第2話 ゴブリンに引きずられ(前編)

 目覚めた時、渡は薄茶色の世界にいた。固めた土で作られたレンガが積み重なった建物の中で、彼は自分が異世界に来たことをすぐに悟った。

 毛利綾瀬の告白を信じる信じないではない。

 そんなことに悩む必要など無かったのだ。

 異世界に来れば明々白々。

 渡はすっぱだかだった。

「……………………」

 僥倖だったのは、周囲に誰も居なかったということだろうか。ここは狭い部屋だった。正しく表現するなら、牢だった。三方は壁で、一方だけ天井から床まである鉄の棒が等間隔で嵌っている。扉もいかにも重そうな鉄だった。転生早々捕まっている状況というのは愉快ではないが、人が居たら、何はともあれ逃げるしかないし状況分析どころではない。

「……………………」

 頭の中は真っ白なまま、まず、彼は頭を触った。頭に何かふわふわとした長いものが生え――ていることはなかった。髪の毛があるだけだ。

「……良かった……」

 バニーに転生は嫌だった。男がハイレグである必要はないということだったが、ウエイターっぽいスーツも気恥ずかしい。否、服装の問題ではない。

 バニーが嫌なのだ。バニーは見るものであり成るものではない。

 ほっと息を吐くと、緊張感が抜けていく。裸のせいか、家に居るような感覚になって胡坐をかく。念の為に言っておくが、彼は家では服を着ている。つまり気分の問題だ。傍らに置いてあるスマホをいじってみる。幸いなことに、スマホは壊れていなかった。これならイベント中のソシャゲも出来る。……って、今はソシャゲどころではない。

「ん……?」

 リラックスすると、額に重みがあることに気が付いた。首を動かさずに視線だけを上げると、何かがくっついているのがちらちらと見える。触ってみると、それは、どう考えても角としか思えなかった。

「……………………」

 もう一度触る。

 角だ。鹿の角とかではない。円錐形の角だ。鬼のような……鬼……

「あああああああああああ!! 鬼とか退治されちまうじゃねーか!!!」

「何だ!」

「何があった!?」

 バタバタと複数の足音が聞こえてくる。

(どうりで牢に入ってるわけだ……!)

 衝撃を受けつつ愕然としつつ更に納得していると、二人の警備員らしき謎の生き物が駆けつけてきた。少なくとも弐本にはいない彼等は、渡の知識に照らし合わせるとゴブリンにしか見えない。背が低く、肌は緑色で、猫背でありハゲである。筋肉は少なく、腹だけが膨れ、他は骨と皮だけに近かった。腰に布をつけただけの服装だ。

「ゴブリン……」

 二人のゴブリンは、牢の前に立つと首を傾げて顔を見合わせた。

「おい、こいつ誰だ?」

「さあ……」

 そのやり取りを前に、渡は怪訝な表情をせずにはいられなかった。局部がまる見えになっていることも忘れてしまう。

(どういうことだ? 俺は猥褻物陳列罪で逮捕されたんじゃないのか?)

 忘れていても自分が裸である自覚はある。人間心理の矛盾というやつか。

(あ、猥褻物陳列罪なんて法律、こっちの世界にはないか。知らんけど)

 一応、渡は訊いておくことにした。

「なあ、俺は公衆の面前で裸だったから捕まったんじゃないのか?」

「あぁん? 知るかよ、捕まえたの俺達じゃねえし」

 ゴブリン(紫腰布)が言った。口調はチンピラだが若干引いている。変態男が、と思ってそうだ。

「そうか。ついでに確認すると、ここでは公衆の面前で裸なのは罪なのか?」

「罪じゃねえよ。ぶらさげたきゃぶらさげとけ」

 罪じゃないらしい。だが、ゴブリン(青腰布)の目は明らかに「この変質者が」と言っていた。

「ちょ、おい、ちょっと待てお前等! 腰布一枚のお前等にそんな顔されたくねえ!」

「「うるせえ! 腰布一枚の差はでけえんだよ!」」

「……………………」

 そう言われてしまったら二の句が継げない。

 ゴブリン達は小声で何事かを話している。その間に、渡は異世界に来る前のことを思い出していた。

(俺……殺されたんだよな……)

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