第63話 体が熱いです
ガイラルを倒したあと、私、サミューちゃん、キャリエスちゃん、ピオちゃんの四人でひとまず、今後についての話をした。
そして、証拠を集めるために地下施設の家探しもした。
結果、決めたこと。
・サミューちゃんがニグル村で集めた資料が役に立ちそう
・地下施設にもガイラルの悪事の証拠があったので、それを使う
・信仰宗教集団【女神の雫】については、ひとまずガイラル領の教会を調査する
・他領についても、注意喚起、査察などをしていく
・ガイラル領は領主がいなくなってしまったが、荒れたり困窮したりすることがないようフォローしていく
これをキャリエスちゃんが対応してくれることになった。家族である、王や王太子などに報告、相談していくらしい。
すごく大変なことだと思うが、むしろ、キャリエスちゃんは決意のこもった目をしていた。
「わたくしには力がないと諦めていました。けれど、もうダメだと思ったとき、わたくしに残ったのは王族としての矜持でした。わたくしはそんな自分に恥じぬよう、民を守れるようにしたいのです」
胸を張って頷くキャリエスちゃんはとてもきらきらして見えた。
「きゃりえすちゃん、できる」
「レニっ……」
「きゃりえすちゃん、すごい」
「……もう! レニはいつも私を幸せにして……!!」
キャリエスちゃんはそう言うと、ぎゅうっと私を抱きしめた。
「レニがそう言ってくれる度に強くなれますわ。……わたくしの言葉なんて、笑われて当然なのに……。信じてくれて、ありがとう」
「うん」
「わ、わたくしは……」
「うん」
「わたくしは……!」
「……ん?」
あれ? キャリエスちゃんに自信が出てきたと思ったのに、また前みたいに戸惑ってる?
不思議に思って、キャリエスちゃんを見る。
すると、その顔は真っ赤で、必死に私を見ていた。
「わたくしは……っ、れ、レニがっ……」
「れにが?」
「だ、だ、……だだ……」
「だだ?」
「だっ……大好き、っ! です!!」
キャリエスちゃんは意気込んでそれを言うと、さらに私をぎゅうぎゅうと抱きしめた。
正直ちょっと痛いぐらい。
でも、その力がキャリエスちゃんの想いの強さなんだって思うから、受け止めるように、そっと背中に手を回した。
「ん。れにも、きゃりえすちゃん、すき」
そして、そっと耳元に伝える。
すると、さっきまで力いっぱい私を抱きしめていたキャリエスちゃんの腕から、ふっと力が抜けた。
そのまま、へなへな……と座り込んでしまって……。
「だいじょうぶ?」
「……だいじょうぶではありませんわ」
「どこか、いたい?」
「……痛くはありませんわ。でも、腰から力が抜けましたの……」
「そっか」
しゃがみこんでしまったキャリエスちゃん。そんなキャリエスちゃんに合わせて、私も屈む。
そして、その背中と膝の裏に手を入れた。
【猫の手グローブ】をつけているので、力が強い。なので、腰が抜けたというキャリエスちゃんを姫様抱っこしたのだが……。
「レニは……っレニは……っ!!!」
キャリエスちゃんはもはや涙目。
すると、隣で見ていたピオちゃんがくくっと笑った。
「すまない、レニ君。殿下にはまだ刺激が強かったようだ」
「しげき?」
よくわからず首を傾げる。
すると、キャリエスちゃんが「もう!!」と叫んだ。
「ピオ、静かにして!」
「はい。かしこまりました」
キャリエスちゃんの命令にも、ピオちゃんはどこか楽しそうだ。
そして、私へと視線を移した。
「レニ君も疲れているだろう? 殿下をこちらへ」
「うん」
ピオちゃんがキャリエスちゃんを抱き上げる。私より背が高いから、ピオちゃんが抱っこしていると視界が高くていいだろうしね。
「それにしても、レニ君がエルフだったとは。レニ君はいろんな面を持っているんだね」
ピオちゃんが改めて、感心したように呟いた。
封印は解け、私の耳は尖ったまま。【猫の手グローブ】をつけているから、猫耳でエルフ耳という不思議な状態だ。
すると、サミューちゃんが心配そうに私の前に跪いた。
「レニ様、それについてなのですが、今、体に変調はありませんか?」
「へんちょう?」
「はい、魔法陣の力でレニ様の姿は変わってしまいました。これまでとはまったく違う感覚があるはずです。レニ様から常に巨大な魔力を感じます」
「うん。これがまりょくなんだね」
エルフは人間と違い、魔力が循環している。これを利用することで、身体能力を上げたり、魔法を使ったりする種族だ。
これまでの私は魔力を封印されていたけど、私は魔力が循環する体になった。
「レニ様、私はいつかはレニ様が魔力を取り戻すだろうと思っていました。……けれど、早すぎます。もっと体が成長してから、そう思っていたのです」
「さみゅーちゃん、おおきくなればできるっていってくれた」
サミューちゃんと出会ったとき、サミューちゃんは魔力がない私に対して、いつかは【魔力操作】ができると伝えてくれた。そのためにアイテムに頼らず、体を鍛えて行こう、と。
だから私は【隠者のローブ】や【察知の鈴】以外の身体能力を上げるようなアイテムはつけないことが多かったのだ。
「レニ様。私には今のレニ様の魔力がその体には大きすぎるように感じるのです。レニ様が今、普通にしていることが、私には奇跡に思えます」
サミューちゃんは今にも泣きだしてしまいそうで……。
「そういえば……。先ほど、レニの体がすごく熱く感じましたわ!」
キャリエスちゃんが心配そうに私を見る。
「レニ君……。また、なにか我慢しているのか?」
ピオちゃんのきりっとした眉根。それが今は苦しそうに顰められていた。
ピオちゃんは私が眠いときに、眠らずにいたことを知っている。だから、『また』と言ったのだろう。
私は三人の心配そうな表情を見て……。
観念して白状した。
「……じつは、からだがあつい、かも」
……かも。かもだよ? ちょっとだけね?
