第30話 守護者の契約をします

「いきます!」

「うん!」


 私の言葉と同時にサミューちゃんが窓から飛び出す。

 【魔力操作】により、強化されたサミューちゃんの体は重力に逆らい、地面に落ちることはない。頬に風を感じると、あっという間に遠くにあった隣の家の屋根まで届いた。


「はやいっ!」

「レニ様、怖くないですか?」

「こわくない! たのしい!!」


 浮遊感とスピード感が爽快で思わず、笑い声を立ててしまう。すると、サミューちゃんはうれしそうに微笑んで、また次の屋根へと飛んだ。

 次々と屋根を飛びながら進めば、だれにも気づかれることはない。

 きらきらの星明かりに照らされて、この世界にいるのはサミューちゃんと私だけ。そんな気分になってくる。

 ウキウキして……ワクワクして。

 サミューちゃんと二人なら、なんでもできるような気がして――


「……レニ様。今日、レニ様と一緒に行動をしてみてわかりました。レニ様の力は想像以上に強く、お一人でなんでもできるんだ、と……そう感じました」


 次の屋根へと飛び移りながら、サミューちゃんはゆっくりと話し始めた。


「私は……レニ様のお手伝いができれば、と思っています。けれど、今のままではレニ様の足手まといにならないでしょうか……。もしそうなのであれば、私は――」


 サミューちゃんはなにかを言おうとして……。でも、途中でやめた。不思議に思って見上げれば、サミューちゃんは苦しそうな顔をしていた。


「さみゅーちゃん」


 その顔を見ていられなくて、そっと手を伸ばす。


「れにね、つよいけど、ときどきしっぱいする」


 そうなのだ。私は強いけれど、失敗もする。いい考えだと思ったら、すぐに実行してしまうが、勢い余ってしまうことが多いんだよね……。失敗したって、もう一度挑戦すればいいし、結果的にうまくいけばいい。自分の全部が間違いだとは思わない。

 でも――


「さみゅーちゃん、たすけてくれる」


 さみゅーちゃんがいるとすごく心強い。

 一緒にいるとワクワクする。

 だから。


「しゅごしゃのけいやく」


 エルフ同士が行える儀式。エルフの絆を強めているもの。

 サミューちゃんの守護者は母で、二人の間では【精神感応テレパシー】を行える。

 女王である母と守護者の契約を交わしたサミューちゃんは、母から生まれたこどもの守護者になることが夢だったと教えてくれた。

 私がそのこどもなのだから、契約を交わすことはサミューちゃんの夢を叶えることになる。

 サミューちゃんの夢を叶えたい。

 そして、それだけじゃなく、私も……。


「さみゅーちゃんとしたい」


 こんなにかっこよくて強くて素敵な女の子が一緒に過ごしてくれるなら、それってきっと最高だ。

 でも、一つ問題があるんだよね。


「れに、みみがまるいから、できないかな?」


 そう。ステータスの種類は【エルフ】となっていたけれど、現実の私は見た目は人間だ。魔力を使えた試しもないから、封印されているのは間違いない。

 だから、守護者の契約ができないかもしれない。

 うーん、と首を捻ると、サミューちゃんはその場でぴたりと歩みを止めた。


「さみゅーちゃん?」

「あ、……れ、レニ様……本当に、よろしい……のですか……っ?」


 震える声。

 

「守護者の契約は一度しか行えません。一度、その者を選んでしまえば、二度と交換できるものではないのです」


 サミューちゃんは私をぎゅっと抱きしめた。


「私はすでにレニ様のものです。レニ様のために生まれ、レニ様のために生きていくのだと心に決めております。ですので、守護者を早急に決める必要はないのです。……もっと強く美しいエルフがいます。もちろん、私は負けるつもりはありませんが、レニ様にはもっと選択肢があってもいいのではないか、と」


 サミューちゃんはそう言うと唇をぎゅっと噛んだ。

 ……私はサミューちゃんのこういうところが好きだなって思う。

 目の前に叶えたい夢があって、それが今にも叶えられそうで。それなのに、すぐに飛びつかず、まずは私にしっかりと説明をしてくれる。幼い私に合わせて、話をしてくれ、私に選択する自由をくれる。

 ……またサミューちゃんを素敵だなって思った。

 だから、やっぱり私は――


「さみゅーちゃんがいい」


 伸ばしていた手をサミューちゃんの首に回す。

 ぐっと力を入れ、体を伸ばせば、小さい私でもサミューちゃんの耳元に届いた。


「さみゅーちゃんがいい」


 ちゃんと聞こえるように。

 もう一度、耳元でそう呟いた。

 するとサミューちゃんはぶるりと震えて――


「……わかりました。では場を整えなければ。こんなさびれた街にレニ様にふさわしい場所があるとは思えませんが、最高の場所を用意します」

「……さみゅーちゃん?」


 え? なんかいつもと雰囲気が違う……? ふわっとしててしっかり者の優しい女の子という感じだったのに、今はなんだがぎらっとしている。目が据わっている。え?


