第4話 コロシアム

「コロシアム……!?」

 丸い広場を、階段状の客席が囲っている。客は誰もが立ち上がり、興奮して腕を突き上げて叫んでいた。耳やら尻尾やら牙やら毛やらが生えていて、人外の見目をした者ばかりだ。魔物、と言うのだろうか。一応二足で立っているから魔人、か。

 広場の中央にはネコミミと尻尾をつけた――否、恐らく生やした――超絶イケメンと直立したゴリラがいた。ゴリラは服を着ていなかったがゴリラだから良いだろう。

 渡が入ったことに気が付いた彼等二人と観客が、一斉にこちらを見る。とんでもない数の視線に晒され、渡は内心で思い切り悲鳴を上げた。キャラを大事にするタイプなので実際に声は出さない。

「何だそいつは」

 ゴリラが喋った。コロシアムで戦おうとしていたのか戦っていたのか知らないがとにかく選手なのだろうから不思議はないが、異様に殺気立っている。

「緊急逮捕された収監者だ。対戦相手がいないからお前ら三人でやればいいんじゃねえかと思ってな」

 ゴブリン(青腰布)が言って渡の背中を手のひらで押す。たたらを踏みながら、彼はコロシアムに足を踏み入れた。観客のボルテージが上がっていく。

(おいおいおいおい対戦者って、まさかここで戦闘……俺、レベル1だぞ!?)

 誰に告げられたわけでもないが、決めた。今、決めた。俺はレベル1だ。多分合ってるだろうし。

「オレは三人でもいいですよ。ちょっと手間が増えるだけです」

 超絶イケメンが言い、くすっと笑った。すっぱだかだから笑われたのではなく、実力をナメられたのだと渡は分かった。

 今更に説明すると、ネコミミと尻尾をつけた超絶イケメンは、多少黒みがかったピンク髪をボブカットにし、左頬に「竜」に似た刺青を彫っている。印象としては優男で、今の口調は嫌味男だった。

「オラもいいぜ。どうせ生き残るのはオラだけだからな!」

 ゴリラが言う。ゴリラで一人称がオラだと国民的アニメの主人公を思い出す。実はこのゴリラ、人間形態があるんじゃなかろうか。

 まあ今はそんなことはどうでもいい。

 目下の問題はゴリラの発言にあった「どうせ生き残るのは」という部分だ。この言葉から、ここで行われているのはただの格闘大会ではなく殺し合いだと推測される。

(じょ、冗談じゃねえ。せっかく転生したってのに……!)

 いくら慌てようが、この流れはもう止まらない。

(どうする……!)

 渡は、真っ白の頭をフル回転させた。

 だが、何も思いつかなかった。

 だからと言って、ゴリラとネコミミ超絶イケメンは待ってはくれない。ゴリラは石の塊で作ったハンマーを振りかぶり、ネコミミ超絶イケメンはバスタードソードをこちらに向けてきた。

「バスタードソードは主人公の獲物じゃないのかよ……!」

「は?」

「何だって?」

 ネコミミ超絶イケメン主人公補正とゴリラは怪訝な顔をした。今がチャンスだ。何でもいいから時間を稼ぐのだ。

「俺は渡辺渡! お、お前達の名前を教えてくれ!」

「は?」

「ここでか?」

「お前達もいつまでもネコミミ超絶イケメンやらゴリラやらと呼ばれたくないだろ!」

「呼ばれてないですが……オレはフレディです」

「オラはゴリクラだ。漢字の五に里に倉でゴリクラ」

「……何かかっこいいな」

 とりあえず、二人の意識を戦闘から自分に移すことは出来たようだ。渡は咳払いをする。

「あーーーーーーー、実はな、俺は記憶喪失なんだ。なぜこんな格好で捕まってるのかも解らない」

 まさか自分が異世界転生のテンプレート、「記憶喪失」を使う日が来ようとは思わなかった。

 観客は沸くが、フレディと五里倉は無反応だった。

「それがどうかしましたか?」

「だから何だよ」

「へ?」

 記憶喪失攻撃が通じないだと……!!

 渡はまた頭をフル回転させる。二回目の正直で(そんな言葉は無い)、何か起死回生のアイデアが出るかもしれない。

 そうだ、まず状況をまとめよう。

 これまでに見聞きしたことから考えると、この二人は犯罪者でほぼ確定だろう。殺し合いをしようという所だから、処刑の代わりだ。

 今は、渡もついでに戦わせて生き残りを一人だけ決めようというところだろう。

「ここで生き残ったらどうなるんだ? 冥土の土産に教えてくれ」

「無罪放免ですよ」

「何!?」

「自由になれます。その為にはまず一番弱そうな貴方を……殺ります」

 フレディは猫のように身軽に跳躍し、バスタードソードを振りかぶった。

 避ける暇は無い。

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