第53話 レニは天才2

 レニと別れ、レオリガ市を立ったキャリエスは馬車の中にいた。

 乗り合っているのは三人の侍女。常に行動をともにしているものだ。


「キャリエス様、こちらできあがりました!」


 馬車に乗って、落ち着いたころ。

 侍女がそう言って、キャリエスの前に宝石箱を出した。

 キャリエスはそれを受け取ると、そっと蓋を開ける。

 そして、入っていたものを身に着けて――


「ど、どうかしら?」

「とってもお似合いです!」

「素敵です、殿下!」

「これが殿下とレニ様の友情の証ですね……!」


 ――宝石箱の中身はブレスレットに加工された【察知の鈴】。

 キャリエスが危険だから、とレニが渡したものだ。

 レニは腰元にストラップでつけていたが、キャリエスは王女なので同じようにすることは難しい。

 そこで、常に身に着けられるように加工をすることにしたのだ。

 レオリガ市の長であるトーマスに貴金属の店を紹介してもらい、そこで急いで作った。

 キャリエスは王女なので、本来はもっと高価な店と付き合っている。

 が、キャリエスには、このブレスレットがもっとも素敵なアクセサリーに思えた。

 思わず、笑みがこぼれてしまう。


「ああ……殿下がこんなにも幸せそう……」

「よかった、よかったです……っ」

「必ず、またお会いしましょうね!」


 三人の侍女もうれしそうな主人を見て、声が弾んだ。

 レニとは別れてしまったが、また会う約束もしている。

 領都で落ち着けば、またレニに会うこともできるだろう。


「レニは……すごいのですわ。天才です。……それに、その、すぐに私をうれしくしてくれますの」


 キャリエスが恥ずかしそうにはにかむ。

 三人の侍女はそれに「そうですね」と頷いた。


「殿下、こちらはどうしますか?」


 三人の侍女が示したのは出発時にレニからもらったもの。

 キャリエスは王女であり、身なりにも気を付ける必要がある。渡された袋のまま持ち歩くことはできない。


「こちらの回復薬と護符は私たちがお持ちします。こちらはどうされますか?」

「それは持っていたいのです」


 キャリエスが示したのは【閃光石】と【花火石】。二つ持っても、てのひらに収まるぐらいの大きさであり、これならばポケットに入れても目立つことはない。

 本当であれば、ポケットにものを詰め込むことは淑女としてはふさわしくない。

 けれど、キャリエスは自分で持つことを選んだ。


「……この人形も、できるだけ持っていたいと思いますわ。公式な行事では無理かもしれませんが」


 胸に抱えていた【身代わり人形】をぎゅっと抱きしめた。

 幼い子供が持つにはデザインが少し奇抜だ。これを持ち歩いていれば、口さがない貴族たちに、またなにか噂をされる可能性がある。

 が、キャリエスはその人形を手放すつもりはなかった。


「なにか言われてもかまいません。レニが……くれたものだから」


 自分を指差し嘲笑する人と、自分を心配し笑顔を向けてくれる人。

 キャリエスが大切にしたいのは、圧倒的に後者だった。


「はいっ! もし、なにか言ってくる人間がいたら、私たちが許しませんから!」

「そうです!」

「回復薬と護符もすぐに取り出せるようにしておきますので、声をかけてください」


 三人の侍女がキャリエスの選択を応援する。

 そうして、何回かの休憩を挟みながら、馬車は進んでいく。

 ともに立ったガイラル伯爵はかなり先行しており、休憩中も会うことはなかった。

 馬車は次の街を目指して行き、気づけばあたりは夕闇に染まり、夜になった。

 次は休憩ではなく、宿泊地へ着くはずである。

 護衛を増やしたキャリエス一行に憂いはなく、今日の旅程も終わり。キャリエスがほっと息をついたとき、それは起こった。


 ――チリンチリン


 鈴の音だ。


「っ……!! みな、変わりはありませんかっ!?」

「殿下、どうされました?」

「とくになにもありませんが……」

「鈴が、鈴が鳴っているのですわっ!」


 初めて聞こえた鈴の音。

 それは【察知の鈴】をつけているキャリエス以外には聞こえていない。

 ただ、キャリエスの様子と、レニの言っていたことを聞いていた三人の侍女はすぐに動いた。


「すぐにピオ様に知らせますっ!」


 馬車を止めるように馭者に伝え、馬で並走していたピオに警戒を強めるように伝える。

 ほどなくして、馬車が止まり、周りを警備するものたちが取り囲んでいるのがわかった。

