第76話睡蓮の庭


 歌劇の公演は、陽が落ちてからだ。ランカスター王国でも夜の公演だったが、ナジュム王国では夜の方が季候が良いので、こういったエンターテイメント系の営業は夜に行われることが多い。


 私はナジュム王国のドレスを着てシャールーズにエスコートしてもらう。シャールーズの着ている服もシックだけれど、よく見ると袖口の刺繍が繊細な模様になっている。


 王様って、公務を除いてあまり外出しないイメージがあるんだけれど。


「今日の演目は、定番の人気作だ」


「シャールーズは見たことがあるの?」


「話の筋だけは知っている。有名な物語を歌劇にしたのだ」


 公演は専用の劇場で行われている。大勢の人が出入りしている入り口では無くて、裏の方にある専用の出入り口から中に入った。すぐに貴賓用の控え室に到着した。 ここで、開演までくつろいで待つのだ。

 控え室といっても、質素ではなくてとても豪華。


「そういえば、さっきのキラキラだけど、あれはなんで出てくるの?」


「魔法をかけられそうになると、はじく性質を持った魔法石を持っているとああなる。誰かに魔法をかけられそうになっているというのが分かって警戒もしやすいだろう」


「私、いままで見たこと無かったわ。ここでの生活もそれなりにしていると思うのに」


 私の言葉に、シャールーズがくすくす笑った。


「俺は、ジュリアに魔法をかけられたとしても抵抗はしないからな」


「しないの?」


「魅了魔法だったらかけられたいぐらいだ」


 魅了魔法は、魔法を少しでも使える人であれば誰でも使えるものだ。魔法が強力であれば驚異になるが、一般的には、そこまで自在に使えない難しい魔法だ。

 誰だって、人には自分が魅力的に見えて欲しいと思うものだ。仕事であれば、上司に「仕事の出来る奴だ」と思ってもらえるような服装や、身なりにするだろうし、異性に好かれたいのであれば、異性に好かれるような服装、身なりに気を遣う。

 魅力的に見えるようになりたい、というのは人間らしい感情で、誰でも魅了魔法は使えるが強力になり得ないから難しい魔法と言える。


「アリエル・ホールドンは、魔法の才能はあるだろう。強力な魅了魔法が使える。害になりそうだったから王宮出入り禁止にしたが、有用に使えば人助けにも為るだろう」


「人助け?」


「ああ。たとえば高度な医術を修め、重病の人の治療時に安心させるために魅了魔法を使う。患者は安心して治療に専念し、結果として早期治癒も望めるだろう」


 魅了魔法というと、私は犯罪に利用するのでは?と考えがちだが、シャールーズは、良いことに使おうと考える。

 こういう所が、好きなのだ。


「シャールーズのそういう所、素敵だと思う」


「惚れ直したか」


 シャールーズが私の表情を見て得意げに笑うので、私もつられて笑った。



 貴賓室を通って、観覧席に向かう。二階建てぐらいの位置の席でステージのど真ん中の席だ。オペラ座のミッテルロジェ席だ。客席には、人がたくさん座っていて、満員御礼状態だった。

 シャールーズと並んで座る。


 客席側が暗くなり、幕が上がる。演目の筋は、貴族の娘と平民の男性の身分違いの恋物語だ。アラジンの原型みたいな話で、知恵で平民の男性が成り上がり、貴族の娘に結婚を申し込む。

 貴族の娘と平民の男性が、心を通わせたシーンはとてもロマンチックだ。たくさんの睡蓮が浮かぶ庭園で二人が見つめ会う。

 水というのはこの国では大変貴重なので、睡蓮というのは豊かさと夢のような場所という象徴なのだろう。 二人がゆっくり顔を近づけてキスをするシーンで音楽も一段と華やかな曲が流れる。


 うっとりと見ていると、シャールーズに肩を組まれ引き寄せられた。驚いて振り返るとすぐに唇をあわせさせられる。

 歌劇のシーンにあわせて、キスすることになるとは思わなかった。


 たぶん、この席、すごい人目につきやすい。



「噂があっという間に広がるだろうな。王と熱烈に口づけをしていたのは、どこの貴族の娘だ、と」


 唇を離して、シャールーズが面白そうに言った。


 まさか、噂を流すためにこういうことをしたんじゃ。



●○●○


 シャールーズの予想は当たり、次の日、ナジュム王国の貴族達がこぞってシャールーズに謁見に来た。中には、自分の娘をと差しだそうとする者がいたが、そういう人は、シャールーズが追い出していた。だいたいは、好意的な祝辞を伝えに来た人々だった。

 どうやら、シャールーズは顔と権力は魅力的だが、嫁に出すには不安な相手らしい。


 不思議に思ったので、ニルーファルに尋ねたところ大笑いして教えてくれた。

 シャールーズが神の子であることは、国民全員が知っていて、神様に娘を差し出すのは生け贄と変わらないと娘の親たちは思うのだそうだ。

 生け贄の定番の末路といえば、若くして死ぬことですものね……。

 なので、あの顔と権力がありながらシャールーズはモテない人生まっしぐらだったのだそうだ。


「あの人、まともに友人なんかいないのよ。みんな恐れ多いし、天罰下りそうだからって親しくなりたがらなかった」


「ニルーファル先生は、仲が良さそうですよね?」


「同じ学校の級友だったし、旦那が陛下の希少な友人なのよ」


 シャールーズのお友達か。どういう人なんだろう。

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