大学外活動

 seals社を追う……大それた目的だったが、獣造が名刺の裏に書き込んでいた金額は目玉が飛び出そうなものだった。

 双眸護兵は学業を一端棚上げして、双眸家の屋敷にある蔵へと向かった。


 庭の片隅にあるその蔵は、立派な土蔵でもない。

 稀に双眸流の中で気刃が形成できない者が現れるために、日頃使わない武具が溜め込んである。そう日頃使わない武具が。


 武具に遠慮して扉に付けられたドアノッカーで鈍い音を奏でる。

 ややあってからくぐもった声が返ってくる。


『どうぞ』

「入るぞ、ベリンダ・・・・



/



「そうか、分かった」



 双眸家のペット兼武器兼居候の封印騎士はあっさりと同意した。

 短い金髪の女騎士は、良くわからない謙虚さで蔵を軒先として借りている。出先から戻ってきていたのは護兵にとって僥倖だった。


 seals社……深淵に魅入られた組織。社というが表向きの企業を所有している程度で、常に裏側へと潜んでいるために全貌を掴むのは難しい。

 深淵刈りの騎士たる封印騎士は元々この団体に所属していたが、何らかの理由によりドロップアウトした集団。その構成員であるベリンダほど、この案件に向いた人材はいない。


 いないのだが……護兵は首を傾げた。



「思っていたより落ち着いているな? seals社と聞いた瞬間に飛んで行くんじゃないかと思ったぞ」

「お前は私を何だと思っているんだ」

「イノシシ系変身ヒーロー」



 絶句したベリンダと目線を合わせるために、護兵は腰を下ろした。

 目に入る木棚に飾られた武器の状態が記憶にあるよりずっと良い。双眸家は現在門下生を含めても3人であるために、手入れは半年に一度程度しかできていないのだが……



「手入れしてくれているのか?」

「? ああ……この子たちのことか。そうだ。一宿一飯の恩義というだろう? 家賃だけでは私が不満だ。気にするな」



 生まれは見た目通りに外国なのだろうが……極東を歩く内に物を大切にするという精神がベリンダには息づいていた。それがなくとも貧乏な封印騎士にとっては物を腐らせるなど許せはしないだろうが。



「ありがたいな。うちは手が足りなさ過ぎる。門下生になれば、屋敷の方に住めるぞ?」

「考えておこう。ただ、この武具達は……どうも性根が曲がっているというか怨念じみているというか……」

「練度が実戦レベルな前提だが……気で生成した武具は体から切り離すか、砕かれない限り消費されん。しかし、どういうわけか向き不向きがある。身体強化は全く問題ないのに、形成ができない者がこうした得物を使うんだが……そうした人は劣等感が拭えんものらしい」



 それを拭おうと、鍛錬をすればするほどに恨みつらみが武具に込められて受け継がれていく。山と積まれた簡素な武具達の中には正直なところ、妖刀だのの域に踏み込んだ物が2振りほどあった。

 かつて双眸家を訪れた付喪神はそれはそれは嬉しそうに、護兵に教えてくれた。当時、幼かった護兵は眠れなくなった。


/



「……話を戻そう。人工の獣人を買おうとしていた連中の情報を掴めば、やばいぐらいの金が出る。博光にも声をかけようと思っているから、三等分だ。乗るかい?」

「乗る。が、金は要らん。それが我らだ。それとあの頭の回る女に声をかけておけ」



 疑念に満ちた目を護兵はベリンダへと向けた。ベリンダが言う人物は狭霧華風のことだ。共通の知り合いは他にいない。

 狭霧華風は確かに優秀だが、一般的な技能に限る。驚異的な精神攻撃耐性ぐらいしか荒事に対する適性はない。どう見ても巻き込むのに適当とは言えない。

 戦いとは長いものだ。相手を倒しても、その関係者が忘れた頃に襲い掛かってくることもあるのは、ベリンダも承知のはずだが……



「何を考えているか分かるぞゴヘー。断言するが、その可能性はない。偏見を排して言ってすら深淵信者は姑息で卑怯だ。仲間を討たれて報復に出るようなマトモな連中ならば、我ら封印騎士はとっくに本懐を遂げている」

「……話をするだけだぞ?」

「確実に乗ってくるだろうがな。短い付き合いだが、アレにはそうしたところがある。お前が言ったように私はイノシシだ。だが、それはお前もあの軽薄な男もそうだ。糸ぐらい持っておかねば帰れなくなる」



