂も聞きました。でも、ハルネ様を存じているものは、そんな噂は信じておりませんよ。ご安心ください。」


 ……知っている人はね。


 この世界で、本当のあたしを知っている人は限られている。

 だって、まだこの世界に来てから、わずか1ヶ月半位よね。


 沈んだあたしの顔を見て、彼女は「気分転換が必要なのではありませんか?」と言った。



 だから今、あたしは一人で、オールの山に来ていた。マダムシャリーヌの店で作ってもらっていた、レッドホーンの皮の服が、やっと出来上がったの。


 見た瞬間、閃いてしまったから。

うん。こんな時は憂さ晴らし必要よねって事。


 でも、どうやって行くの?

そうだ、ダサーンを呼ぼう。

…って事で、連れて行ってもらったのよ。そそ!転移でね。


 討伐後の為かオールの山まで、冒険者や狩人が来れるようになっていた。


 見た目であたしだとバレそうだったから、まず魔法で髪を短くして、色も青くしてみた。レッドホーンの服はウエスタンジャケットにスカートって感じの服だった。皮を細く切った、ヒラヒラも付いているし、今度、カウボーイハットも作ってもらおう。ブーツもヒラヒラが付いている。


 レッドホーンは名前通り赤い皮。赤ければ赤い程、強く大きいので、皮もしっかりしている。

 最近は赤から色を染めて、茶色や黒くしたりする人も多いみたいだけど、あたしはこの赤いウエスタンスーツが気に入っちゃった。

 首元にバンダナを巻いた。気休め程度だけど、判る人だと匂いでバレるから。


 でもって、アミダラさん式、『バンッ』と指からの風魔法と炎の魔法の銃弾もどきを発射し、イエローエルクを3頭、ゴブリン2匹、ギークを1匹狩った。


 まずまずと引き返そうとしたら、チラッと青い毛皮が見えた。

 その瞬間頭の中で、青い毛皮のケープ良いなぁ。本読む時とか、冷えなさそう。ブーツにも付けたり、残りはアルフのコートにするかなぁと浮かんでしまった。


 実際は中々難しい。魔法で焦がしちゃったら、使えないから勿体ない。なので、氷の玉や氷の弓にした。当たっても、溶けたらただの水。だが、走り回りこちらにも魔法攻撃をしかけるブルーグリズリー。流石Sレア級、そんな簡単にはいかない。


「アイスロック」


 足元を固める。しかしバリバリ氷を蹴散らし、直ぐに走り出す。


「アイスニードル!」

「ウガァァ」と言って、前足で粉砕された。ダメね。つまり、アイス系には強い魔物ってわけね。

 ま、そうか。普通は冬眠が始まるような、この季節に走り回っている魔物だものね。


 あたしは高さのある針葉樹に浮遊魔法で登り、様子を伺う。小さな声で唱えた。


「ダブルシャドウ」


 闇魔法で、あたしの影を二体出して、ブルーグリズリーを追いかける。1体は闇の魔法「ダクネスブーメラン」を出し、もう1体は「ダークカッター」を出す。


 あたしは気配を消して、待った。

この2体の影が仕留めるも良し。疲れて、体力を落とした所を自分で仕留めるのも良し。


 グルグル走らせた。

仕掛けた魔法を跳ね返す。

やるじゃん。反対にダイヤモンドダスト仕掛けられている。

でも、残念。影だから通り抜けちゃうのよ。フフッ混乱しているわね。

良し!今かな。


「ライジンググングニル」


 最後はあたし自ら、雷魔法の槍をてっぺんからお尻まで、串刺しにしながら、スタッと木の幹から下に降りた。手をかざすと、シャドウ達は消えた。


 さて、このクマさん、どうやって捌くかな。それとも他のと同じように、取り敢えず倉庫に入れておく?と死んだブルーグリズリーを眺めていると、人の気配がした。


「……やりおるなぁ。」


 青っぽい銀髪を1つに三つ編みし、デアウルフの毛皮やイエローエルクの皮を身につけた、2m位の男性が立っていた。狩人かなぁ。


「……魔法の槍か?凄い魔力だったな。魔力を一点に針のように、集中させて、しかもタイミングも良かった。魔法使いか?相当、訓練積んでいるようだな。…イャア、まさかこんな可愛いお嬢ちゃんとはな。参った。」そう言うと、腰に手をあてて笑い出した。


「…女だからって、見くびらない方がいいですよ。それにそれって、性差別じゃないですか?お嬢ちゃんだったら、魔法は弱いとでも?」


 ギロンと睨みつけ、魔力をバチバチとワザと鳴らして言った。

 ただでさえ機嫌悪い時に、女だからとか、女の癖にって発言されちゃうと切れちゃいそうよ?