 そして、コンコンッと馬車の窓がノックされる。

 侍女がカーテンを開けると、そこにはピオがいた。

 伝達用の小窓が開かれる。


「殿下、お伝えいただきありがとうございました。……馬車からは出ないようにお願いいたします」

「ピオ、一体どうなっているの?」

「……殿下のおかげで、奇襲は防ぐことができました。こちらも体勢を整える時間がありました。が……数が多すぎます」

「数……?」

「お茶会で現れたあの魔物です」

「あの鎧の……?」

「殿下、馬車から出ないようお願いします」


 ピオはそれだけ言うと、一礼をし、馬車から離れていった。

 そして、開かれたカーテンの向こう。馬車の窓から見えたのは――


「これは……」


 ――夜の闇に紛れる大量の【蠢く鎧リビングメイル】。


 数は20を越えているだろう。


「殿下っ、こちらへ」


 侍女が素早くカーテンを引き、その光景を視界から外す。

 そして、キャリエスが一番安全になるように席を入れ替えた。

 しばらくは、激しい剣戟が聞こえていた。たくさんの警備の者の声も。

 が、それも聞こえなくなる。

 耳に入ってくるのはギギッという金属の擦れる音に代わり――


「っ!?」

「これは……!?」

「殿下ッ!!」


 キャリエスと三人の侍女の体に突然、浮遊感が現れた。

 馬車持ち上げられたのだ。

 そして、そのまま地面へと叩きつけられた。



「ああっ!」

「きゃっ……!」

「あっ!」


 三人の侍女はすぐさまキャリエスを庇うように、全員で抱き込んだ。


「みな……っ?」


 壊れた馬車。

 どうにか意識を保ったキャリエスが見た光景は――


「そんな……」


 侍女たちは全員、気を失っている。

 そして、馬車の外には警備の者が地面に伏していた。

 立っているのは【蠢く鎧リビングメイル】だけ。

 キャリエスの目には絶望が映っていた。


「……なぜ、来ないの?」


 そんな絶望の中、不思議なことがあった。

 【蠢く鎧リビングメイル】が馬車には入ってこないのだ。

 近くまでは寄ってくる。が、なぜか目の前で立ち止まり、方向転換をして元の場所へと帰っていく。

 何体もの【蠢く鎧リビングメイル】が同じように行動していた。


「もしかして……」


 気を失っている侍女へと視線を移す。

 侍女が持っていたはずの【回避の護符(特)】は、力をなくした手から落ち、ちょうど馬車の木の破片に隠れるように落ちていた。

 これが護符を使うのに必要な行動、「埋める」という判定になったのだろう。


「……レニ」


 ――守ってくれている。


 離れていても、たしかにレニがキャリエスを守ってくれている。

 絶望の中で、折れそうなキャリエスの心を支えてくれている。


「王女殿下、どこですか?」


 そのとき、よく知った声が響いた。


「迎えに来た者の前に姿を現さないのは、王女殿下らしくないですね」

「……ガイラルっ」


 大量の【蠢く鎧リビングメイル】の中、一人立っている人間。

 ガリム・ガイラル。ガイラル領の領主であり、伯爵位を賜っている。


「出てこないのであれば仕方ありません。……これが見えますか?」


 ガイラルはキャリエスが隠れているだけで、近くにいると考えていた。

 そこで、考えたことは――


「王女殿下。大事な騎士がどうなってもいいのですか?」

「ピオ……」


 ――人質。


 ガイラルの周りにいる【蠢く鎧リビングメイル】の一体が、ピオの手首を掴み、無造作に持ち上げていた。

 きれいな赤い髪は土に汚れ、ほかもボロボロになっている。

 すでに気を失っているようだが、ほかのどの人間よりも重症に見えた。


「この騎士は神の使いを三人も行動不能にしました。罰が下ってもしかたがありません」


 ガイラルがそう言って、送った視線の先には【蠢く鎧リビングメイル】が三体、地面に縫い付けられていた。

 ピオは奮戦をして……けれど、多勢に無勢でどうしようもなかったのだ。


「どうしますか、王女殿下」


 ガイラルの言葉を受け、蠢く鎧が剣をピオに突きつける。


「ピオ……」


 ピオはキャリエスの騎士だ。ピオはここでキャリエスが飛び出すことを望まないだろう。

 レニが【回避の護符(特)】で守ってくれているのだ。

 ガイラルの話は聞かず、この場でじっとしているのが一番いい。


「……わたくしは、ここです」


 キャリエスは悩んで……。

 けれど、ピオを見捨てることはできなかった。

