黎明へ至る青

星月光

プロローグ

 先ほどまで地上を赤く照らしていた太陽はすでに西へ傾き、空には夜の闇が満ち始めていた。


 星のひとつも見えない暗い空の下を、銀髪を振り乱して青年が駆けて行く。

 呼吸は乱れ、瞳が焦燥に歪む。激しい長距離走行に音をあげたブーツの底が半分以上めくれかかっている。青年はブーツを乱暴に脱ぎ捨て、また走り出す。


 長い疾走の果てに辿り着いた村は凄惨を極めていた。

 家屋は崩れ落ち、草木や畑は焼かれ、原型をとどめぬほど黒くただれた肉塊があちこちに転がっている。肉の焼ける臭気が立ち込め、流れた血が至るところに赤い水たまりを作っている。

 細いうめき声が、炎の燃えさかる音に呑まれて消える。村中で火柱が空を焦がさんばかりに立ちのぼり、昼間と見まごうほどに明るく染まった上空に高く舞う火の粉が金色にきらめいた。


 立ちすくんだ青年が視線をさまよわせた先に、黒焦げの死体が積み重ねられている。

 そのうちのひとつに埋め込まれたくすんだ緑色の瞳と、視線がかち合う。


「…………………………ア………………レ…………」


 最期の力を振り絞って発せられたその声は途切れてかすれ、だというのにすべての音を遠ざけ青年の耳へはっきりと届いた。


「ど、………………どう……して…………」


 青年はたじろぎ、後ずさる。土にまみれた青年の裸足を、血だまりが赤く汚す。

 ぬかるんだその感触のおぞましさに青年は膝をつき、そのまま地面へしがみつくように這いつくばった。


――どうして、こんなことに……!


 肺が悲鳴をあげ、呼吸ができなくなる。心臓が新鮮な空気を欲して激しく波打つ。

 青年が視線をあげると、目の前に炎の壁が立ちはだかっているのが見えた。背中へ迫るすさまじい熱気が、背後にも燃えさかる炎が立ちのぼっていることを如実に伝えてくる。


――おれも……死ぬのか、ここで…………。


 まとわりつく煙でひどく痛む目の縁から、熱い涙が雨粒のように零れ落ちる。

 薄れゆく意識の狭間、ごうごうと燃える炎の向こう側で、ゆらめく赤い影を見た気がした。



――そのとき、青年の左手の甲がまばゆい光を放ち、黒い煙を割き天へ至った。

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