第二十二話 【vs序列一位part4】




 真っ白で、静謐とした神殿の中にある異常まゆ

 しかし色が神殿と何も変わらない為、違和感という意味では全く感じられない白い繭の中で、真っ黒な服に身を包んだ二人の青年しょうねんが対峙している。

 白い空間においてよく目立つ色の服を着た二人の青年は、互いに似たような笑みを浮かべている。

 黒い服と歪んだ笑みが相まって、どちらの青年も悪人のように見える。


 『無銘』かたなの切っ先を相手に向けている黒髪の青年は、笑みを顔に張り付けたままその切っ先を回転させ、流れるように地面へと突き立てる。

 瞬間、離れた位置にいるもう一人の青年まおうが、何かに押し潰される。

 右手に握っていた剣を咄嗟に杖代わりにして膝をつくことを防いだが、あまりに突然の、しかし予測はできた事象を前に、魔王は笑みを浮かべたまま歯を食いしばってその重圧に真っ向から歯向かう。


 体中の筋繊維と骨が悲鳴を上げ、体から鳴ってはいけない音が少しずつ鳴っている魔王ダレンへ、音を立てて地面を蹴った葵が猛進する。

 『無銘』は地面に突き立てたまま、得物を持たない素手で近づいてくる葵に、ダレンは不可視の圧をどうにか脚だけで支え、動きの悉くを邪魔されながらも右手に握る剣を鞘へと戻す。

 間合いに入る瞬間を見定めて、自身を妨害する重圧すらも計算し、迫る敵対者への迎撃を放つ。


「神魔流剣術居合――神速一閃」


 光の速さで振るわれたそれは、狙い通り葵の頸を跳ね飛ばすことなく、突き出された葵の拳によって遮られる。

 剣という鋭く硬い、人体を斬り裂くことのできる武器に対し、人体に分類される拳でそれと拮抗するなんていう馬鹿げた光景を前に、ダレンは大きく目を見開いた。


「魔力の糸で何重にも拳を覆っているのか! 凄い技術だ!」

「よく気付いた、なっ!」


 ダレンの称賛を受け取り、葵は更に糸を生成する。

 生成したそれらをダレンの関節に巻き付け、それを繭と繋げ合わせる。

 関節を巻き取られ、ダレンの体の自由を少しだけ奪った葵は、二重の拘束を破られる前にがら空きの胴体へ拳を叩き込む。


『“心為流拳術一式・爆拳”ッ!』


 ドズンッという鈍い音とともに、葵の拳がダレンの胴へ吸い込まれる。

 まるで拳を喰らった場所が爆発でもしたかのような衝撃を一身に浴び、体内から聞えてはいけない内臓の傷つく音が聞こえ、ダレンは血反吐を吐く。

 しかし、拳を叩き込まれる前に魔術で魔力の糸を切断し、体の自由を少しだけ取り戻していたダレンは、食らった攻撃のダメージなど全く感じさせない動きで抜き身の剣を振るう。

