第43話 非通知電話 

 高級マンションで私は荷造りを始めた。

 と言ってもほぼ私の前のボロアパートから持ってきた荷物をまとめるだけ。

 箱テレビはここに着いてフリマアプリで売ってしまったけど。


 今日もライメ既読無しで電話も出ない…。

 こんなことならダメとか言わずにもっと好きなようにしてくれて良かったかも…。

 なんて悪女なの私!


 テレビでは連日のように報道がされている。

 ヒゲモジャの40代くらいの男が総帥だと知った。

 この人が上司だったのかな?なんか違和感。


 私はあの日レッドさんが去ってから念入りに自分の身体を調べたら二つくらい発信器が出てきた。

 一応壊して棄てておいたけど、怖くて何回もシャワー浴びてしまった。


 私はしばらく枝利香さんの家にお世話になることが決まった。

 そこからはバイトを探してまたボロアパートを探して食べてこうと思ったので。


 だけど電話だけは解約しなかった。

 だって…まだ返信もないし写真の印刷もできないし…

 そりゃ写真屋に行けば店員が普通に教えてくれるだろうけど…できなかった。

 栗生院くんに教えてもらいたかった。だってハイスペックだもの!私の彼氏は!


 す、捨てられてなんかないもん!

 涙がまたこぼれて床に落ちる。ああ、高級マンションも後少ししかいられない…。

 冷蔵庫にはいつも食料がいっぱいだったけどだんだんと減ってきている。


 彼からの荷物も届くことなく毎日が過ぎていく。

 バイトも何とか探して夕方からスーパーのレジ打ちバイトに採用された。


 休憩室でスマホを開くけどやはり何の通知もなかった。


「ちょっと!混んでるから誰かレジ手伝って!!」

 おばさんが叫び私は手伝いに向かった。


 毎日がゆるりと過ぎて行き、私はマンションを出る日が来て枝利香さんも手伝ってくれた。


「時奈…大丈夫か?」


「う、うん…大丈夫…行こう…」


「あのさ…一つ言っておくけどさ、栗生院なら絶対務所になんか入ってないと思うね…あのサイコが簡単に捕まるわけねぇだろ?」

 枝利香さんは慰めてくれる。

 鳴島さんも一緒に消えてしまって心配なはずなのに。


「うん…きっと大丈夫だよ…ね…」

 と私は枝利香さんと歩きだした。


 その時ブブッとスマホが揺れた。

 え?


 そこには非通知の文字。

 いたずら?

 迷惑電話?かけ間違い?詐欺?

 でも思ったんだ。これはきっときっと…


 震える指でボタンを押して電話に出た。

 最初は無言で…でも…


「吉城くん?」

 そう言うと…


「時奈さん…」

 と帰ってきて涙が一気に溢れた。

 枝利香さんはびっくりして見てた。


「どこに…いるの?」

 震える声で言うと


「もしかして…泣いてる?ごめんね…連絡できなくて…ああ、電話が壊れて…あまり今も話せないけど元気だよ…ちょっと隠れてる…そのうち迎えに行く」

 と彼は早口で言う。もっと声聞きたい。会いたい。


「いつ?いつになるの?私枝利香さんのとこに行くの…でバイトしてお金貯めてまたどこか探して…」


「君がどこにいようと必ず迎えにいくから待っててよ時奈さん…愛してる…」


「私も…」


「うん、知ってるよ?じゃっ…ごめんねそろそろ切るね、元気で」

 そこでプツリと電話は切れた。

 思わずしゃがみ込んで泣いた。

 枝利香さんは背中をさすり泣き止むまで待ってくれた。


「ほらな、やっぱり雲隠れしてやがっただけだよ…鳴島さんも元気だな」

 枝利香さんは鳴島さんの安否はわからないのに栗生院くんといつも一緒にいるしあいつがどっかに隠れてるなら絶対に鳴島さんもいると思ってる。


 枝利香さんに手を引かれ私は舞川家に入った。

 何というかレトロな、私の前のアパートも相当なボロさだったけど、これはあれだわ。団地アパートってやつ。

 公営住宅で低所得者向きの。

 そこに玄関を開けると小学校5年と中学2年の弟さんが出迎えてくれた。


「おおーっきたーっ!ダッセェメガネ女!!」


「なんだよ、もうこれじゃ萌えないわ…萎える!姉ちゃんと同じくらい胸ないよ、いや姉ちゃんよりはあるか!」


 ビシッ!バシッ!


 と弟二人は枝利香さんの竹刀でぶっ叩かれて呻いた。


「おい?お前ら?お年頃だからって女の胸ばっかみてんじゃねぇぞ?見るべきなのは心だろうがああああ!!おい、高志!お前は好きな子の胸ばっかみてんのか?あ?」


「ううっ…見てねーよ!!」

 あっ…中二の高志くん一応好きな子はいるのね。


「ごめんな時奈バカな弟たちで!気にすんなよ!ごめん、狭いだろうけど我慢してくれよな!」


「わ…私こそ!お世話になります!お金が貯まったらちゃんと出て行くし頑張るね!」

 と頭を下げた。


「ヤンキー友達が来るんかと思ったけどクソ真面目じゃん…すげー…」

 と下の弟がジロジロ見る。


「しばくぞ誠也!」

 小学生の方は誠也くんね…。

 すると奥の部屋からおばさんが出てきた。青白く少しげっそりしてるけど


「お袋!寝てろよ!夜から仕事だろ?」


「でも挨拶くらい…ごめんね、私昼夜逆転でスナックで働いてるから…」


「はわわ!起こしてすみません!あのしばらくだけお世話になります!!」


「事情は聞いてるから安心して?ご両親にもよろしく頼みますってお電話いただいたの…」


「すみません、本当に…」


「ふふっよろしくね…じゃ、もうちょっと横になるわ…あんた達静かにしてよね?」


「わかってるよかーちゃんおやすみー」

 と襖を閉めた。


 今は会えなくてもさっき電話で迎えに行くと栗生院くんが言ったんだから絶対迎えに来る!

 私はスマホを握りしめて祈った。

 どうか…彼が無事でありますようにと。

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