「いやいや、こりゃ失言だったかな。そうじゃなくて、感心したんだよ。魔法の使い方が上手いなって、こんなに自分のものにしている奴は見たことないからな。それは男女関係なくでな。」またガハハハと頭をかきながら、笑った。


 ふうん。取り敢えず、悪い人ではなさそう。臭くないしね。


「俺の名前はジレンだ。オールの山向こうの氷雪地帯から来たんだ。あっちは厳しくてな。湖も凍るわ、魔物も強いわで、王都へ何か仕事ないかと、向かっている途中でな。」と手を差し出した。


 びっくりした!あんな所に生活していた人なんているんだ。向こうは魔物が強いし、魔族が出やすいから、今回の討伐でも行かないように言われていたからね。


 取り敢えず、握手した。


「あたしはハル。オールの山向こうで、人が生活出来るなんて、知らなかったわ。」


 またガハハハと笑った。

「……良い所のお嬢さんなんだろうな。そんな事言うって事は。そりゃ、魔物も強いし、生活は苦しい。木こりも狩人もどちらもやるし、魔族だろうが何でも狩る。俺達みたいな厳しい場所で生まれた者は、生きていくには強くなるしかない。だがな、この冬、とうとう村長の俺の爺様が逝ってしまってなぁ。こんな場所を守る必要が、どこにあるのかと思ってな。村の者も、もっと安心出来る場所に行きたいと、今はシャンタナへ向かっているんだ。俺はシャンタナも良いが、一度王都って所に行ってみたくてな。お嬢ちゃんは行った事あるかい?」


「……はい。住んでいます。」


 何か、悪い事言ってしまったと、反省した。この人の住んでいた場所に対して、人が住めるのかなんて、上からの発言。それはヌクヌクした今の環境だからこそ、言える事だった。それは彼方あちらの世界でも言えた事だ。


「……あの、ごめんなさい。あなたの住んでいた村や場所をおとしめるつもりは無かったんです。あたしも王都に来たのは最近で、ずっと遠くから来たので、オールの山より向こうには行った事がなかったんです。」


「あ〜、いやいや、そんな気にしなくていいさ。本当に厳しい場所だから、人が訪れた事も、何年もないしな。だからこそこうして、村から出て来たんだし。」


 そして、あたしはジレンさんとオールの山の向こうについて、様々な話を聞きながら、ブルーグリズリーをさばいた。


 ……いや、さばき方を習いながら…。

 ………手伝ってもらいながら……。

 ごめんなさい。かなり手伝ってもらいながら、捌いた。


 クマさんを空間倉庫にしまって、水魔法で手を洗い、風と炎の魔法で乾かし、聖なる光魔法で浄化した。


 その一部始終を見ながら、感心していたジレンさん。

「はぁ、まさかな、お嬢ちゃん虹色魔法使いかい?王都にはそんな使い手がいると、噂では聞いていたんだが、本当にいるのか。凄い魔法使いだったんだな。そりゃ、使いこなせているわけだ。」


 そういえば、アルフもシルバニアも虹色だし、気にしてなかったけど、そんなには居ないんだったね。


「まぁ、知り合いであたし以外では2人、虹色魔法持ちがいます。結構、便利ですよ。」


 オールの山から、バニシルビアの山に降りながら、何でも無い事のように話した。今、あたしの正体を知られるのはマズイ気がしたから。


「……すまんな。何せ田舎者だから。何も知らなくてな。それで、どうだろう。王都は人が沢山いるんだろう?俺みたいな田舎者でも、仕事があると思うかい?行っても駄目だったら、まぁ、違う町か村を探すしかないがな。」


