第33話 悪魔のノック

 栗生院くんにラバトリー(トイレ)に隠れて鍵を閉めておくように言われた私は心配でたまらなかった。


 後、このトイレ…奥にシャワー室ついてる。洗面台もきちんとある。だだっ広い。

 余計に落ち着かないいいい!

 しばらくして何やら男性の声や悲鳴に銃声、ボコボコと何やら音が聞こえた。


 栗生院くんは強いし負けないってわかってるけど…退院したばかりだし万一撃たれてまたどこか出血とかしてたらどうしよう!

 そうなったら旅行どころじゃなくない?

 そもそもハイジャックだしもう既に普通のフライトじゃない!!


 鳴島さんとかは


「普通にハイジャックでした」

 とか言ってたけど全然普通じゃないよ!むしろ非日常だよ!

 どんだけ余裕なんだろう??


 しばらくして外が静かになったけど一体外はどうなっているんだろう?

 でも栗生院くんが声をかけるまで絶対に開けるなって言われてるし…。


 うおおお!気になる!

(ちょっとだけ開けちゃう?)

(ダメ!絶対ダメ!彼が戻ってくるまで待とう!)

(戻ってきた時、それが最後の姿だったらどうする?)

 また私の中でいろいろな妄想が一人歩きし始めた。


 私はウロウロとラバトリー内を歩きまわっていた。

 そして……お腹が…痛くなってきた。

 ………いや、トイレはあるんだけど…、いや、待ってくれ、今トイレしてる場合じゃなくない?

 外では栗生院くんがたぶんカッコよく戦ってるんだろうな…。

 そんな時にトイレしてる彼女がいるか?いやいない!!ヤバイよ!

 しかしもう限界だ!

 ごめんなさい!生理現象には逆らえない!!


 爽やかな音姫ちゃんと一瞬で消え失せるトイレにビビったが何とか生還した。

 私は消臭スプレーをこれでもかと噴射しさらにアルコールで便座を拭き、さらに温水で念入りに手洗いし、トイレなんて使ってませんよ?

 を装うことにした。


 そこで、ハッと気付く。トイレットペーパーだ!!

 ヤバイ!あれを綺麗に三角に折って新品を装うのだ!!

 私はペーパーを三角に折り、念のためもう一度消臭スプレーしまた手洗いしを繰り返していた。


 完璧だ!

 なんて綺麗なトイレなの?誰も使ってない!そして私は臭くなんてない…。


 そして外が少しガヤガヤしてやっと静かになった。

 ドキンドキンと胸が動悸を始める。


 コンコン。

 と悪魔のノック音がした。


 これでもし犯人ならまだ普通に出ていけるかもしれない!

 もはや犯人であってくれ!と私は思った。

 しかし残念ながら聴こえて来たのはイケメンボイスの波動だった。


「時奈さん?もう大丈夫だよ?出てきても」

 と彼の声がする。

 普通ここなら感動で飛び出す所だが、もしも彼に抱きつかれて


「あれ?ちょっと臭いな?お前人が戦ってる時に何●●●してんの?信じられない…もう旅行はやめよう…」

 とか言われたら立ち直れないよっ!!!

 むしろハイジャック犯に爆破された方がもういいのかも!!

 とパニックになりつつも


「ほ、本当にもう大丈夫?」

 と聞きつつ、時間を稼いだ。


「うん、大丈夫だよ?どうしたの?」


「け、怪我とかしてない?」


「してないよ?血も拭いたし大丈夫!僕の血じゃないし、どこも怪我してないから出ておいで?」

 良かった、怪我はしてないんだな?

 よ、よし、もう覚悟して出て行くか……。私は扉に手をかけた。しかし…


 開かない。

 え?


 ガチャガチャガチャ…


「は?ええ?」

 扉の外からブハっと吹き出す栗生院くん。


「今、笑ったよね?」

 と聞くと


「あ、ごめ…押すんじゃなくて引くんだよ??」

 と言われようやく引いたら普通に空いた。

 すぐ戸を閉めて私は何でもないように装い、彼を目にした。

 やはり怪我はないみたいだ。


「犯人はどうなったの?」


「うん、とりあえず縛って眠らせてるよ…厄介なことに近くの空港でこいつらを降ろさないといけないんだ、予定通りいかないもんだね…」

 そういえばよくテレビで見たことある。

 でもそれって騒ぎになるんじゃないのかな?空港にマスコミが押し寄せるのは間違いない。


「とりあえずガードマンが倒したことにして、彼に全部取材が行くようにしたから僕等はラウンジで変わりの飛行機や点検やらが終わるまで少し待つことになるね」


「そ、そうなんだ…」

 と少しずつ近寄ってくる彼からジリジリ逃げていたら


「時奈さん…お腹は大丈夫?やっぱり機内食が悪かったのかなぁ?」

 と言われて青くなる。ひいいいい!お見通しだよ!

 トイレ使ったのもお見通しだったあああ!

 私の脳裏には断崖崖っぷちに追い詰められる姿が浮かんだ。


「僕が戦っていた時にトイレを使った犯人は…君だね?雪見時奈さん…」

 イケメンの探偵が真相をあばき、私は観念して目を伏せ喋った。


「ふふっその通りです…どうしても勝てなかったの!いきなりあんなクソ美味い機内食を食べ、私の庶民な腹が受付なかった!……いえ、違うわ…緊張していたの…初めての飛行機、初めてのファーストクラス…」

 私から涙が溢れる。


「時奈さん…」


「イケメン探偵さん…ごめんなさい!私はもう思い残すことはないわ…思い出をありがとう!」

 と崖から飛び降りた。


「時奈さん!!」

 彼は慌てて手を伸ばし掴んだ。


「ダメだ!死なせない!生きて恥を晒すんだ!僕の前でいいから!一生!」

 とそこで意識が戻る。



「あのさ、トイレなんて誰でも使うよ…むしろ飛行機でトイレ我慢なんかすると病気になっちゃうよ?むしろ時奈さんの使用した後なら僕が…」

 とトイレに向かおうとしたので


「お願い!もうちょっと後でええええ!!」

 と泣き叫んだ。

 そこに、


「なぁ、あたしも漏れそうだし使うぞー」

 とさっさと枝利香さんが入っていってしばらくすると出てきた。


「あ、栗生院使ってもいいよ?」

 と言い、座席に戻っていく枝利香さんに


「ほら、ああいう無神経なくらいがいいんだよ、それに結婚したら同じトイレくらい使うでしょ?時奈さんのものなら排泄物でさえ愛しいからね?」

 いや、それはやめてほしい、流石にそれはやめてほしいと本気で思った。

 だが、トイレごと私を受け入れる器のデカイ栗生院くんに器のショボい私はトイレの神様に頭を下げまくることしかできなかった。

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