第15話 転生先が温泉だったのだから仕方ない

「なに、そのループ! 聞いたことないんだけど!」

 先程まで纏っていた深い負のオーラを脱ぎ去ったアナは、興奮気味に叫んだ。驚き二百パーセント、という感じだ。女子三人はログハウスを出て、移動手段がある場所――トリヤドへ向かっていた。エルムが住む集落、クリスマタタ村は森に囲まれている。森を越えないと、トリヤドへは行けないらしい。

「エルムも初耳だにゃ! きっとこの世界の誰も知らない事実にゃ!」

 一方、驚くよりも楽しさが勝ったらしいエルムは猫耳をびんびんに立てて浮き浮きとしている。

「そうなの? 確かに、わたしも初耳だったけど。毛利さんが生き返るまで、生き返った人なんていなかったし。まあ、普通は有り得ないことだし、知球では初めてだったかもしれないわ」

 ちなみに、今の音花はすっぱだかでもパジャマでもなくバニーガールでもなく、ちゃんとした服を着ている。ブラウンのキャミソールの上に白いブラウスを着て、紺色のロングスカートを穿いている。この服は、アナが綾瀬と旅をした時に買ったものということだった。バニーじゃなくても良い地域にまで移動したら、サプライズとして渡そうと思っていたらしい。

「本当に?」

 音花の話を聞いて、アナは懐疑的な声を出した。

「でも、『生き返り』という概念は知球に存在していたんだよね? だったら、生き返った人もいたんじゃないの?」

「うーん、それは……」

 問われ、どう話そうかと音花は悩む。頭の中がごちゃっとした感覚がある。存在していなくても存在し、認識しているものは沢山ある。

「……『輪廻転生』っていう言葉は昔からあるけど、皆の願望だったり想像だったりで出来たものだから、やっぱり、実際はいないと思うわ」

「だったら……」

 エルムが首を傾げる。そして、傾げて戻さないまま、疑問を口にした。

「いつからこのループは起こってるにゃ?」


                §§§§§§§§


 ――音花が死んだ。

 渡の手からスマートフォンが滑り落ち、床と衝突して音を立てる。天下が抗議の声を上げるように口を動かしたが、何と言っているかは聞こえない。耳が音を遮断している。

「ちょっと! ちょっとってば!」

 ピュレが呼び掛けてくる声が聞こえる。至近距離だからか、大音量だからかこちらは聞こえた。しかし、そこに意識を向ける余裕はない。

「………………」

 五里倉は何が起きているのか理解出来ていないのか、腕組みをして「んー?」と唸っている。一方、フレディは黙ったまま落ちたスマートフォンを見詰めていた。

「しっかりしなさいよ!」

「……!」

 小さな手に頬を張られ、渡は我に返った。何度か瞬きをしてから、眉を吊り上げているピュレにぼうっとした目を向ける。

「……元魔王にしては普通のビンタだな」

「具現化能力を使わなかったら、あたしはただの小娘よ。腕力は大したことないわ。そんなことより!」

 ピュレはスマートフォンをびしっと指差す。

「あんた、あたしに嘘ついたでしょ! 記憶喪失じゃなくて……」

「転生、してきたんですね。魔王様は」

 彼女が全てを言い切る前に、フレディが口を挟んだ。極めて真面目な顔で渡を見ている。

「ああ……。飲み込みが早いな」

 普段ならもっと驚くのだろうが、そんなことはどうでもいいという気持ちが大きく、言葉はどこかおざなりになる。

「飲み込みも何も、先程その機械の中の女性が言っていたじゃありませんか」

 画面に映るなごみに目を遣り、フレディは冷静に指摘した。続けて、硬い口調で続ける。

「その機械に映っているのが録画であり、これまでに見せられていたやりとりが芝居でなければ、ですがね」

「有り得ねえだろ。こんな機械は見たことねえし、町並も変だ。車だって、実物は誰も具現化出来てねえじゃねえか。そりゃ、魔王様は何でも具現化出来るかもしれねえが……ん? だったら、芝居も可能なのか?」

 話している間に頭が混乱してきたのか、五里倉は「ん?」「ん?」を連発している。

「あーーーーーもう! ごちゃごちゃうるさいわね! これが映像かどうかはこの子とおっさんに話しかけてみれば判るでしょ!」

 ピュレはスマートフォンをひっ掴み、画面と真っ直ぐに相対した。

「えーっと……なごみ? だっけ? 隣のおっさんに代わってくれる?」

「おっさん? ちょっと待ってね~」

 にこやかに笑っているなごみの顔がぱっと消え、天下が渋い面構えを見せてくる。

「俺はおっさんじゃないんだが……で、君は渡君のお嫁さんか何かなのかな?」

 意趣返しなのか、にやついた笑みを浮かべている天下の隣で、見切れたなごみの頬がぴくりと動く。

「なっ……! ち、違うわよ! これは、こいつが妄想して……!」

 ツインテールを跳ねさせて、ピュレは勢い良く渡を指差す。その瞬間、渡の意識は完全に覚醒した。

「へ、変なこと言うな! お前が責任取ってくれとか言うからだろ!」

「へー、責任ねえ、責任。へー……」

「そ、そんなことはどうでもいいのよ!」

 逆上した様子を見せながらも、ピュレは速やかに話題を戻した。

「あんたさっき、オトカって子は戻れるかもしれないって言ってたわよね! 生き返れるとか何とか!」

「な……何だって!?」

 渡は驚いて身を乗り出す。ピュレから取り上げたスマートフォンに噛み付くようにして天下を問い詰める。

「どういうことだ!?」

「だから、説明しただろう。彼女は致命傷ではあった。だが、弾を取り除いて傷を塞げば、こちらに戻ってくることは可能だ」

 やれやれというように溜息を吐いて、刑事は言った。

「そっちに……戻る……?」

「奏音花は、異世界に転生しているんだろう? だったら、そこで『死ねば』、こちらに戻れる。つまり、生き返れる」

 天下は淡々と話すが、渡はその言葉を咀嚼出来ない。理解が追い付かなかった。

「……音花が、転生してる……?」

 その可能性に、今まで全く思い至らなかった。何故だろうか。本来なら、真っ先に思いつくべきことだった筈だ。

「…………!」

 脳を電気が貫いた感じがした。手の平の上のスマートフォンを握り直し、音花の番号を呼び出して通話ボタンを押す。

 しかし、数秒と掛からず行った操作の結果として耳に届いたのは、無機質な女性の声だった。

『お客様のお掛けになった番号は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていない為、掛かりません。お客様のお掛けになった――』

「あいつ、電源切ってやがる……!」

 この時点で、渡は音花が転生しているという確信を抱いていた。


                §§§§§§§§


「通話は切れてしまったようだな」

 血生臭いアスファルトの上で、天下はなごみにスマートフォンを返却した。リダイヤルする気は無いらしい。

「鮫島刑事、音花ちゃんも転生してるって……」

「遺体の近くをどれだけ探しても、彼女のスマートフォンは見当たらなかった。転生していると考えるのが妥当だろうな。それに……」

 天下は事件現場となった駅全体を見回す。

「それに?」

「……いや、あの『容疑者』も恐らく……」

 鮫島天下と名乗った男の目が、こちらを向く。身体中に赤黒い穴を開け、しかし、意識を持って座っているオレの方を。

(そうさ、オレは……)

 喉の奥から、血が零れ出てくる。それすらを美味に感じながら、オレは笑った。

『速報です。京東の甘谷区交差点で大量無差別テロが発生しました。容疑者の集団は、揃って裸の状態であり――』

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