「レニ様っ!」
「レニ!」
「レニ君っ!!」
私の告白に三人は血相を変えた。
「諸々のことは私が行います。レニを休ませなくては……!」
「殿下もお休みください。宿の手配と領城への説明、待機している殿下の護衛をすぐにここへ呼び寄せます」
「私は一人で大丈夫です。お願いね、ピオ」
「はっ」
ピオちゃんはキャリエスちゃんを下ろすと、すぐに走って去っていった。
「レニ様、失礼します」
サミューちゃんはそう言うと、私をぎゅっと抱き上げた。
フードしなきゃ。ああ……でも……。
「あつい……」
今まではなかった体をめぐるもの。湧き出てくる力が体にあふれている。
体の不調を告白し、抱き上げられたことで、張っていた気が緩んだ。その途端に体がまた熱くなった気がした。
「やはり、これは……っ」
サミューちゃんの焦った声。
「魔力暴走ですっ!!」
サミューちゃんの言葉をどこか遠くに聞きながら、その意味を考えてみる。
『魔力暴走』。それはエルフが時折、患うと言っていた。
一番、身近な経験者は母だろう。魔力に蝕まれ、消えるはずだった命。それを父とサミューちゃんが見つけた宝玉が救った。
母は人間となることを選び、魔力は封印された。そして、宝玉は私へと受け継がれ、私も魔力を封印され、見た目は人間と同じものになっていたのだ。
しかし、魔法陣の力で封印が解け、エルフの見た目になった私は魔力を取り戻したのだろう。が、その力は幼い私には大きすぎた。
持て余した魔力が体を蝕む。なるほど、たしかに『魔力暴走』だ。
「どうすればいいんですの? レニがすごくつらそうです」
キャリエスちゃんの不安そうな声がする。
サミューちゃんはそれに少し考えてから答えた。
「……まずはエルフの森へ」
――行く先は、母とサミューちゃんの生まれ故郷。
「エルフの森には魔力暴走を少しであれば抑え、延命する術があります。レニ様の場合はこれまで封印されていた魔力が突然解放され、幼い体に負担が大きすぎたのだと思います。……体が成長すれば、あるいは、きちんと対応すれば、魔力暴走を制御できると」
「わかりましたわ。エルフの森へ行くために必要なものはわたくしが用意します。遠慮なく伝えてください」
「はい、お願いします」
キャリエスちゃんとサミューちゃんが話をしていく。どうやら、私の体をなんとかするために、まずはエルフの森へ行くようだ。
でも……。
「さみゅーちゃん、……りわんだーも」
【彷徨える王都 リワンダー】。この力で浄化し、魔物たちを助けたい。そこに行かなくては。
なのに……
「ねむい……」
やりたいことはある。でも、目が閉じていく。
「レニ。レニはまず自分の体のことを大切にしなければいけませんわ。領都のことは任せてください。連れ去られたこどもたちも、わたくしがかならず家族のもとへと返します。リワンダーは体が治ったあとでもいいのではありませんか?」
「うん……」
「レニ様、エルフの森は、とても大きな木が生え、そこに家を建てています。レニ様にぜひご覧になっていただきたいです」
「……うん」
ゲームでも、エルフはツリーハウスに住んでいた。
見上げても先がわからない巨大な木々の森は、すごく美しいだろう。
「みたい……」
そう呟けば、サミューちゃんがきゅっと私を抱きしめた。
「レニ様、ローブ以外のアイテムは取ったほうがいいかもしれません。体に負担が増している可能性があります」
「わかった……」
サミューちゃんに言われて、アイテムを取る。
キャリエスちゃんが息を呑んだ声が聞こえたけど、目が開かなくて……。
「ゆっくりお休みください」
サミューちゃんの優しい声。
私は完全に目を閉じ、体の熱さをすこしでもコントロールできるよう、ゆっくりと息を吐いた。
体の熱さに負けている場合じゃない。
たくさん旅をして、いろんなものを見て、いろんなものを知って……。まだまだやりたいことがある。そのために!
――エルフの森で魔力暴走を食い止めます!
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