57 勝利に向けて①

 ロディオンがアイアンメイデンに捕らえられた頃。混乱に乗じて王の間から逃げ出そうとした第四王子ジョージはジン少佐のデュオによって呆気ないほど簡単に拘束されていた。

 顔の動きに合わせて揺れる亜麻色の髪。長く鋭い犬歯と下衣に隠されたモフモフの尻尾。第四王子でありながら、純粋なディスガイア人ならば持つはずのない特徴に違和感を覚えたことは一度や二度ではない。


「こんなこと、父上が知ったら――」

「それはない」


 第四王子が国王の名を出すもジン少佐のデュオは怯まない。それどころか顔を見合わせて苦笑いを浮かべる余裕さえある。金髪に濃い青色の瞳、どことなくクラウンに似た容姿がジョージの顔を真正面から見つめて口を開いた。


「冠が無ければ誰が王なのかさえわからない奴が何言ってんの?」

「何を――」

「第二王子の殺害、第一王子への攻撃、国王への殺意。……うん、重罪だね」

「さっきから何を――」

「まだわかんない? ルイとあの子はすぐに気付いてたのにな」


 デュオのうちジン少佐では無い方が第四王子に敬語を使わない。それは、ディスガイアの一般人には有り得ないこと。けれども彼は第四王子であるジョージに敬語を使わない。それが意味するのは、彼がジョージより上の立場であるということ。

 玉座に国王の姿はなかった。あったのはクラウンとルイの姿と、床に横たわる国王を襲撃したはずの王妃。ジョージはもう一度、自分を睨みつける者の顔をじっと見つめてみる。


「あ……」

「ずっと、疑問だった。君の尻尾が、犬歯が、亜麻色の髪が。君には僕に似ている部分を見い出せない」

「それ、は……」

「王妃から産まれたのは間違いないだろうね。痣があるんだから。でも君が僕の子であるはずがないんだよ。有り得ないんだ。だって、僕と王妃は、あの子が生まれてからは仲良くしていないんだから」


 王妃はうねった黒髪、国王は金髪。二人ともディスガイア人のため尻尾はもちろん、長く鋭い犬歯も持たない。ジョージの容姿は、国王と王妃の子であれば有り得ないものだった。


「どうして、あなたが前線に……」

「国王が前線に出ちゃいけないってルール、無いでしょ?」


 ジン少佐とデュオを組んで戦っていた青い瞳はディスガイア国王。普段は冠に目を奪われ、その顔まで正確に把握していなかったことが災いした。気付いた時にはもう遅い。国王はジョージが自分の血を継いでいないと、王族ではないと認識した。

 ディスガイア国では強さが求められる。国王になるには王族に生まれ、他の王位継承者より強いことを示さなければならない。国王が戦えないはずがないのだ。国王であれば前線に出ないと勘違いしていただけ。


「君のお父さんはフェルメールの王子だそうだね。僕の調べによれば、彼にはすでに正式な妻子がいるそうだけど、それは知ってたかい?」

「どこでそれを聞いたのですか!」

「あの子は君や王妃が思ってるより優秀だよ。証拠も持ってきた。あの子の用意した証拠品を見れば、君のお父さんが誰かなんてすぐにわかる。あとは鴉に調べさせるだけ」

「そこじゃない。あの人について、です」


 拘束している相手が国王であると知るや否やすぐにジョージは大人しくなった。敬語を使うようになり、反抗することを諦める。だが国王の口から飛び出た信じ難い言葉には声を上げずにはいられなかった。





 ジョージは幼い頃、ディスガイア人らしくない容姿が嫌いだった。国王にも王妃にも似ていない、フェルメール人らしい特徴をいくつか持つ身体。第四王子ではあるものの、表に出る際は尻尾や犬歯を隠さなければならない。それが辛かった。

 物心ついた時には王妃に可愛がられていた。だが可愛がるのは王妃ばかりで国王に褒められたことはあまりない。兄であるネイサンとは直接の面識はなく、王妃と国王の話と城内に流れる噂しか知らない。だから死んだものと思っていた。


