六月二二日

※「空気の日記」は、oblaat(オブラート)による詩人の輪番制web日記。2020年4月1日から2021年3月31日までの1年間の企画で、現在もウェブマガジン「SPINNER」に掲載されています。




インターネット諸行無常。

このアカウントはベン図や数直線や二次関数や、真っ白の床の上でたっぷりペンキを含んだ刷毛で、描くことができます。おめでとう、十一年前の今日、あなたはこのアカウントを開設しました。あなたのアカウントの中心からはキノコの傘が広がっている。わたしの菌糸はあなたのキノコをめざしている。雨がやむと傘がひらき、胞子がポコッと飛びだして、ほかのキノコの上におちる。枯れるキノコ。消えるキノコ。一度消えてよみがえるキノコ。眠るキノコ。ひとりで立っているキノコはさびしい。森でキノコをみつけた時、とてもたのしい気持ちになるのは、キノコがキノコというくせに樹ではなく、虫でもなく、ねずみでも、ねこでも、いぬでもなくて、小さな家や洞窟に似ているからです。キノコは故郷に似ている。たしかに昔は、湿ってしっかりした、いい匂いのする木に菌糸をのばして、ちゃんと立っていたはずなのに、いつのまにか摘みとられて、赤ずきんのカゴに入っている。狼に食べられた赤ずきんのカゴは家の床に落ちて転がり、七人の小人のひとりに拾われ、白雪姫はおばあさんがくれた毒林檎をカゴに入れてひとくちかじり、ガラスの棺に入ってしまう。眠る美女は誰にもリプライを返さずに、ワーカホリックの王子様が起こしにくるまでそのままでいます。たくさんのキノコがポコポコと暗い森の底に菌糸をのばし、田舎道で点滅する信号機のように光っています。わたしの菌糸。あなたの菌糸。最近、あなたの胞子が降ってこないのですが、お元気ですか。あなたがどこの誰なのかわたしはまったく知らないから、たずねるのも憚られるけれど、あなたの言葉の胞子をときどき摂取できると、わたしはほっとするのですが。雨がやむ。胞子の傘がひらく。森に太陽がのぼり、しずみます。今日は二〇二〇年六月二二日。夏至はもう過ぎました。



東京・つつじが丘




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