4.Dear my ✕✕✕

――少しだけ、舞台は遡り移る。


 幻灯機アルガン・ランプの柔らかな光だけが、暗闇の魔術工房の中を照らしている。

 工房の中は、ピアノ、バイオリン、ハープ、オルガンといった楽器類。楽譜。魔術師のように見えるのは、英語置換された魔術式の書かれた魔術書。ホムンクルスを育てる為に必要な、巨大な特殊試験官が何本も立っていた。

 魔術師らしい薬品や薬草、銀製の代物の類いは一切ない。

 その工房の中には、一組の男女がいた。


「そ、それで、で、出来るのか……」


 男の声は震えている。


「あぁ、出来るとも。理論上では、可能だよ。ようは、入れる器と身体を維持できる魔力があればいいんだから」


 女の声は朗々としていて、沈んだ男の声とは対照的だった。

 彼女は、美しい桃色の唇を上げて、椅子に腰を下ろしている男へ微笑みかける。もっとも薄暗いこの部屋の中では、女の美しくも嘲笑するような微笑みは見えていないが。


「君は、愛しているんだろう?蘇らせたいと願うほどに」

「だが……」

「人を殺すのを躊躇うかい?原初を求める魔術師人でなしの癖にさ」


 かつん、と靴音が鳴った。女が動いたのだ、男の元へ。


「人を殺さずに作る方法はあるよ。作り出すのに百年はかかる魔銀ミスリルを生成し、それで魔銀骨格フレーム霊核コアを作る。人形ドール用の演算機で擬似経路と人造霊魂を作り出し、二十四時間魔力を与え続ければいい。でも、君に出来るかな?」


 また靴音。幻灯機アルガン・ランプの照らしている光の先に、彼女の靴先が見えていた。


「まぁ、出来ないだろうね。そもそも魔銀ミスリル生成は百年かかるから、魔銀骨格フレーム霊核コアを作る量を考えれば、二世代はかかる。異形を狩ってその皮膚や骨、肉を使うんだけど、護身程度しか習わない魔術師にとっては、生死を賭けた戦いにもなるだろう。更に、君の体内保有魔力はせいぜいDクラス程度。一日中魔力を切らさずに注ぎ込むなんてすれば、死ぬだろう。私の提示したこの代替案が、一番可能性があると思うけどなぁ」


 幻灯機アルガン・ランプに、女の姿が――悪魔の姿が浮かび上がる。

 真珠灰色パールグレーの長髪が目を引く、年若い美女の姿をしている。二十代前半か、あるいはもっと若いかもしれない。

 こんなにも若いのに。座り込んでしまっている彼とは、全く違う。自信に満ち満ちた顔をしていた。

 彼女はやってみせると、そう顔に書いていた。


「………分かった、信じよう、貴方を」

「ん、君ならそう言ってくれると思ってた。じゃあ、明日から機材やら素材やらの調達方法を考えようか。今日はもう遅いからね」


 パッと女は表情を輝かせ、それから幼い少女のようにスカートをふわりと翻す。


「あぁ……」

「それじゃあ、おやすみなさい」


 父が娘へ言うかのように、彼女は扉を開けて鼻歌を歌いながら出ていった。

 男は背中を丸め、手を組んで、祈るように瞳を閉じる。


「————————」


 そして、祈りの言葉を優しく紡いだ。



◆◆◆



 あぁ、楽しみだ。


 女はくすくすと笑いながら、貸し与えられている客室へ、スキップしながら進んでいく。

 理論上、人形ドールの器は人の形を成していなくても良い。たまたま古代の魔術師が生み出したその形が、人形ひとがたであっただけに過ぎない、と女は魔術書を読んだ中で分析している。

 今であっても、材料さえあれば誰だって人形ドールは生み出せるのだ。ただそれを作り出すのに、少なく見積もって百年以上はかかってしまうというだけ。

 故に、人形ドールを作るという行為は、いわゆるお遊びだ。手慰みの工作にも近い。だからこそ、他の魔術師は見向きもしない。

 だが、過去の魔術師がこれを扱っていたということは、これ自体にも原初をり得る材料になるに違いないのだ。


 人造霊魂の生成。完全な人の魂を複製する技術。これはいわば、魂の流れを知る研究、魔術とも言える。これに着目すれば……。


 女は部屋の扉を開け、ふかふかの天蓋付きのベッドの上に寝転がる。外は、雪が吹いていた。


「さて、あの人は杭を打てるかな?」


 女は目を閉じ、ゆっくりと思考していく。


 実在の人間の魂を堕ろして作る人形ドールは、年月さえかければ誰にだって生み出せる。だが、その身体や人造霊魂を維持させるという話になると、それは違う。

 精巧すぎるが故か。

 完全であるが故か。

 蘇った人形ドールは、長くても一週間以内に


 ただ一つ。彼女が作り出した、試作品六番ナンバー・シックスの例外を除いて。


 あれが死ななかったのは、たまたまではないだろう。

 恐らくは、あの子が関与しているに違いない。あの子が、あれの人造霊魂が砕けぬように「杭」を打ったのだ。

 その杭は、一体何か。

 新たに機能付与するものなのか、偶発的に持ち合わせるものなのか。


 これは、それを知るためのに過ぎない。

 あの哀れな男は、女にとっては実験材料の一部だ。


「面白い実験結果を、期待しようか」


 その言葉を最後に、女は完全に意識を沈めた。


――その後、およそ六ヵ月後。ホワイトチャペル地区で、心臓泥棒ハート・スナッチャーが動き始めた。

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