 圧に押し潰されていながら、なお平時とあまり変わらずに動けるダレンの一刀を、葵は余裕を持って躱し、更にもう一撃を今度は脇腹へ叩き込む。


『“爆拳”ッッ!!』

「――ガッ」


 再び先の一撃と同じ拳を脇腹に喰らい、肋骨が砕けるのを痛みとともに実感した。

 だがいつもの笑みは絶えない。

 嬉しそうに、楽しそうな笑みは、今もなおダレンの顔に張り付いている。

 至高の戦いができる喜びに高揚を抑えきれず、この戦いをもっと続けたいと正真正銘の全力を行使する。

 両目とも魔眼を開き、繭の中に結界を作り出す。

 その領域と呼ぶ方が近しい結界は、ダレンが持つ魔眼の魔力を視る能力を強化し、視界内のどこにでもノータイムで魔術を展開できる。

 これが、齢十七にして魔王となれた少年おとこの切り札。

 繭なんて比ではない、ダレンの持つ最強の結界だ。


「楽しもうッ! 最強の召喚者ッッ!!!」


 一瞬で魔術が展開される。

 その数は葵の視界内で五十以上、視界外の“魔力感知”で捉えたもので百五十。

 全方位二百の“劫火”が、葵の周囲を取り囲む。

 だがそれを放てば、葵の拳の間合いにいるダレンすらも巻き込むことになる。

 つまり自滅覚悟の魔術だ。

 得られる情報から考えれば、その通りになるだろう。


「“業火鏖殺”――ッ」


 翔やアヌベラが放ったものよりも内包している威力が高い“劫火”が、一斉に葵へ向けて射出される。

 喰らえば軽く腕を焦がすだろう一撃が、一瞬のうちに二百も迫る。

 時間差で来るのなら凌げないことはないが、全てが集中線のように纏まって襲い来る。

 つまり、一つ一つ凌いでいる場合ではない。

 そもそも、そんなことをしている前に熱量で肌が焼け焦げる。


「俺に力を貸してくれ――師匠」


 アルトメナゆびわに魔力を通して、ナディアから預かった“精霊刀”を鞘ごと取り出した。

 柄を強く握りしめ、鞘に収まっている刀身へと魔力を纏わせる。

 肩幅よりも少し大きく足を開く。

 体を縛っていたはずの重力を感じさせずに葵から距離を取るダレンを無視してその場で立ち止まる。

 “魔力感知・臨戦”も解いて瞼も閉じ、可能な限り外界から得られる情報を遮断する。

 迫りくる“劫火”を熱量で正しく認識しながら、脂汗が滲み出るのも無視して同じ構えのまま動かない。


「綾乃くんッ」

「“神速一閃――」


 結界の外で日菜子が叫んだ。

 聞こえるはずのない声が、葵の動きの起点となる。


「――・刹那”ッッ!」


 鞘から刀身が見えようとした瞬間、葵を消し去ろうとしていた“劫火”は一つ残らず消失した。

 消えた、と表現するしかないくらい、ほんの一瞬――否、一瞬と呼ぶのすら烏滸がましいほどの刹那よりも短い時間で、炎の群れは消え去った。

 その異常事態に驚く間もなく、ダレンの腕が宙を舞う。


「――ッッッ!!!」


 流石に許容できないダメージを負ったダレンは、ようやくいつもの笑みを潜めさせ、腕を斬り飛ばした葵を遠ざけるために自爆覚悟の魔術を行使する。

 イメージは爆発。

 魔眼の効果により、瞬く間に地面を起点としてその魔術が展開される。


「させるわけないだろう?」


 しかしその魔術は、その一言で霧散する。

 否、正確には発動した。

 爆発は起ころうとしていたし、あと一瞬遅れていれば実際そうなっていた。

 でも、爆発は爆発となる前に掻き消された。

 葵が右手に握っていた、漆黒の刀によって。

 ダレンの足元に突き刺ささっている漆黒の刀それが、何よりの証明だ。

 そのたった一振りの刀によって、ダレンの魔術が発動しなかったと錯覚させるくらいの一瞬で霧散させられた。


 “魔力操作”の練度は魔人の中でもトップレベルで、三位の『術神』と零位の『宰相』に比肩するレベルの持ち主であるダレンが、いくらダメージを負っているからと言って魔術の構築を相手に悟られるはずがない。

 どれだけ“魔力感知”に優れていても、卓越した“魔力操作”の実力があれば悟らせないなんてことは容易いはずだし、何より今のダレンは魔眼を開いている。

 故に、魔術において展開場所を悟られるはずなんてない。

 なかったのに、なのに目の前の最強おとこは、その常識を易々と覆した。


「やっぱり凄いよおま――ッ!」


 ダレンの称賛は最後まで言う前に途切れた。

 その原因は言わずもがな、葵の拳だ。

 たった二発喰らっただけで止められていた本気を出させた拳を、今度はノーガード腹に喰らった。

 一撃だけでなく、連続して五発だ。

 骨が軋む音が体内に鳴り響き、その衝撃が外へほとんど漏れなかったために痛いとすら感じられないほどの激痛が腹を中心に襲ってくる。

 仕上げとばかりに放たれた鋭い一撃は的確にダレンの顎を捉え、衝撃波が脳へと伝わり軽めの脳震盪を引き起こす。


 結果、意識だけはあるものの、重圧に逆らうことは愚か立つことさえできなくなった。

 身体を支えることができなくなれば当然、体を縛っていた重圧に潰された。

 受け身を取ることもできず、かなりの衝撃を全身に浴びながらダレンは繭の上にうつ伏せになって倒れ込む。


「ふぅ……」


 倒れ込んだダレンを見下ろす形で、葵は瞼を閉じて小さく息を吐く。

 なんとなしに口から洩れた吐息はおそらく、達成感に因るものではなく疲労感からくるものだろう。

 まだ長くても一分程度しか経っていないのに既に僅かに頭痛の波が押し寄せている。

 体の方は全く問題ないが、精神的な面では疲労困憊だ。

 覚醒した能力をその場で最大限引き出した上で、なおも平気でいられる主人公補正がかかっていないことに恨みを募らせつつ、まだ役目は終わっていないと再度、うつ伏せのダレンを魔力の糸で拘束する。