 含蓄のある声に護兵は感じ入った。

 ベリンダ・ミヨシは同業者だ。だが家業として努めを果たす護兵と、使命を帯びたベリンダは絶妙に噛み合わない部分があった。

 現実世界との乖離……その点において苦悩した経験は、護兵ではベリンダの影も踏めない。



「先輩に従おう。行くか?」

「そうだな。〈サングリーズ〉の修復も終わった。丁度いい」



 準備が整い次第、戦いへと向かう。戦いと戦いの間の期間は驚くほどに短く、女騎士の一生は儚い花火のように鮮烈だった。


/



『え、前見た樹みたいなの!? 行く! 絶対行く!』



 数時間前のことを思い出せば、護兵は頭を痛くする。

 首を真っ先に突っ込んだのは護兵だが、それでも少しは考えたのだ。しかし一般人の範疇であるはずの狭霧華風の行動力と決定力たるや異常である。


 そんなこんなで曽良場の端にある寂れた繁華街をオカルト研究会プラス一人は訪れた。

 昼間から酒を飲んで倒れている連中を尻目に、目的地であるネットカフェへとたどり着いた。



「よくこんな場所知ってますね、部長」



 寂れている上に、昼間ともなれば外は寂しい。だがそのPCを置いた個室が広がる店は、静かな熱気に満ちていた。



「蛇の道は蛇。ハッカー御用達のカフェさ。私もよくここで情報を集めているよ。ざっくりと解説すると、神祇局なんて組織が出来てから怪しい噂には事欠かなくなった。でも家から覗くには危険だろう? だから、こういう店ができる。偽名と偽住所で登録するのが会員に求められる素敵な隠れ家さ」



 なんで摘発されないんだ、この店。というかサクッと自分もハッカーだと言わなかったかこの人。

 思いながら護兵が周囲の気配を探ると、明らかに妖怪めいた気配もある。



『ぎゃわー! クソゲー! クソゲーじゃわい!』



 良くわからないテンション高い女の声もする。

 関わってはまずそうな感じがしたので、護兵は無視することにした。


 画面を見るために、博光がモニタを覗き込んでいる。頭を使うのは二人に任せて、護兵は漫画を、ベリンダは無料ドリンクに手を伸ばした。



「21巻が出てる……作者失踪したのかと思ってた」

「コーラ4割、桃6割。ベリンダミックス」



/


流れる画面を見ていた符木津博光は、部長の胸元を視界に入れながら声を出した。



「ソラバ・バイアル? なんスか、この企業?」

「私も話を聞いてから調べたんだが、これがその組織が曽良場で活動するための表向きの名前にして、拠点のようだよ。ただ、ヤバイ気配がビンビンするんだよ。不思議に思うかもしれないけど、ネット上でも当たりの情報って手触りが違うんだ。あるいは手応えかな」



 ふぅんと、感心する博光。

 狭霧華風がそこまで優秀だとは思っても見なかったと、彼の冷静な部分が告げている。



「……残念ながら私の手腕ではないよ?」

「へ?」

「私がヤバイっていうのはね? この企業はネットへの防備がちょっと引くぐらい薄いんだ。探す対象が分かっていれば、かじった程度でも探れてしまうぐらいに。まるで悪戯を見つけて欲しい子供みたいだ」



 遠く離れた地点への思索は、現場とは違った種類の興奮がある。

 その熱気に当てられて、護兵とベリンダも寄ってくる。



「子供じみているのは同意できなくもないが、あからさまなのは深淵騎士らしくないな。拡大派の連中かもしれん」

「なにそれ?」

「深淵に魅入られた連中は、基本的に表へと出ない。しかし、何事にも例外はある」

「それが拡大派か?」

「そうだ。深淵に操られているというよりは、玩具のように扱う一派だな。狂っているのは変わらんが、得たいの知れないモノに対する敬意は欠片もない。悪戯というのは見事な表現だカエ。やつらは命をこねて悪戯をしているのだ」



 だからこそのペットショップ。だからこその人工獣人。

 そして護兵は獣造が疑問に思っていたことも理解が出来た。人工獣人はあくまでも人工獣人だ。深淵の要素はそれこそ欠片もない。

 玩具のように扱うとしても、相手が買おうとする理由が見えない。



「なんか……個人サイト時代のホームページみたいに、限りなく主張の激しいフォントで書いてある……背景も真っ黒で自分の嫌な過去が……」



 華風の感想はこの際無視だ。隠す気まるで無しのモニタにデカデカと表示された字を、三人は読んだ。


 プロジェクト・バスタード


 それが深淵へと誘う一歩。

 わざわざプラン名まで記す目標は、これまでの敵とは毛色が違うことに疑いは誰にも無かった。

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