 壊れた馬車から回復薬だけを持ち、馬車から飛び出す。

 馬車から飛び出せば、もう護符の効果はない。

 すぐに、ガイラルの視線がキャリエスへと刺さる。

 ようやくキャリエスを見つけたガイラルは穏やかに笑った。


「王女殿下、そこにいらっしゃったのですね」

「ガイラル……。なぜ、このようなことを……」


 キャリエスはガイラルを信頼していた。

 幼いころから、なにかにつけて助けてくれていたのだ。

 地味な王女、噂だけの力のない王女。

 周りがそう言う中で、ガイラルは常に穏やかな顔で、キャリエスを支えてくれていた。

 今回、王太子の即位の儀式の際、迷惑にならないようにしたいと相談すれば、すぐに領地へ来るように誘った。


「なぜか。そうですね。その答えは決まっています」


 穏やかな顔でガイラルは告げる。


「あなたが神の子だからですよ」


 それ以外に理由はない、と。


「神の子があなたなのではないか、とずっと考えていました。だが確証がない。王女であるあなたを襲うのはリスクが高すぎます。ですので、あなたの懐に入ったあとは機会をうかがっていました。今回も領都まで来ていただいたあと、ゆっくりと過ごしていただこうと考えていたのですが……」


 灰色の目がギラッと光った。


「ついに確証を得た」


 そして、夢見るように告げる。


「市長の屋敷で見たあの光。魔物を浄化した力。あれこそが神の力に違いない。王女殿下の騎士が襲われそうになり、ようやくその力が目覚めたのですね」

「あれは……」


 私ではない。

 キャリエスはそう言おうとして……。けれど、口を閉じた。

 もし、ここでキャリエスではないと言えばどうなるか。

 ガイラルの様子から見て、はいわかりました、と信じてもらえることはないだろう。言うだけ無駄だ。

 さらに――


「今日も力が見れるかと思い、神の使いを大量に連れてきたのですが。今日は力が見れず残念です」


 ――もし、力の持ち主がキャリエスではなく、レニだと知られたら?


 実際に魔物を浄化した光が出現したことは間違いない。

 ガイラルがそれを目撃している以上、なにも起きなかったとは言えないのだ。

 今はレニだとは思っていないようだが、キャリエスの返答によっては、疑いがレニにかかってもおかしくはない。


「……ついていきます」

「ええ。懸命な判断。さすが王女殿下です」


 ガイラルに答えながら、キャリエスは胸に抱いていた回復薬の蓋を、そっと開けた。

 レニにもらった回復薬。「飲めば元気になる」と言っていた。

 しかし、それではガイラルに気づかれてしまう。

 ガイラルはピオの状態が回復することを許さないはずだ。

 そこで、キャリエスはレニがやっていたもう一つの方法を使うことにした。


「……お別れをしますわ」

「ええ、そうですね。この騎士は随分と忠実でしたから。あなたからの言葉を望んでいるでしょう」


 穏やかな口調。

 ピオをこんな状態にした人間の言葉とは思えない。

 キャリエスはぎゅっと唇を噛んで、回復薬をピオへと移動させる。

 傷だらけのピオの手を胸の前で組ませ、そこに回復薬を挟んだ。

 角度を調整すれば、蓋の開いた回復薬が少しずつこぼれ、ピオの服に染みていく。


「別れは済みましたか?」

「ええ」


 キャリエスはすぐに立ち上がった。

 レニは負傷した兵士に回復薬を思いっきりかけていたが、同じようにすれば、ガイラルに不審な動きを咎められるだろう。

 今はこれが精いっぱい。

 ピオの体が治るという確信はなかったが、なにもしないよりはいいとキャリエスは判断した。


 ――チリンチリン


 鈴の音が鳴る。

 レニがくれた大切なもの。左の手首につけた鈴。自分の身に迫る危険を教えてくれる音。


「では、どうぞ王女殿下」


 ガイラルが自分が乗っていた馬車を示す。

 キャリエスは右手を握り、前を向いた。


「ええ」


 できるだけ気丈に。こんな男に怯えるわけにはいかない。

 今、後ろを振り向けば、ピオに起こることに気づかれてしまうかもしれない。

 そうすれば、ピオはまた痛めつけられるだろう。


「私はあなたのよく考えることができるところは美点だと思いますよ」


 ガイラルの言葉にキャリエスの胸はざわざわと騒いだ。

 けれど、気にせず、そのまま馬車へと乗り込む。


 ――チリンチリン


 鈴の音は鳴り続いた。

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