第10話 追いかけてしまった
声の主はよく言えば恰幅のいい、悪くいえばみっともないくらい腹の出た男だった。その隣にいるのは奥方だろうか?綺麗だけれど、あまり上品な印象は持てない。
このセレモニーには大陸5ヶ国の王と新入生の父兄のみが参加を許されている。後ろで顔を真っ青にして2人を止めようとしている女の子がいるけど、この夫婦はその子の親なのだろう。
私は男のはち切れそうなカフスボタンに目をやった。
(あの家紋は……帝国のハイジョーカー男爵家の紋章ね。マナーを分かってないの?)
普通自分より歳若い小娘であろうが、身分が上ものに下のものが馴れ馴れしく話しかけるのはご法度である。
しかしたまにいるのだ、元属国だから帝国の男爵家より身分が低いと思っているバカが。周りも心無しかバカを見る目で彼ら夫婦を見ているが、気づいていないようだ。
無視してもよかったが、それはそれでしつこく話しかけてくる予感がしたので、返事をすることにした。
「貴方は……その家紋から見るにハイジョーカー男爵家の御当主のようですね、何か?」
「いやぁ、アンジェリナ嬢に用というわけではなくてですな……殿下はどちらに? 出来れば我が娘のダンスと相手をして頂きたく……」
その返答に思わず頬が引きつったのは仕方が無いと思う。
「娘さん、というのは御二方の後ろにいるお嬢さんですか?」
「そうなんですのよ! さぁ、レイニーこっちに!」
奥方に無理やり引っ張りだされたその子は、ピンクベージュの髪に綺麗な空色の瞳をしていた。
(レイニーって、【雨】ってこと? ピンクの髪によくある身分低め設定……そうか、この子)
ヒロインか。
確かにそんじょそこらの令嬢より可愛らしいが、常識皆無の両親のせいで血の気が失せるくらい白くなって震えてる、まるで凶悪な狼の前に引きずり出されたうさちゃんだ。哀れな。
「とても、お可愛らしい方ですね。しかし……」
「うちのレイニーは可愛いでしょう! あの妖精姫ティターニアさえ娘を前にしてはきっと逃げ出すでしょうな!」
殿下は今ここにはいないんです、と言おうとしたところを遮られ、娘自慢を聞かされてしまった。
しかし、娘自慢だけならまだしも、その名を出すのはいけない。少なくとも、私の前では言うべきじゃなかった。
聞いていただけの周りの人達すら顔を青くし、ヒロインちゃん(仮)に至っては今にも倒れそうだ。
知らぬ存ぜぬは本人たちだけ。
……ここに両親とおばぁ様がいなくて良かった。
「先程から聞いておりましたが、どこまで我が主、ひいては大公家を侮辱すれば気が済むのでしょうか?」
今まで私の様子を伺って黙っていたシューティーが私の前に庇うように立ち、口を開いた。
失念、もう1人今の発言聞いちゃ行けない人がいたんだった。
「馴れ馴れしく話しかけ、話をさえぎり、挙句に妹君を侮辱されたお嬢様の屈辱はいかばかりか」
「い、妹? なんの事やら、私はただ……」
「たった今ティターニアお嬢様の名を出したでしょう、お忘れですか?」
誰かを褒める時、女神や妖精の名を喩えに出すのはよくある事。男爵もそのつもりで妖精姫ティターニアの名前を出したのだろう。
しかし、昨今の貴族の間でその名は、私の可愛い妹のターニャ……ティターニア・ローズアリアのことを指す。つまり周囲やこちらからすれば、大公令嬢に対し、実の妹を貶すような真似をしたと捉えられてもおかしくない。
知らないとはいえせめて天使とか女神とか曖昧な揶揄にしておけば良かったのに……自分の失態にようやく気づき顔を青くしているけど、もはやかばいようがない。庇うつもりもさらさらなかったけど。
「申し訳ございません、アンジェリナ様!」
カタカタと揺れる、ピンクベージュ。
「知らぬ事だったとはいえ、父がとんだ失礼を……娘である私が止めるべきでした、本当に、なんて、おわびをすればいいか……」
涙ぐんだ声、震えながら、こちらが恐縮してしまうほど低い姿勢でカーテシーをする少女。
(あなたが悪い訳では無いでしょうに……)
戦争を引き起こしかねないヒロインだから、どんなゆるふわ女なのかと思ってたのに、この子は考えてたより、いい子なのでは?
頭を上げて、そう言おうとした時だった。
「何かあったのか?」
「ユージーン……」
陛下から解放されたらしいユージーンが、現れた。
「っ!」
「あっ!」
瞬間、ヒロインちゃん(仮)が走り去る。私は……
「お嬢様!?」
「おい、アンジェ!」
彼女を追いかけ、走っていた。
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