第38話 強く抱きしめる元勇者

 本来の姿となった聖剣クレイヴ・ソリッシュを鞘から抜くと、立派な柄の先に果物ナイフよりも短い、小さな小さな刃が付いている。

 そこに俺の魔力を流し込むと、五十センチ程の白く輝く魔力の剣が形作られた。

 これこそが、この聖剣の真骨頂。悪しき存在のみを斬る聖なる剣だ。

 そこへ、


「ソウタ様っ! 今度こそ、魔王を倒してくださいませ!」


 フローラが聖なる力を送り込み、俺の魔力と混ざりあって、一メートル程の刀身へと変化した。


「また聖剣かっ! こしゃくなっ!」


 再び魔王が魔力弾を飛ばしてくるが、クレイヴ・ソリッシュで払うと、それらが全て拍子抜けする程簡単に消滅していく。

 ティル・ナ・ノーグで戦った時は、ここまで攻撃が弱くは無かった。

 人間の数いが多いので魔王バールが早く復活したものの、この世界に魔力が存在しない事の影響が大きいのだろう。

 単調な攻撃を弾く度に、魔王の放つ魔法の威力がどんどん下がっていく。

 人間の邪気を糧として、魔力を回復させているのでは無いのかと思ったのだが、よく見ると魔王の周囲に魔力を遮断するバリアが展開されている。

 おそらく、どこからともなく魔王に魔力が集まっている事に気付いたフローラが、本来防御に用いる魔法を魔王に使ったのだろう。

 そして魔王は、自身の魔力が回復出来ていない事に気付いて、攻撃を控えた。攻撃すればするほど、弱体化していくからな。

 だけど、一刻も早く楓子を解放してやりたい。

 だから、これで終わらせる!

 何度目かの魔力弾を薙ぎ払い、楓子に接近すると、


「魔王バール! 今度こそ、これで終わりだっ!」


 魔力の刃で楓子の身体を貫いた。

 崩れ落ちる楓子の身体を受け止め、少しすると、


「あれ? お兄ちゃん? ……何してるの?」


 ようやく普段の楓子へと戻る。

 今度こそ魔王を倒した。そう思っていると、


「ソウタ様。まだです。まだそこに魔王が居ます」

「魔王……って、でも楓子の中に魔王の気配は感じないけど?」

「ソウタ様っ! 捕まえてくださいっ! 逃げてしまいますっ!」


 フローラが良く分からない言葉を叫ぶ。

 一先ず、よく分からないまま楓子を逃がさないように、ギュッと力強く抱きしめてみると、


「お、お兄ちゃん!? え? どうしたの!? お兄ちゃんは陽菜ちゃんとイチャイチャするんでしょ!? えっと……お兄ちゃんと楓子は実の兄妹なんだよ?」


 顔を赤く染めた楓子に、とんでもない勘違いをされてしまった。


「いや、違うんだ。そうじゃなくて、フローラが……」

「フローラ? ……って、また知らない外国の女の人が増えてるっ! お兄ちゃん、どういう事なの!?」

「あぁっ! ソウタ様っ! 魔王が逃げてしまいますっ!」


 抱きしめた楓子は恥ずかしがっているのか、怒っているのか分からない顔色で口を尖らせるし、フローラは良く分からない事を言ってくるし、どうすれば良いんだ!?

 どうしたものかと困惑していると、マリーがどこかへ行き、すぐに戻ってきた。


「ソウタ、フローラ。魔王を捕まえた」

「ありがとうございます。マリーさん」

「……え? これが、魔王の本体なのか!?」


 マリーが右手で掴み、ぷらーんと垂れ下がっているもの――黒猫をじっと見つめていると、目が合った途端に、ぷいっと顔を逸らされてしまった。

 ティル・ナ・ノーグでの魔王は普通に人型だったし、そのままの姿で消滅していったけど、どうして日本では猫の姿なのだろうか。

 しかし、この何となく人間っぽい振る舞いがある黒猫をどこかで見た気がするのだが、どこだっけ?


「……って、これエレンが召喚したケット・シーじゃないか?」

「私? ……あ、確かに。僅かにだけど、私の魔力の痕跡が残ってる……って事は、私がどこかから魔王を召喚しちゃったの!?」


 困惑するエレンを前に、ふと陽菜が話したティルナノーグ・オンラインの事を思い出す。


「……確か、陽菜が言ってた話だと、魔王の腹心が魔王を復活させるんだっけ?」

「え? 私、魔王の手下なの!? ソウタ、酷いよー」

「あ、いや。そうか。そんな訳はないよな。エレンが召喚したケット・シーはサラって名乗ってたし、話し方も全然違ったし、どうなっているんだ?」


 エレンが魔王の腹心だなんて微塵も思わないけれど、魔王が復活したのは事実。

 そもそも、あのティルナノーグ・オンラインは何だったんだ?

 ちらっと陽菜に目をやると、目が合い、コテンと小首を傾げる。うん、可愛い。


「ソウタ様。原因究明も大切ですが、今はこのケット・シーの姿をした魔王をどうするかです。今は私の魔法壁の中に居ので魔力吸収を多少防げてますが、物理的に行動を制限する物ではないので、壁の中から出られると、また魔力を蓄えられてしまいます」

「なるほど。で、仮にこのケット・シーを倒した所で、女神様が言っていた様にいずれ復活してしまう。しかも、ティル・ナ・ノーグよりも早く」

「おそらく」


 エレンの召喚魔法で呼ばれたのに送り返す事も出来ず、倒してしまうと、いつかどこかで復活してしまう。

 それならば、実体があって居場所がはっきりする今の状態の方がマシだとも言える。

 どうにか動きを抑え、定期的にクレイヴ・ソリッシュで斬って魔力を削るか? ただし、これはフローラにずっと魔力壁を張り続けて貰わなければならないし、猫の姿の魔王を逃がさないようにしなければならない。

 魔王が入ったケット・シーを送り返せない理由は分からないが、エレンが召喚したグイベルは普通に元の世界へ帰って行った。

 つまり、召喚魔法で呼ばれたフローラも、ティル・ナ・ノーグへ帰ってしまうかもしれない……というか、フローラは望んでこっちの世界へ来た訳ではないから、元の世界へ返さなければならない。

 魔王を倒した聖女フローラが突然居なくなり、きっと向こうはパニックになっているだろうし。

 どうしたものかと考えていると、フローラが口を開く。


「ソウタ様。一先ず、打つ手が無い訳ではないのですが……」

「何か良い案があるのか?」

「はい。魔王バールを倒したあの時、女神様から封印魔法というのを教えていただきました。今回、その魔法の簡易版を使って聖剣クレイヴ・ソリッシュを木の棒に変えていたのですが、このケット・シーに簡易版では無い封印魔法を使えば……」

「魔王の力を封じる事が出来るかもしれないって事か。じゃあ、それをやろう」

「そうしたいのですが……こちらの世界には魔素が存在していないようで、今の私に残された魔力では使用出来ないかと」


 フローラが封印魔法の話をした直後、


「ふっふっふー。だったら良い方法があるよー」


 エレンがニヤニヤしながら俺とフローラを交互に見つめてきた。

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