第2話 帰国前夜


「はあ、やっと終わったあ」


 仕事も順調に終わり、明日は帰国だ。


 実は今回、先に別件で来ていた岡本という後輩がいる。

彼は、年に何回も技術指導に来ており、中国に関しては私よりもかなりのベテランだ。

 岡本は妻子がいるが、なんと中国にも彼女がいると聞き本当に驚いた。

安西も彼女がいるらしい。先日、彼の隣に座っていた子だ。

他の駐在員も、半分ぐらいはそれらしい人がいるとの話であった。中には、結婚した者もいる。


(おいおい、どうなってんだ、こっちの奴等は。本当に仕事してんのか?)


(俺もこっちで結婚相手でも見つけようか・・・)

 

「おい、岡本。今日、お前の彼女のところに飲みに行こうよ」

 

「あ、いいですよ。同伴する予定なんで、飯食った後で合流しましょう」

 

「合流しなくても、彼女も一緒に飯食おうよ」

 

「じゃあ、彼女に電話してみます」

 

「・・・なんか、会ったことも無い人と一緒に食べるのは恥ずかしいから嫌みたいです」


「あっ、そう・・・」


結局、岡本と二人で晩飯を食べ、彼女のいるクラブへ向かった。


「ん?ここってこの前来たクラブか?」


「そうですよ。行きましょう」


 クラブに入るなり、一人の小姐が来て岡本と一緒にボックス席へ向かった。私も後ろを付いていき座席に座った。

チーママかママらしき小姐が来て、指名を聞かれた。

 

(別に指名は無いが、選ぶのも面倒だし、先日の彼女にするか・・・)


あれだけ言わされれば名前は憶えている。(でも、通じるのか?)と思いながら彼女の名前を言った。


「シュウリン」


「わかりました」


(お、通じた)


———しばらくすると彼女がニコニコしながら現れた。


「シュウリン、俺のこと憶えてるか?」


「おぼえてるよー」


「本当かー? じゃあ、俺の名前言ってみてよ」


「トウジョウさん」


(お、合ってる。結構頭良いのかな?)


 岡本の彼女は23歳。どこかあどけなさが残っている。私のタイプではないが小柄でなかなかかわいい。岡本は妻子がありながらこんな子とエッチしているのかと思うとちょっと、いや、かなり羨ましい。

 4人で飲み始めたが、岡本と彼女は直ぐに二人の世界へ入ってしまった。


「あなた、結婚してるの?」


シュウリンが聞いてきた。


「してないよ」


「なぜ結婚しないの?女の人嫌い?仕事ばかりしてた?」


「いや、女性は好きだよ」


「女性好きな人、KTV行くよ」


「KTVって?」


「お持ち帰り出来るとこ」


「そうなんだ、ここはお持ち帰りできないの?」

 

「出来ない。お店終わたあと、コーヒー飲む、マッサージ行くはある。でも、それでバイバイする」


(ほんとかよー。前に座ってる奴、岡本とデキてるじゃん)

 

「えー、ほんとかー?」

 

「ほんと。でも、お客さん毎日来る。そして二人好き好きになる。そうなたらそれはお持ち帰りじゃない」


(じゃ、君は・・・)


と聞きそうになったが、野暮なことは聞くのは止めた。彼氏がいるかどうかとか聞いても、いないと答えるだろう。これは日本でも同じだ。


 彼女は相変わらず、「かっこいいねー、やさしいねー」を連発している。

 4人で結構楽しく飲んでいたが、明日は朝5時起きで空港まで行かなければいけない。上海の渋滞はひどいので、それを見越してかなり余裕を見ての出発だ。


「シュウリン、明日、日本に帰る。明日の朝早いからもう帰るよ」


「もう来ないの?」


「うーん、次は1ヵ月後かな」


「うん、わかた。来たときに電話して」


(うまいねー)


(そういえば、名刺どこにやったっけ?)


「名刺無くしたかもしれない。もう一回頂戴」


「うん、持てくる」


そう言って彼女は、席を立った。

しばらくして、


「———はい、これ」


「名刺一杯いるね」


「ううん、そんなにいらないよ」


「でも、お客さんに毎日渡してれば結構いるんじゃない?」


「名刺、誰にでも渡さないよ。良いと思た人だけ」


(どういう意味だろう。俺は良い人と思われてるのだろうか?それともカモなのか?それとも得意の営業トークか?)


(ま、どっちでもいいけどね)


「じゃ、岡本、お前らはゆっくりしていけ」


そう言って岡本に800元(日本円で1万円ほど)を渡して店を出た。


 ———そう言えば、一人でタクシーに乗るのは初めてだな。


(上手く通じるだろうか・・・)


そう思っていると、彼女が追いかけてきた。

私が中国語を話せないからタクシーに行き先を伝えてくれるらしい。

週末ということもあり、既に客が乗っているタクシーばかりでなかなかつかまらない。


 その時、彼女が私の手をそっと握ってきた。(指を絡めるいわゆる恋人つなぎというやつだ)

一瞬、(え?)と思いながらそっと握り返した。タクシーがつかまるまでの、ほんの数秒間の出来事だった。


 彼女は中国語でなにやら運転手と話している。寮の場所を説明してくれているのだろう。


「運転手に寮の場所言ってあるから大丈夫。じゃあ、1ヵ月後ね」


彼女は笑顔で言った。


「ありがとう。再見」


私は覚えたばかりの中国語を交えそう言うと、タクシーに乗り込んだ。


———タクシーの中でさっきの出来事を思い返す。


(なぜ、手を握ってきたんだろう? 惚れてるのか? まさかね)


とはいえ、ドキッとしたことは確かだ。こんなことは何年ぶりだろう。

 若い頃は、どちらかというと女性にモテた方だったと思うが、年をとってからはこんなことは無かった。中国に来て気持ちが高ぶっているのだろうか。それとも、駐在員たちに皆彼女がいて、あわよくば自分もというスケベ心があるのか・・・。

 そんなことを思っているうちにタクシーが止まった。10元を支払いタクシーから降りた。


(え、ここどこ?)


明らかに見覚えの無いところだ。


(おいおい、場所をきちんと説明してくれたんじゃないのかよ、ったく)


(どうしよう、中国語なんか話せないし・・・)


しかし、そんなことを言っている余裕はない。

帰ろうとしているタクシーの前に立ちはだかり、運転手に手のジェスチャーで×の格好をする。


「ここ、違う!」(日本語で言っても解らないか)


運転手が


「あー?」


と聞く。


何度も×のジェスチャーをする。

運転手が中国語でゆっくりと寮の場所の地名を聞いてくる。

聞いた名前だ。確かそんな名前だった。頷きながら〇のジェスチャーをすると、向こうもジャスチャーで乗れといってきた。


(ふー、あぶねー)


と思いながら、もう一度タクシーに乗り込んだ。

変な汗が噴き出しているのがわかった。


(今度に違うところに連れて行かれたら岡本に電話しよう)


———数分後、見覚えのある場所に無事到着し安堵した。すぐ近くの別の住宅街と勘違いしたんだろう。タクシーを降りて近くのコンビニに寄り、明日の朝御飯のパンとミネラルウォーターを数本買った。


部屋に入り彼女との会話を思い返しながら床についた。


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