人狼狩りの始まり

 繁華街の一部が閉鎖された。

 公権力による介入の結果であり、治安の悪化がその理由である。件のヒト食いが絡んでいることは頭が付いている人間ならば想像は容易だった…が、神秘が開示されて以来このようなことは“良くある”。

 麻痺した危機感が想像力を欠如させる。


 世界には脅威が満ちている。そう知ったところで人の行動は変わらない。「俺はそれぐらい覚悟して動いている」と自分に降りかかるまで信じ続けるのだ。


 閉鎖された区画は、意外に広く。そこでは今まさに血相を変えた者たちが走り回っていた。


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「とうとう尻尾を掴んだ……と思いきや、何だぁこりゃ」



 自分自身も油断なく片手に新型の銃を握りながら、多見はぼやいた。

 仕事が上手く行っていないのではない。むしろ逆だ。上手く行き過ぎていて、これまでの地道な活動が無駄に思えてきているのだ。



「怪異は怪異に引き寄せられているとか、異物は惹かれ合うとかそんなの聞きますがねぇ」

「だからつってなぁ? 五体同時に・・・・・捕捉とか、もう肉をかき集めた日々とか何だったの? って感じだよ」



 軽口で誤魔化してはいるが、警察にとっては洒落にならない事態だった。

 立場上退くことはできないにも関わらず、怪異が5体相手。


 装備課が噂のゴム弾から、どこかで見たような玩具まで、ここぞとばかりに提供してきたが……使い手がただの人間である。

 追っていたヒト食いは、ビル群を跳躍して逃げる姿が目撃されている。神秘を宿していない人間との身体能力差は考えるのも馬鹿らしい。



「5体ってなると……最っ高に上手く行って三体倒せりゃ御の字ってところか」



 車両に腕を載せながら考え込む多見だったが、どう落ち着いて考えてもそれが限界だった。

 妖怪に魔物……冗談のような存在が溢れた現代において、かつての体制を残した警察は力不足だ。何よりもまず手が足りない。危険度が跳ね上がった結果として、“町のおまわりさん”で終われる人生などまずあり得ない。当然に成り手が減っていた。



「金治。先生方に連絡を取れ」

「もう取りました」



 頭のなかで唾を吐きかけてから、タバコに火を付ける。

 あんな得体の知れない連中に手を借りるのも気が引けるが、結局は頼りにすることになった。だがまぁ少なくとも神祇局よりはマシである。そう己を慰めて、多見はひとまず待つことにした。

 視界の中では今なお部下達が駆けずり回っていた。


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 地道な努力よりも頼りになる助っ人。こうなれば、最早我々の存在も馬鹿らしい。

 とはいえ、取り逃がせば本当にそうなりかねない。どれだけ血を流して、どれだけ力を振り絞って一体二体捕まえても、世間は三体取り逃したことを避難するだろう。

 職責を考えれば、言われても仕方の無いことだから始末に負えない。



「あー、先生方。俺としちゃぁ本来はアンタがたに手を貸してほしくねぇ」

「ちょっと、多見さん」



 金治が止めるのを鬱陶しそうに振り払って、多見は眼前の退魔師達を見た。

 学生ぐらいの者が二人。どう見てもこっちが怪物な鳩頭。最悪なのは子供の姿をした双子。彼らを戦わして、自分は見物か。そう思えば少しばかりやさぐれた多見にも、情けなさで立つ瀬が無い。



「幾ら俺らより強いって言ったって、強さと立場は関係ねぇ。……本当なら俺らがアンタらを守らなけりゃならんのだ」



 奇しくも彼らの人数は5。相手も5。算数としては丁度良くて多見は反吐が出そうだった。



「が、すまん。俺らの手に余っちまった。……仕事受けてくれ」



 敬礼ではなく、頭を下げる多見。

 その姿に金治と部下たちは拳を握った。危険な目に遭いたいわけではない。それでも無力感は襲ってくる。

 そんな空気を豪放な声が打ち消した。



「よく言った若人よ! その慚愧の念! それがある限り、お主らは負けたことにはならぬ!今は我らが受け持とう! だが、いつの日かお主らが拙僧を守ってくれるであろう! それは最早確定!」



 鳩頭……ドバト和尚が頷きながら言う。

 良いことを言っているのだが、全くそんな気になれない。……が、この時はそれで良かったのだろう。全員の心が軽くなる。



「頭ハードすぎっすね旦那方は。アタシらこう見えて仕事なんだし、気にすることなんてありゃしないのに」

「「迷子の迷子の子猫さん。それを助けるのがお巡りさん。赤ずきんに化ける必要は無いわ」」



 ガムを膨らましながら器用に言うパンキーと、容姿に似合わず母のような目でみる双子。同業者を眺めながら護兵はいやいやながら口を開いた。



「いやぁ……なんか任された感出てますけど……双子先生は名前通り一緒じゃなけりゃ動けないし……一体は貴方方に任せることになるんですが…」



 なぜ、こんな雰囲気良さそうな場で水を差さねばならないのだ。横の同業者達より少しだけマトモなことを恨めしく思う護兵。

 だが、その言葉に公僕達は安心したように頷く者もあった。



「……おう。まぁそれぐらいはな、うん」

「取り囲んで、見てるだけってのも言いづらいしなぁ」

「若いの戦わせて見てた、とか言ったら母ちゃんに殺されちまうよ!」



 新型のゴム銃、なぜか禍々しい警棒……男達は思い思いの武器を手に取った。

 組織としては集団の武器が雑多なのは奇妙なことだが、時代が変わったということだろう。制服が統一されているだけ良しとする。



「ま、それも相手がバラけていてくれたらの話だ。固まってたら……どうするかねぇ」



 月はお誂え向きに満月。

 闇夜に遠吠えが響き渡る。空虚でどこか悲しい。


 存在感の無い声に向けて、全員が動き出した。

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