第62話ハマムをシャールーズと


 共鳴石を何に使うかということなのだけれど、変わった特性があるみたい。ちょっと離れた距離でもお互いに共鳴するようなのだ。不思議。

 特性がわかっただけで、良いアイディアは浮かばない。それもこれも、昨夜、あんなに情熱的にキスをしたのにシャールーズが何も態度が変わらないのだ。私なんて、思い出しては顔から火が出るほど恥ずかしいのに、今朝、食堂ですれ違った時にシャールーズは涼しい顔をしていた。

 ちょっとは、慌てるとか、顔を赤くするとか、甘えてくるとか、色々あると思うのに、まったく変わらなかった。あまりの変化のなさに、昨夜の外出は私の妄想なんじゃ無いか、て思うほどだ。


 妄想では無いはず!だって、アンナは私の服の着替えを手伝ってくれたことを覚えていてくれたし。


「何をそんなに忙しく顔色を変えている?」


 マフシード宮の私の工房で、共鳴石について書かれた記録を読み解いていると、シャールーズが部屋の入り口でにやにや笑いながら立っていた。


「な……なななっなんでもない」


「そうか?だいぶ行き詰まっているようだが」


 シャールーズは私の机の上の紙の束を見て言った。確かに、あまり作業は進んでいない。ニルーファルに助言を求めたら、共鳴石は一人で使う物では無く複数で使うことができるアイテムが作れるのでは無いか、と言われた。

 共鳴するという特性を考えれば、一人で持つよりも複数人で同じ物を持って、共鳴したことを同時に知ることができる。

 ……ん?あれ?こんなアイテム、昔、どこかで……?


「アイディアが雲を掴んでいるようで、手から逃げてしまってる感じがするの」


「ニルーファルは何て?」


「複数人で使うアイテムじゃないか、って」


「ああ……なるほど。面白い実験をしてやろう。ハマムへ行く支度をして来い」


 ハマムとは、ナジュム王国で多く利用されている公衆浴場だ。サウナで蒸されて、係の人に体を擦ってもらい流した後、オイルでマッサージをしてもらう。社交場でもあるので、休憩場もあったりする。

 私は話しに聞いただけで、行ったことは無い。


 シャールーズの無茶ぶりは今に始まったことではないので、私は自分の部屋に戻りアンナに頼んでハマムへ行く支度をしてもらう。

 可愛らしい藤の蔓で編んだ籠に、サブン・ベルディと呼ばれる焦げ茶色をした石けんと、ガスールというマグネシウムが含まれた乾いた粘土を容器に入れる。黒いざらざらした繊維で編まれたカッサというミトンも忘れずにいれる。


 マフシード宮の自分の工房に戻ったときには、すでにシャールーズが待ち構えていて、同じようにハマムへ行く支度をしていた。


「王宮内にあるハマムに行く」


「それって、王様専用なのでは?」


「一般に開放しているが、料金設定を高くしているため、王侯貴族ぐらいしか利用しない」


 ハマムは社交場として利用することが多いみたいで、会議で煮詰まったらハマムで気分転換して、また会議、みたいなこともやっているらしい。

 昨日と同じようにまた、指を絡ませるように手を繋いで王宮内を歩く。ハマムは、ボルール宮と呼ばれる建物にあり、ボルール宮にはハマムしかないのだそうだ。


 公衆浴場というと質素な造りかと想像していたが、そんなことは無かった。真っ白な壁に、床は大理石で、天井は高く明かり取りの窓が幾つも空いている。調度品はどれも品質の高い物が使われている。豪華な造りだ。

 受付ロビーでさえ、こんなに豪華なのだから、中はもっと豪華なのだろう。男女別の分かれ道まで来て、シャールーズは私に、共鳴石をひとつ渡した。


「ハマムからでて、休憩所まできたらこの石を叩け。俺がもう一つ持っている」


 そういってシャールーズは自分の分の共鳴石を見せた。私は頷いて女性用のハマムへ向かった。


 蒸し風呂も、入り口と同じように白い壁と大理石でできていて、天井に明かり取りの窓が開いていてとても明るい。

 部屋が三つに仕切られていて、高温の蒸し風呂、中温、低温の蒸し風呂となっている。休憩所もあって、そこには大理石のベッドがあった。

 私は脱衣所で服を脱いで、ペシテマルで体を覆い蒸し風呂の中に入る。女性客は誰も居ない。

 王侯貴族しか来ないって言っていたから、女性客はあまりいないのだろう。シャールーズの両親は、王都から離れた離宮で生活していると言っていたし、ほかの王族の皆さんも、あまり王宮では暮らさずそれぞれの領地で暮らしているんだそうだ。


 まずは低温の蒸し風呂。座るところも大理石でできている。ランカスター王国にはこんな豪華な温浴施設はないので、新鮮だ。湿度も高いので、じわっと汗がにじみ出てくる。

 体が温まったところで、中温程度の部屋、続いて高温の部屋とだいたい10分ぐらいかけて移動する。温まったところで、大理石のベッドのある休憩所に移動して、係の人にカッサで垢すりをしてもらう。

 充分蒸されている体に、心地よい強さで体を擦られると全身ぴかぴかになっていく気がする。


 シャールーズと私で、共鳴石を持っているということは、ハマムで待ち合わせをしたときに、お互いがどこに居るのかある程度把握することが出来るのだ。今回は、ハマムから出て休憩所と言っていたので、男女共有で使える場所まで来たとき、共鳴石を振動させる。確かに、相手がどこに居るか分かって良いけれど、こちらが、指定された場所にいない場合、伝える手段が無い。

 この使い方は、たぶん、イマイチだったんだろうな。

 垢すりが終わって、綺麗にお湯で流してもらった後、サブン・ベルディを泡立てて、全身を洗ってもらう。泡に包まれているだけで、気持ちいい。再び全身お湯で流してもらって、またもう一周、蒸し風呂を巡る。また、大理石のベッドに横になって、今度はガスールでのパックと、香りのするオイルで全身マッサージしてもらう。

 パックを綺麗に洗い流して、蒸し風呂は終了。着替えてから、シャールーズが待つ共用の休憩所に向かう。

 この休憩所、ちょっと変わっていて床に直径二メートルほどの穴がいくつも空いていて、そこにラグやらクッションやらが置いてある。一段低くなっているのが、落ち着くのかも知れない。


 共鳴石を叩くと、すぐに同じように石が震えた。シャールーズも休憩所に来ているみたいだ。不思議なもので、なぜかシャールーズの居る方角がわかる。

 石の震えが強くなっていく方向に向かって歩くと、くぼみの一つにシャールーズが、クッションに寄りかかってくつろいでいた。

 盆の上には、紅茶やシェルベティと呼ばれる蜂蜜が入った冷水やカットフルーツ、ロクムが並んでいる。


「こちらに来い」


 半分寝そべるような状態のシャールーズは、空いている床をぽんぽん手で叩いている。私は、指定された場所に腰を下ろして運ばれてきたシェルベティを一口飲んだ。熱かった体に、ほんのり甘い水が体に染み渡って美味しい。


 飲み終わったタイミングを見計らって、シャールーズが私の腕を引っ張る。引っ張られる力に逆らわずそのままシャールーズの腕の中に、私は倒れ込んだ。

 いつもより薄着のシャールーズに抱きかかえられ、そっとラグの上に寝かされる。

 シャールーズは私を見下ろしながら、瞳が獲物を見つけた肉食獣のように煌めいた。

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