追い詰められて
シンデレラ役を辞退する気はない。親衛隊の三人に向かって、ハッキリとそう告げたけど。秋乃さんは何を思ったのか、フンと鼻で笑ってくる。
「はあ? 何偉そうなこと言ってるのよ。アンタ、さっきの練習ではすっ転んでいたじゃない。アレって、台本には無かったよね? そんな体たらくで、よくそんなこと言えるねえ」
秋乃さんが、言ってきたのは、練習中にやらかしてしまった失態。
ううっ、それを言われると辛い。と言うかこの人達、あの時部室の中にいなかったはずなのに、どうしてそれを知っているんだろう? その上台本の中身まで。
また窓から覗いていたのだろうか? それともどこかに、隠しカメラでも仕掛けてあったとか?
突拍子もない考えだけど、この人達ならあり得ない話じゃないのが恐ろしい。何せ人をこんな所に連れてきて、脅しをかけるような連中なのだから。
そして、秋乃さん達はさらに不満を言い続ける。
「それにアンタ、前にアタシ達のことを騙したわよね。女心を弄ぶなんて最低なことをしたでしょう!」
「は? いったい何の話ですか? 僕はそんな覚えありませんけど」
「惚けるんじゃないわよ! 去年の文化祭で、あろうことか大路さんの従兄弟だなんて言って、親衛隊全員を謀ったでしょが!」
……ああ、それですか。
たしかあの時、大路さんと仲良くしている僕を見た親衛隊が、殺意を向けてきたんだっけ。あれは殺されちゃうかと本気で思ったよ。
しかもこの様子だとどうやら、あの時の嘘はバレてしまっているようだ。大路さんの従兄弟だって信じてくれていたなら、こんなことはしないだろう。
まあ、彼女達が騙されたのは事実なんだし、これは怒る気持ちも全く分からないではないかも。ただ……ただね。
「あの、一つだけ良いでしょうか?」
「何よ?」
「確かにあの時、大路さんの従兄弟という設定にしました。だけど、あれを始めたのは僕ではなく大路さんなんですけど……」
愛しの大路さんが始めたこととなれば、もしかしたら彼女達も文句を言えないかもしれない。そんな一抹の期待を込めて意見をしてみたのだけど……。
「はあ!? アンタ、大路さんに嘘をつかせたってこと!?」
「ああ、可哀想な大路さん。嘘なんてつかされて、きっと身を引き裂かれるくらい、辛かったことでしょう」
「大路さんをそんなに苦しめるなんて……許さない。シンデレラ役をおろすなんて生ぬるい。す巻きにして川に放り込んでやろうか!」
ダメだった。
むしろ火に油……いや、ガソリンを掛けてしまったみたいに、烈火のごとく怒る彼女達。どうやらもう、何を言っても無駄みたいだ。
「と、とにかく。僕は辞める気なんてありませんから。それじゃあ、皆が待っていますので、帰らせていただきます」
これ以上ここにいるのは良くない。僕は尚もギャーギャーわめく彼女達を無視して歩き出す。
まったく、親切で手伝いをしたはずなのに、どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないのだろう。
だけどこの三人も考えが足りないよ。大方閉じ込めて脅かすつもりだったんだろうけど、いくら僕でも女の子に脅されて引き下がるなんて情けないマネはしない。
悠然とした態度で、彼女達の脇をすり抜けて行く。だけどその時、秋乃さんの手が僕の腕を掴んだ。
「ちょっと、まだ話は終わってないわよ!」
「―—ッ! 放してください!」
掴んできたその手を、僕は力任せに振り払おうとする――が!