 何か、本当にジレンさんて、人が良さそう。


「王都には王都ギルドという仕事を紹介する場所がありまして、そちらに登録してもらえば、仕事を紹介してもらえると思います。

 ジレンさんは魔物も狩れるし、木も切れて、薬草採取も出来ますよね?でしたら、仕事は沢山ありますよ。」


 明らかにホッとした顔をして、ほがらかに笑った。


 仲良くバニシルビアの山を歩いていたら、峠でシルバニアとオーレンが待っていた。



「……帰りが遅くなりますと、殿下が心配なさります。馬車を用意致しました。出来れば、こちらにお乗りいただけませんか?そこの御仁ごじんも宜しかったら、どうぞ。」


 あたしの居場所なんて、アルフが知っているのは解っていた。腕輪も指輪も着けていたし、それでいてさ晴らしさせてくれていた事もね。でも、ちょっとしゃくに触る。迎えに来てくれなくても、いざとなったら、ダサーンに送ってもらえたもの。


 王太子の婚約者でも、何でもない、ただの『ハル』で、もうちょっといたかったのに。


 でも、ジレンさんの反応が、そんなささくれ立った、あたしの気持ちをなごましてくれた。



「…ホェア〜。流石、王都ってとこは馬車で迎えに来てくれると?いゃあ、たまげたな。これは沢山乗れるんだな?屋根まで付いているとは、オオハァッ!!椅子までホカホカで、これは凄いな。」



 そんなジレンさんと気が合ったのはオーレン。

「王都で仕事探しっすか?そらもう、いっぱいありますよ。今は人手不足でして、魔物狩り出来るんでしたら、直ぐ金稼げますしね。良かったら、住む場所紹介しますよ。俺の知り合いで、宿屋と酒場やってるオヤジが居まして、、」

 なんて、2人ガハハハゲハハと煩い。

 黙って外を眺めているあたしに、

 シルバニアが話しかけた。


「申し訳ございませんでした。春音様が気分を害したのは、私にも責任があります。」


「………。」


「お世継ぎの部屋のご用意は私が命令し、させました。誤解の種になった事、大変申し訳ございませんでした。春音様がお怒りになるのはごもっともです。殿下や女王様は私を庇って、何も言わないでいてくださったのです。どうか、お怒りは私一人に、、。」

「…知っていたよ。」

「はい?」

「だから、そんなの解っていたわよ。立場的にそんな事出来るの、限られているし、アルフや女王が庇うなんて、シルバニアしかいないじゃん。シルバニアってあたしやアルフや未来の子供達の守り人の一人なんでしょ。精霊達から聞いているわよ。誰だと思っているの?」


「……そうでした。春音様は人類と精霊の架け橋、精霊に祝福された、お人でした。」


「マンドリン家みたいな、悪意じゃないって事も、誰より望んでくれているのも、知っているわよ。だからこそ、外に憂さ晴らしに来たのにね。ふん。」


 窓ガラスに映る、眉毛をへの字にした、情けない顔のシルバニアを見ていたら、怒っていた事も馬鹿らしくなってきたや。


「もう、解ったわよ。1つだけやってくれたら、今回の事、許してあげても良いわよ?」パッと途端に明るい顔になった。「何でもさせて頂きます。仰って下さい。何をしたら宜しいのですか?」


 …何でもねえ?ぐふふふ。


 アレ?今、春音様から、良からぬ気配がしたような?気のせいでしょうか?シルバニアは背筋が寒くなる気配を感じた。



 ミハイルは自室で、ぐっすんくすん泣いていた。


 自分はシルバニア部隊長にハルネ様の間違った個人情報を口にした事を、かなり怒られた。隠密部というのは情報が何より大事。

 他の者が間違った情報を持っていたとしても、隠密部だけは正しい情報を持っている。時に情報操作し、大事が起こる事を未然に防いだり、影に国を支える部隊である。


 だからこそ、大事を防いだ所か、大事にしてしまうような、隠密部隊員は要らないと言われた。


 殿下の婚約者である事は知っているし、取るつもりもない。でも、あんなに綺麗で、可愛いとは思わなかったんだ。つい、好きな子に構ってしまう感覚で、言ってしまった。本当は知ってたんだ。妊娠なんてしていない事、ムキになって言ってくるのが嬉しくて、まさか本当に嫌がっていたなんて、でもそりゃ嫌がるよな。あんな噂流されちゃあな。あ〜、完全に嫌われちゃった。


 ミハイルは頭を抱えて、悲しみにくれた。


 明日の叙爵式、顔合わすの辛い。

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