荒野の果てに君産まれ来む

深見萩緒

第1話 孤独なクリスマス


 私は旅人だ。もうずいぶん長いこと、世界中を旅している。目的は単純――人探しだ。


 また会いたい一心で、私は旅を続けていた。世界の主要な都市は、もう全部探し終わってしまった。都市だけでなく、一般的には僻地と呼ばれる場所も訪れたが、その全てが無駄足に終わった。

 電飾が街を彩る。昨晩から降り続いた粉雪に白く彩られた街に、クリスマスキャロルが響く。腕時計に表示されたカレンダーを確認し、ようやく気付く。今日は十二月二十四日。クリスマス・イブだ。

 クリスマスを忘れるなど、以前の私ならば有り得ないことだった。十二月に入る前から、子供たちが欲しがるおもちゃを入念に調査し、少しの手違いもないように準備していた。子供にとってクリスマスは、一年に一度の夢のような日だ。それを台無しにしてはいけない。私は子供たちを愛していたし……子供に限らず、誰かの喜ぶ顔を見るのが大好きだった。


 私がひとりぼっちになったのも、クリスマスの日だった。何年――いや、もう何十年も前になるか。私は愛するものたちを失い、生きる意味を失った。その時から私は旅人になった。愛すべき人々を探す旅へ……それがどれほど無意味であったとしても。

 クリスマスキャロルが、無人の街に虚しく響く。何十年か前のクリスマスの日、人類は滅亡した。



 ――いや、滅亡したとは言いたくない。まだ世界のどこかに誰かが生き残っているかもしれない。私は、それを確かめたくて旅をしているのだから。

 私は降り積もる雪を見ながら、あの日の悲劇に思いを馳せた。多くの人間が死んだ。あれほどの文明を生み出し、危ういながらもそれを維持し続けてきた人類という生き物たちは、ついに彼ら自身の愚かさに焼き尽くされた。


 戦争だった。しかし実のところ、あれを戦争と呼んでいいものか、私にはよく分からない。

 あの日、長く緊張状態にあった二国のうち一方が、相手国に酷い爆弾を打ち込んだ。打ち込まれた国は一瞬で蒸発したが、国防システムに組み込まれていたプログラムは攻撃を正確に認識し、報復に出た。同じ爆弾が、もはや焦土と化した大地の奥より発射され、最初に攻撃した国も同じように滅んだ。

 しかし、そこで終わることはなかった。プログラムは敵国の同盟国も報復対象に選んだ。報復対象に選ばれた国も、同じような国防システムを運用していた。報復に次ぐ報復。丸い地球の北と南、西と東を爆弾が飛び交い――……そして私は、ひとりぼっちになった。



 科学技術というのは素晴らしくかつ恐ろしいもので、そのころ人類は文明の多くを自動化することに成功していた。

 地表が焼け野原になったあとも、頑丈に作られていたために壊れなかったいくつかの機械たちは、せっせと街を再建した。瓦礫を再利用してビルを建てる。もう住む人のない家も、もう渡る人のない橋も、港も、畑も――全てを元の通りに作り直した。

 機械たちに内蔵されたシステムには、寸分の狂いもないのだろう。クリスマスが近付けば、こうして街を飾りクリスマスキャロルを流す。おかげで私は、あの輝かしき文明と自分の役目をいまだに忘れられずにいる。


「……落ち込んでいても始まらない。さあ、行こう」

 私はソリの手綱を握った。赤い鼻のトナカイが、憂いを帯びた目で私を見る。彼にも感謝している。私のわがままに、文句も言わずに付き合ってくれているのだから。それとも、彼も私と同じ願いをいだいているのだろうか?



 今夜はクリスマスイブ。私はかつてサンタクロースと呼ばれる存在だった。科学が進歩するにつれて、私は人類に存在を否定され、虚構フィクションの中でしか生きられなくなった。それでも私は、人類が好きだった。科学的でありながら空想的でもあり、進歩的でありながら破滅的でもあった愛すべき生き物たち。

 私は今夜も彼らを探す。たった一人でもいい。どこかに生きていてくれたなら、私は私の持つ全ての宝を渡してしまっても構わない。


 また会いたい……誰でもいい。私がプレゼントを渡すべき存在――人類に、もう一度会いたい。


「メリークリスマス」

 滅んだ街に声をかけ、私は夜空へと飛び立つ。雪に白く染められたニューヨークは、文明の白骨のようだった。

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