第2話熊に襲われました。
熊が少女を襲っている間に逃げれば、俺だけは助かると思う。だけでそんな事をすれば、あの世にいった時に死んだ家族に顔向けできない。何より、2度と龍子(たつこ)姉ちゃんの顔をまともに見れなくなる。俺を助けてくれた姉ちゃんに恥をかかせる訳にはいけない、ここが漢(おとこ)の見せ所だ。
大丈夫だ!
左右のベルトには、大音量の防犯ブザーを取り付けてあるし。右のベルトには、熊撃退スプレーを取り付けてある。重かったけど、臆病なくらい装備を充実させていてよかった!
まずは右手で防犯ブザーのスイッチを入れたが、自然豊かな山の中に相応しくないケタタマシイ大音量が鳴り響く。これで熊が逃げ出してくれれば1番よかったのだが、そうは問屋(とんや)が卸(おろ)さず、熊がこちらに振り返った。
だがまあ、これで少女が直ぐに殺される事だけはなくなった。問題はこれから熊がどう行動するかだが、悪い予想通りに此方に向かってゆっくり四足(よつあし)に戻って近づいて来る。左手に持った杖を、大きく上下左右動かし自分を大きく見せて威嚇(いかく)してみる。
これで逃げてくれればよかったのだが、これも効果がない。
足が震える、いや身体中が震えている!
調子に乗って馬鹿な事をしてしまった、今からでもすぐに逃げ出したいが、視線を離したら一気に襲いかかって来るのはネット情報で分かっている。ここは踏(ふ)ん張(ば)るしかないと言うか、もう足が動かないかもしれない。でも手が動いてくれなければ、熊に喰い殺されてしまう!
熊が遠いうちから傘を振り回してよかった、そのお陰で足と違っていまでも動いてくれている。だが右手はどうだろう、肝心の熊撃退用スプレーを押せるのか?
熊が止まった?!
立ち上がって襲う気だ!
左手に持った杖を熊の方に突き出し、スイッチを入れた!
ワンタッチ式の杖兼用の護身傘が上手く開いてくれた!
流石(さすが)の熊もビックリしたのだろう、立ち上がりかけていたのを止めて急いで逃げて行った。
助かった!
傘をものともせずに襲いかかって来ていたら、上手く熊撃退用スプレーを扱えなかったもしれない。熊が遠くに逃げて行った事を確認したら、自分でもどうしようもないくらい震えが激しくなった。
「おにちゃん、ありがとう」
「あ、ああ、大丈夫?」
「うん、だいじょうぶ!」
頑張(がんば)れ俺!
せっかくヒーローのように行動したのに、ここで震えていては何の為に勇気を振り絞ったのかわからない。ここは最後まで漢気(おとこぎ)を見せる所だぞ!
「家は分かるかい? 送って行ってあげようか?」
「うん、分かる」
「じゃあ送って行ってあげるよ」
「抱っこ!」
こんな危険な山で、両手を塞がれるのは問題なんだが、もうさっきの熊は襲ってこないだろう。いや、熊がいた事で、もうこの辺に他の動物は近づかないだろう。まずは五月蝿(うるさ)い防犯ブザーを止めて、この子を抱っこしてあげよう。
「どっちに行けばいいのかな?」
「あっち」
なんか嫌な予感がしてきた!
落ち着いて見てみれば、この子の服装は明らかにおかしい、どう見ても中世ヨーロッパとしか思えない!
指示す方向も、さっき会ったおかしな連中がいた方向だ。よく考えれば、こんな山奥にこんな服装の女の子が1人でいるはずがない。助けておいて今更薄情(いまさらはくじょう)だが、ここは反対方向に急いで逃げるべきだ!
「妹を離せ! さもなくば問答無用で切り殺す!」
遅かった!
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