264話 洗脳!?



 前回のあらすじ


 新しい力と武器を手に入れた紫音は、はしゃぎすぎてまたもや力尽きて、敵地で動けなくなってしまう。


 人間とは、そう簡単に成長したり変われたり出来ないという事を、体現してしまった紫音であった。


 #####


 望遠鏡で紫音の様子を見守っているアリシアが、このようなことを言い出す。


「黒い女性が何か言っています…。えーと『どうやら、まだ動けないみたいね』で、シオン様は黙っています」


「アリシア様。どうして二人が喋っている内容が解るんですか?」


 アキが不思議そうに尋ねると、アリシアは何気ない感じでこう答える。


「わたくし、少々読唇術の心得がありまして…」

「それって、もしかして……」


「違いますから! 決して遠くにいるシオン様が何を話しているのか知りたくて、習得したわけではないですから!!」


 アリシアは疑うアキに慌てて否定するが、明らかに読唇術の習得目的を暴露している。


(やだ、この人…。ガチ百合どころかガチストーカー気質じゃないですか)


 アキは心の中でそう思いながら、見た目はこの世界で一番美少女なアリシアの残念な部分を見て、<残念美少女>と頭の中で評することにした。


 因みに<残念美人>と評しているのは、<フィオナ>と<レイチェル>であり、<残念美少女>は、<シオン>と<アリシア>である。


 望遠鏡を覗きながらアリシアは、読唇術でリーベと紫音の会話を実況し始める。


「それにしても、私は運がいいわ。まさかこれほど早くこんな絶好のチャンスが巡って来るなんて… ねえ、紫音?」


「……」


 紫音は、この危機的状況にうまく言葉を返すことが出来ない。


 今の動けない紫音はリーベに生殺与奪を握られていると言っても過言では無い。しかも、彼女には以前に殺されかけており、紫音が今までにない命の危機感を感じてしまって、うまく話せないのは仕方のないことである。


 ユーウェイン達が戦う堀からかなり距離があるために、彼らは紫音達がそのような状況になっていることも気付いない。そのため、彼らからの救援は絶望的であり、例え気付いても間に合いそうにない。


「フフフ…」


 リーベは腰に付けている女神の鞄から何か黒いモノを取り出すと、仮面で覆われていない口元に笑みを浮かべながら、紫音に近づいてくる。


「黒い女性が鞄から何か黒いモノを取り出して、シオン様に近づいています!」

「どんな形をしていますか?」


 アキの質問にアリシアはこう答えた。


「黒い突起物が二つ付いています!」

「それは、きっと<洗脳アイテム>だよ! つまり、<洗脳イベント>開始だよ!!」


「<洗脳イベント>!?」


 アリシアとミリアは、アキの<洗脳イベント>という言葉に驚くと、更にアワアワしだす。


 説明しよう!

 <洗脳イベント>とは、何らかの方法で本人の意志や心が消され、操られて敵の手先となり敵対関係になってしまうという昔からあるおなじみの演出である。


 そうなれば、必然的に味方同士が命をかけて戦う事になってしまい、そのシチュエーションは盛り上がる事うけあいの定番イベントである。


「シオン様が敵の手先に!? それは、まずいです! 何とかならないのですか!?」


「ここからでは、どうすることも…。それに、まだアレが<洗脳アイテム>と決まったわけでは無いですし、紫音ちゃんの精神力が強ければ、洗脳を受けない可能性もあります。そこに賭けましょう!」


 アキの言葉を聞いたアリシアとミリア、そして、アキ本人は紫音の精神力の強さを信じて、洗脳されないことを祈るがすぐさまこう思ってしまう。


(あっ、無理だ……)


 三人はヘタレな紫音の性格を思い出して、口には出さなかったが洗脳されると思ってしまった。


「シオン先輩! 今助けに行くから、死ぬ気で頑張って抵抗して!」


 オーガと戦いながら、ソフィーが必死に激励と救援に行くという言葉を紫音に投げかける。


「わかったよ、ソフィーちゃん!」


 紫音はソフィーの言葉を受けて、必死の思いで体を動かそうとするが、体には一向に力が入らずに、動くのは首と指先ぐらいであった。


「紫音、頭にコレをつけてあげるわ。きっと、アナタに似合うと思うわ」


 紫音の頭の直ぐ側に立ったリーベは、その場にしゃがみ込むと両手で持った二つの突起物の付いた黒いモノを彼女の頭につけようとしてくる。


「イヤ~! 何か解らないけど、つけたくありません! イヤ~!!」


 紫音はソフィーの言葉を受けて必死に頭を動かして、黒いモノを装着されるのを阻止しようとするが、抵抗虚しく頭に黒いモノを装着させられてしまう。


「アキさん! 大変です! シオン様の頭に… シオン様の頭に…」


 望遠鏡を覗いていたアリシアは、紫音の様子を見て体を震わせながら言葉に詰まる。

 頭に黒いモノをつけた紫音の姿を見たリーベは、両手を合わせて満面の笑みで紫音にこう言ってくる。


「やっぱり、思ったとおり! 紫音の綺麗な黒髪には、この<黒猫耳カチューシャ>が似合うわ!」


 お気づきだった読者もおられると思うが、紫音の黒髪の頭につけられた黒い二つの突起物が付いたモノは、<黒猫耳カチューシャ>であった。


「写真に撮れないのが、残念だわ~」

「……」


 嬉々として猫耳紫音を愛でているリーベの足元で、紫音は頭に猫耳をつけたまま、死んだ魚のような眼をして無言でこう思っていた。


(アレ…? こんなこと前にもあったな…)


「シオン様の頭に猫耳がついています! とても、かわいいです!!」


 アリシアは猫耳紫音のかわいさにやや興奮気味になってアキ達に報告する。


「紫音ちゃんが、猫耳に!?」

「シオン様の黒髪にとてもお似合いな黒猫耳です! かわいいです!!」


 アリシアはいつもの凛としたカッコいい紫音も素敵だと思っているが、今の頭に猫耳のついた紫音も可愛くていいと”これもアリ!”と興奮していた。


(シオンさんに黒猫耳…? どこかで、見たような…。 そうだ!? アキさんが以前、シオンさんの頭につけて、更にシオンさんが私の頭につけたやつだ…!!)


 ミリアはあの時の出来事を思い出して、恥ずかしさで顔を真赤にしてしまい、帽子を深くかぶって顔を隠してしまう。


「くっ…。なんてことなの…。紫音ちゃんに猫耳をつけて、<シオニャー>にしていいのは、私だけなのにーー!!」


 そのアキの身勝手な言葉は慟哭となって、戦場に響き渡ることもなかった。


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