19.シーン2-7(真っ黒な暴露)

 会話が途切れてしんと静まり返った室内に、慣れ親しんだ気配とその持ち主の足音、さらに別の誰かの足音が近づいてくる。

「うっわぁ、来たーぁ」

 私は両目を右手で覆って目頭を押さえた。そして、慌てて椅子の背に跳び乗ると、後ろ側から急いで席について、服の裾を整えてから姿勢を正した。少々はしたないが、ここにいるのはもう、元気真っ盛りな年頃の冒険少年と乙女心を理解しない失礼少年だけである。

 こつこつとドアが鳴り、入りますという声がして開く。なぜ、このような人が側にいるのにミリエはあんなんなのだろう。

 ぴしりと背筋の伸びた女性が、すたすたと入ってくる。その後ろから、ひょいとミリエが顔をのぞかせた。

「お久しぶりです、アリエ様。相変わらずお元気そうで何よりです」

「いえ。そちらもお変わりなく。いつも妹がお世話になっております」

 もちろん本心ありきの上で、社交辞令を混ぜた事務的な挨拶が簡単に交わされる。

 先程ミリエが名を呼んでいたが、キュリアという、ミリエの後見人もとい、ご意見番のような人である。

 薄茶の髪をきっちりと後ろで束ね上げ、怜悧な瞳とまなざしに、三十代も過ぎようかという落ち着き具合が穏やかに交わる。ちらりと余裕がうかがえる生真面目さから、出来る大人の香りが漂う。私もミリエも、彼女には頭が上がらない。

「さっそくですが」

 キュリアさんは、私の両脇にいる二人をそれぞれちらりと観察してから、前置きなしで切り出した。と、その前に、と言って彼女自ら話を切る。

「アリエ様、頭の上に鳥の巣を作っていらっしゃるのですか? さぞ足取り重くいらしたことと思いましたが、意外とぐっすり眠れたご様子で」

 少しの間、なんのことかと呆けていたが、私はぎょっとして手ぐしで髪を整えた。誤解、誤解です。これは寝癖ではないのです。四六時中ぴいぴい鳴いていて眠るに眠れぬ毎晩です。

 服の乱れは直したが髪がぐしゃぐしゃになっているとは気が付かなんだ。慎むべき身であるというのに第一印象がた落ちである。

 彼女はミリエのことも私のこともよく知っている。だから、恐らくはミリエと揉めたのだということは、すでに察しがついていることだろう。しかし、なかなかに手厳しいお言葉だ。

 逆に、きっちりと公私を分ける厳しさがあるからこそ、彼女がミリエのお目付け役で安心できるのだとも言える。効果のほどは、察してほしい。

「失礼しました。それでは、状況のご説明を願います」

 キュリアさんに催促され、私はおとなしくはいと頷いた。あとはもう、なるようにしかならない。

「まず、私が聖都に来た理由ですが、お察しの通り妹が先日帰省したあとこちらに戻る際に、家に特級術士の記章を忘れていったからです」

 自慢になってしまうが、ミリエは若くして魔術士会の第一線で活躍できるほどの力を持ったエリートだ。技術面ではまだまだ叩き上げている最中だが、この界隈では指折りの、否おそらくは随一の魔力量を誇る。

 聖都、すなわち教会側からも認められ活躍している魔術士たちはみな、その証として記章を与えられる。それを持っていれば、聖都のみならず各地の町でその存在の確実さを示すことに繋がるだろう。魔力の素質がない者にも、その力が確かなものだと伝わるだろう。言わば、魔術士の誇り、および身分証明書だ。

 ミリエに与えられたのは、その中でも第一級、特別な魔術士のみに贈られる、金の細工が美しい最高峰を示す記章だ。

 ミリエときたら、そんな魔術士たちの憧れ、最高の誉れとも言うべきものをうっかり忘れていったのである。キュリアさんもこれには呆れ顔だろう。

 すでに船で聖都へ発ってしまったミリエを呼び戻すわけにもいかず、じゃあこちらから届けますかと私が追いかけることになったのだ。遣いを出しても良かったのだが、なにぶんかなり大事なものなので、私が届けた方が安全かつ確実だろうと満場一致の採択だった。

 そして私は、残る家族にしばらくの留守を託し、聖都へとやってくることになったのである。

「とても大切で高価なものですから、丈夫な小袋に入れしっかりと口を縛り、紐が切れないように二重にして通してから、首にかけて持ち歩いておりました」

 察してほしい、首に大金をぶら下げてひとり歩く私の恐怖を。

 そして、状況は船がタコ型エイリアンに襲われたことで一変してしまう。正確に言えば、私が船から投げ出されたことで一変してしまったのである。

 私は切々と当時の状況を訴えた。

「怪物の驚異はその魔術により去りました。しかし、必要以上に激しい威力であったため、船のヘリにいた私は反動で海へと投げ出されてしまったのです!」

 少しだけ脚色である。海へと投げ出された直接的な原因は、タコが離れたことによる重心移動の影響だ。もちろん、すぐそばに人がいた状態での強引な発動による、私と少女の身体に対する負荷と衝撃、そして船の縁の大幅な破損も十分な要因であるという姿勢は譲るまい。

 そして、私自身はオルカらの助けでなんとか命拾いしたのだが、記章の方はと言えば、引き上げられているときに首からするりと外れて落っこちてしまったのである。

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