 いなくなっても残されたままだったネイサンの部屋。王妃はジョージの部屋よりも頻繁にそこを訪れ、何かを探しがてら掃除をする。兄弟というだけで誰もがジョージとネイサンを比較する。

 兄と違う髪色。兄は幼くして何ヶ国語も習得したと言うのにジョージはディスガイア語しか習得出来ない。瞳の色だって、ジョージも濃い方ではあるが兄や国王には劣る。


「そんなに溜息ばかり吐いてたら幸せが逃げるぞ?」


 王妃と仲のいいフェルメールの客人がジョージに声をかける。亜麻色の髪に漆黒の瞳、長毛に覆われた耳とズボンからはみ出したモフモフの尻尾。見た目だけで言えば国王や王妃よりもジョージに似ている。


「強さってなんだろう?」

「強さ?」

「王になるには強さが必要なんだ。足の無いネイサンはその強さを認められて、俺はネイサンと比べられてばかり」

「人によるんじゃないか? その子は、足が無いことを頭脳でカバーしたわけだ。逆にお前は頭脳がそこまでじゃないなら、他で示さなきゃならん」

「そ、か」

「……容姿がフェルメール人に近いなら、フェルメールの武芸が合うんじゃねぇかな。教えてやろうか?」


 ジョージに戦い方を教えてくれたその人こそがジョージの本当の父であり、フェルメールの王子であると知ったのはそれから数年後の話。正体を知らされた時に言われたことがある。


「ディスガイアで王になれ。そしたら正式に王子として迎えられる。そしたらお前はディスガイアだけじゃなくフェルメールの王にもなれる」

「どういう意味?」

「俺は王子ではあるがまだ独身でね。王妃が未亡人になったら、フェルメールの王妃として迎えようと思ってる。そしたら連れ子のお前はフェルメールの王子になるってわけだ」

「今すぐは駄目なのか?」

「ディスガイア国王は強い。手順を踏まないと、な。手っ取り早いのは、お前が王位継承してから結婚する。そうすりゃディスガイアもフェルメールも俺達の物だ。国王が王じゃなくなりゃ、王妃が俺と再婚したって文句言われねぇだろ、きっと」


 ずっとその言葉を鵜呑みにしてきた。王妃に幸せになってほしい、心から笑ってほしい。その一心で王を目指し、足掻いてきた。計画が変わって国王を殺すことになっても、協力しようとした。

 王になれば、フェルメールとディスガイアを統合すれば、もう見た目を偽らなくていいと思ったからだ。王妃に幸せになってほしいのと同じくらい、ありのままの自分を国民に受け入れてほしいと思った。だからこそ、国王の言葉が信じられない。





「あの人、独身じゃないんですか?」


 苦し紛れに問いかけたのは、現実を受け入れたくなかったから。国王は笑みを浮かべて口を開く。


「既婚者だね」

「いつか俺が王になったら結婚するって」

「口約束だね」

「俺をフェルメールでも認知するって」

「それは本当。でも、王妃のことはどこにも書いてない。君が王族であることを示す書類しかない」


 その口から紡がれるは残酷な真実。王妃は正妻とはなり得なかった。クラウンが見つけた証拠も、フェルメールの王子がジョージの身分を保証するだけで王妃については一切触れられず。それどころか妻子がいることさえ二人には隠していた。

 都合の悪いことは隠し、ジョージが国王となるように勧めてきたというわけだ。おそらく、ディスガイアをフェルメールの支配下に置くために。


「あの子を殺し損ねたのが。いや……あの子が今日まで生き延びたことが敗因だ。さぁ、大人しくなってくれるよね?」


 ジョージは無言のまま項垂れる。王妃が死に、ジョージが拘束されても尚誰も助けに来ない。ジョージを守ろうとするのは交戦中のロディオンだけ。それが全てを物語っていた。

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