 今度は関節部だけでなく、ありとあらゆる部位を動けなくするように丁寧に繭と結びつける。


「ボクの為に作った場所けっかいを利用されて、最後には手も足も出なくなるなんてね……」

「言っただろ。今の俺は最強以外の何でもない。この戦いを終わらせるって」

「……そうだったね。まだ手札を隠していただなんて思いもよらなかった」


 あーあ、と嘆くように言葉を紡ぐダレンに、葵は油断の“ゆ”の字も見せずに言葉を投げかける。


「死ぬ前に、何か言い残すことはあるか?」

「……まだ魔術で打開を狙っているかもしれない相手に、随分と悠長だね?」


 不敵な笑みを浮かべるダレンに対し、葵は何言ってんだ、と言わんばかりの呆れ顔で見下ろす。


「お前はもう魔術を発動できない。お前の体内の魔力路を一時的に止めたからな」

「……意図的にやっていたのか。恐ろしいな」


 諦めたような笑みを浮かべるダレンは、大きく溜息をついた。

 そして瞬きにしては長い間瞼を下ろし、何かを考えるような素振りを見せる。

 ほんの僅かな間を空けて、ダレンは目を開き、同時に口も開いた。


「でもそれはそれで驚きだ。有無を言わさずに殺してくるものだと思ってたよ」

「あんたは一応、敵の首魁だ。聞き出せる情報があるなら基本は何でも有益だと思っただけだ」

「……そっか。打算的だめ。じゃあ一つだけ」


 葵の物言いに驚きと納得をいりまぜたような表情を見せる。

 深呼吸と同時に瞼を閉じて、落ち着いてから目を開く。


は負けないよ」

「その次は勇者に任せる」


 言外に次はない、とダレンの遺言ことばを否定して、葵は瞼を閉じる。

 再度開いたその瞳には光が宿っておらず、まるで誰かに乗っ取られたかのような雰囲気を感じさせる。

 そんな葵は周りのことなど気にも留めず、きちんと揃えた指で手刀を作り、それを躊躇なくダレンの心臓に突き刺した。

 ダレンの体が跳ね、何度か小刻みに震えた後、ダレンはピクリとも動かなくなった。


 それを確認した葵は手刀を引き抜いて、血濡れた手をそのままに空を見上げる。

 と言っても、ここは神殿の中。

 上を見上げてあるものは白いだけの天井だ。

 だけど、葵は天井を見上げたまま、ポタポタと血が零れるのも気にせずに動かない。


「…………綾乃、くん?」


 呆然と立ち尽くし天を見上げる葵に、日菜子は恐る恐る声をかける。

 ラティーフの治療は終わった。

 だからこうして、他所へと向ける意識がある。

 しかし他所へと向ける意識それがあったが故に、今の葵が何かおかしいということに気が付いてしまった。

 だけど、葵が心配でもあったから、思わず声をかけてしまった。

 この大戦が始まる前、「人を殺す覚悟が要る」と言われた召喚者の中で、最初に戦うことを選んだ葵を含む十一人のうち、最後まで悩んで人を殺さないことを選んだ葵が、今こうして人を殺した。

 その事実が、どうしようもない不安を日菜子の胸に抱かせている。


 日菜子の声が聞こえたのか、葵は天井から視線を落とし、今度は床――というよりは前を見つめた。

 そして、日菜子たちにも聞こえるくらいの大きな深呼吸を挟んで振り返る。

 そこにあったのは、日菜子が知る葵よりも悪い意味で変わった――しかし宿す意志は変わらない瞳を持つ葵の姿だった。

 そんな葵はぎこちなく笑みを浮かべ、日菜子に――その場にいた全員に告げる。


「終わったよ。この大戦は、俺たちの勝利だ」


 勝ちどきというには些か盛り上がりの欠けるその言葉で、召喚者にとっては初めての――この世界の住人たちにとっては十回目の人魔大戦せんそうの幕が下ろされた。



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