【調理】親族のグアンチャーレ
【依頼者】
オークの青年
【材料】
オークの中年男性
清塩(海鶴の涙)
テイクアウトでお願いします。
食事の御用意は要りません、私にその猶予はないのですから。
契約書も確認致しました。「私がこの店の外に出た後は、自己責任として処理するもの」、「当店から出た後、責任の所在は自らの物とする」これにも同意致します。ただ、捺印を御用意できずに申し訳ございません……この瞳、宗主である私の眼を証左として頂ければ幸いです。それを誠意と見て頂ければ幸いです。
然し、お約束の物はまだですね。少し予定よりも早く来てしまいました。
そしてここまで届けるにあたって、少々腐敗させてしまったのもお手数を致します。そういった旨については、サービスとして問題ないと言っておられていましたが……後日、申し訳ないとお伝えください。
まだ、時間が御座いますね。まだ少しばかりほど。私には猶予は残されていない、そう思っていたのですが、神もまだ意地が悪い。
……少し、これからのお話は独り言として聞いて頂ければ、幸いです。この時間が私の為にあるのなら、という意を込めて、私のものとして使わせて頂ければ。
送迎役の貴方がどこまで存じ上げているかは分かりかねますが、私はある地方での神主を務めていました。
神主、神職と言うと、少々イメージし辛いかもしれません。葬儀、食肉礼拝、祈祷、色々あるかと思いますが、主に「宣告者」としていました。その地方に祀られた神の声を聞く者として、私の代は長い間村を守っておりました。その神はその筋の学術から見たらほんの数ページも満たないかと思われますが、それでも由緒正しい仕来りを以て、人々の生活を支えておりました。
宣告とは言え、様々な仕事をになっております。村人に赤子が生まれれば、正しき道を示すための命名、この吉幸を願うべく祈祷を行う。豊作の為にお願いを一手に担う、恐らく貴方が思い描くようなことはやっていると思います。
人身御供も例外ではございません……古来、私たちの村はブタとヒトが隷属関係として住まうています、そのヒトを愛玩とするか、労働とするか、一年の供物とするかを選択するも、私たちの生業でした。
私たちは、彼らの中でもその「中間」に位置しております。そして、村の中で私たちのようなものはいない。ブタの体を持ち、しかしヒトの言葉を解する者、長年害獣としてヒトに手を焼いていたブタは、私達を両者への和平を齎す者として、今に至ります。
ところですが、ヒトをネズミに置き換えましょうか。貴方はヒト、のように見えますし想像し辛いでしょう。ネズミもまた、小さいですが食物としてはほぼ同義です。
そのネズミの尾と体毛をもったブタの体が、私達ということです。
ネズミの体を持った同族食いが、ブタの体を持った食糧が、かつての祖先に相違なかった、ということですね。
一つの、情動的な誤りだったかもしれません。そうして私たちは生まれて、生きるための行動に特異を強いる他なかった。そうしなければ、両端から食いつぶされるしかないのですから。
その中で私たちの祖先は、ヒトの感情を理解して、ブタにその感情を伝導させ、今の社会に繋げたとされています。ヒトの言葉は理解できたでしょう、私もその教育は施されております。
ただ本当に、かつての私たちは彼らの言葉を正確に伝えたかは定かではありません。私なら、生きる為なら食料を食い荒らす害獣にならざるを得ないと思いますから。
ましてや、化物に身を捧げることを良しとする感性など……
……さて、私は亜人です。
人でもなく、化物でもなく、知としても最中途に立つ、生き物に過ぎません。蟻の隊列から一匹あぶれるように、雛鳥が母鳥を見失うように、一匹の繊弱に待ち受けているのは想像に難くありません。
それにしても、どうしてでしょうか、ひどく安堵しています。
グアンチャーレ、貴方がたへ訪れる前、父を手にかけた頃にそうしようと思いました。枕のような肉塊に寝そべり、安らかな眠りが一度でも出来たら……そう考えると、干し肉というよりも斯様な物が頭に浮かびました。
私は、安らぐべく肉の枕を受け取るでしょう。そして、帰路に足を踏み出せば命の保証はないと言えます。余程の運では、こんな細枝の腕ごと、肉を奪わんと貴方の目の前で私が……というのも有り得ます。
しかし、止めぬようよろしくお願いします。それが摂理と、扉を隔てて閉じてお絶ち下さい。
私はあるべき自然の淘汰を目にします。それこそ、私が望んでいた「神の宣告」に他ならないのですから。
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