「————えっ?」
次の瞬間、僕の体は宙に舞って、きれいな円を描いていた。
投げられたと分かったのは、背中に衝撃が来てから。地面に叩きつけられて、仰向けになった後だった。
「痛てて……」
「まったく、暴力なんて最低ね。これだから男は」
「僕は手を振りほどこうとしただけで、先に手を上げてきたのはそっちだと思うんですけど。それよりも今、何をしたんですか?」
まさか秋乃さんが投げ飛ばしたの? いや、でもこの人、僕よりも背が低いし、とても強そうには見えない。だけどそんな僕の感想を打ち消すように、両サイドにいた二人がにやにやと笑ってくる。
「あんまり舐めない方がいいよ。秋乃って一見ひ弱そうだけど、実は柔道と合気道の猛者だから、その辺の男子じゃ相手にならないよ」
柔道と合気道? 意外だ、とてもそんな強そうには見えないのに。けど、重要なのはそこじゃない。
三人は仰向けに倒れる僕を見下ろしながら、ニタニタと悪い笑みを浮かべてくる。
「君、弱そうだからねえ。これ以上痛い目見ないうちに、もう大路さんに近づきませんって約束しちゃいなよ」
「私、暴力は嫌いだけど、アンタがいたら大路さんに迷惑がかかるから。大路さんを守るためなら、この手を汚すのも止む無しって思ってるわ」
暴力は嫌いって、どの口が言うんですか? もう秋乃さんには、さっき見せていたような清楚なイメージは微塵もなかった。どうやら見事に、猫を被っていたみたいだ。
あんなに演技が上手いなら、演劇部に入っちゃえばいいのにと、こんな状況なのについ暢気な事を考えてしまう。
だけど、立ち上がりながら考える。この状況はかなりマズい。
情けない話だけど、秋乃さんは僕よりも強いし、相手は三人。全員女の子だけど、女子なら軽くあしらえるなんて、甘い考えは持っていない。
前に聖子ちゃんから頭を殴られて、気絶させられたことがあったし、春にあった乙木とグリ女の合同体育祭では、女子による騎馬戦が流血騒動に発展したりもした。
女子だからといって男子より弱いとも、大人しいとも限らないのだ。
それに、ね。さっき秋乃さんは、暴力も止む無しなんて言っていたけど、僕としては暴力は振るいたくないんだよね。
だって腹は立っているけど、それでも女の子相手に手を上げるなんて、やっぱり抵抗があるもの。
勝てるかどうか以前にケンカなんてしたくないんだ。
この期に及んでそんな風に躊躇してしまうのは、僕が情けないやつだからだろうか?
「さあ、どうするの? 言う事を聞くの? それとも、痛い目を見たいの?」
「そんなジャイアンみたいな選択を迫られても困ります」
「誰がジャイアンよ! もう許さない……」
僕は少しずつ後退して行ったけど、すぐに背中に固い何かがぶつかって。ふり返るとそこにあったのは、積み上げられていた椅子や机だった。
もう逃げ場はないけど、どうする?
「逃げても無駄よ。観念しなさい」
じりじりを迫ってくる秋乃さん。だけどその時、ふと閃いた。
僕の後退を阻んだ椅子や机。アレを一つ引き抜いて振り回せば、彼女達は怯むじゃないだろうか? その隙に、逃げられないかな?
椅子を振り回したりしたら危ないけど、ケガをさせるつもりはない。あくまで威かすだけだ。
けどもしも失敗したら、それこそもう許してはくれないだろう……。
本番までもうあまり時間がない今、ケガをして出れなくなるような事態は避けたかった。
彼女達にとっては願ったり叶ったりの展開だろうけど。僕がいなくても代わりはきくけれど、今まで練習して頑張ってきた初舞台、こんな馬鹿らしい理由で台無しになんて、させるわけ無いはいかない。
だけど、どうせこのままでは無事じゃすまないだろう。だったら……。
「……先に手を出してきたのは、そっちですからね」
「はあ? アンタいったい何を言って……」
秋乃さんが言い終わらないうちに、僕は背後に積み上げられていた椅子に手を伸ばす。
もっとマシな武器でもあればよかったんだけど、そんな物都合よく置いてなんかいないし。行き当たりばったりな作戦だけど、どうせもう考えている時間もないんだ。後はなるようになれ!
半ばヤケになりかけながら、椅子の足をぎゅっと握る。だけどその瞬間……。
「ショタ君、この中にいるのか!」
不意に、教室のドアがドンドンと叩かれて、聞き覚えのあるハスキーボイスが僕の……僕らの耳に届いた。
途端に、さっきまで余裕を見せていた秋乃さん達の表情が凍り付く。
それもそのはず。きっと声の主は、今の彼女達にとって、もっとも来てほしくない人のはずだから。
だけど僕は逆に、それが天の助けみたいに思えてくる。
「大路さん、ここです! 中に閉じ込められています!」
僕は大きな声で、ドアの向こうにいるその人の名前を叫んだ。
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