「どこもかしこもレニ様にふさわしくない……あ、時計台がありますね。丘の上に建ち、この辺りで一番高い建物ですから、あそこであればいいかもしれません。人間の作った粗末な建造物を探すより、広大な草原を眺め、星空を背にするべき。……そう。そこに立つレニ様はすばらしい」

「さみゅーちゃん……」

「レニ様、行きましょう」

「……うん」


 なんだろう。もう口を挟める感じではない。私を抱きしめる手はいつも通りに優しいけれど、雰囲気が違いすぎる。

 目が据わったサミューちゃんはそう言うと、屋根を蹴った。行き先は時計台。それは塔のようになっていて、一番上まで行くと、辺りが一望できた。


「……きれい」


 丘の上にあり、なおかつ背の高い時計台から見下ろす景色はとてもすばらしいものだった。

 街の家から漏れる明かりがきらきらとオレンジ色に輝く、むこうにある草原は星明かりに照らされ、葉が光る。


「下ろします」


 ほうと景色に見惚れていると、サミューちゃんが私を慎重に足場へと降ろした。そこは大きな時計の前で、時計の手入れができるように配置されているようだった。

 広さもあり安定感もあるので、とても高い場所だけど怖くない。


「レニ様」


 サミューちゃんの真摯な声。それに促されて、景色からサミューちゃんへと視線を移す。すると、ちょうど心地よい風が吹いて、被っていたフードが外れた。


「ここで守護者の契約をしてもよろしいですか?」

「うん。ここにしよう。……でも、もし、けいやくできなかったら……いみないかも……」

「いいえ。意味はあります。実際の契約の効力は問題ではないのです。……レニ様と私は守護者の契約を結んだ。それが事実です」

「……うん」


 サミューちゃんはそう言うと、その場で跪き、そっと私の右手を取った。

 そしてまっすぐな瞳で私を射抜く。鮮やかな碧色の瞳。


「私、サミュー・アルムはレニ・シュルム・グオーガの守護者として、契約します。この身をかけて、この命をかけて。必ず、この方を守り抜くと誓います」


 サミューちゃんはそう言うと、私の手をそっと持ち上げた。そして、そのまま、てのひらに唇を寄せて――


「さみゅーちゃん……っ」


 柔らかい感触。そして、そこから感じるサミューちゃんの決意。乞われるような感触に、私は思わず声を上げてしまった。


「申し訳ありません、レニ様。契約には相手の一部分に口づけをする必要があるのです」

「そうなんだ……、ごめん、びっくりした」

「どうでしょうか? なにか感じるものはありますか?」


 サミューちゃんにそう言われて、ふと、自分の右のてのひらが温かくなっていることに気づいた。

 そして、それがじわじわと全身に広がっていく。


「あったかいかも」

「よかった……」

「これ、れにもおかえししたほうがいいよね?」

「え!?」


 契約なんだから、お互いにやるべきだと思う。

 なので、私は片膝をついているサミューちゃんをそのままぎゅうと抱きしめた。その状態のサミューちゃんなら、私と顔の位置が近いから。


「れに・しゅるむ・ぐおーが。さみゅー・あるむをしゅごしゃにする。いっしょにたのしいことをいっぱいする」


 それだけ言うと、抱え込んでいたサミューちゃんの顔が見れるように、そっと身を離した。

 そして――


「だいすき」


 ちゅっと。

 鮮やかな碧色の瞳を守る、まぶたに口づけを落とす。

 目は二つあるので、一回じゃなくて、もう一回。

 そうして、ちゅっと唇を離して、ふふっと笑った。


「どう? さみゅーちゃんもあったかい?」


 これで温かければ、守護者の契約がうまくいった証なんだと思う。

 だから、ちゃんと訪ねたのに、サミューちゃんは動かなくなってしまって……。まずいっ。


「あ、無理、尊い、むり、さいしゅうへいき」


 そう言って、また、白目を剥いて――


「だめ! さみゅーちゃん! ここでたおれたら!」

「とうと……い……」

「さみゅーちゃん!」


 ――倒れたら、落ちちゃうから!!!

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