137話 まさかの事態
ユーウェインはキリマンジャロを何とか誘引しようとするが、キリマンジャロはその場から動かない。
「奴め、乗ってこないか……」
「隊長! 盾役から誘引灯を借りてきました」
ユーウェインがキリマンジャロの誘引に苦慮していると、リディアは彼に誘引灯を投げ渡した。
受け取った誘引灯にユーウェインが、魔力を込めると淡い青色の光を放つ。彼がその誘引灯をキリマンジャロにも見えるように掲げると、キリマンジャロは少しずつ近づいてくる。
「うまくいったか!?」
ユーウェインは誘引灯を掲げたまま、ゆっくりと後退しながらキリマンジャロが陣取る地面に重傷者が倒れている場所から引き離す。
キリマンジャロが移動したあと、すぐさま手の空いている者が重傷者の救助に向かう。
「キリマンジャロが誘引されたみたいね……。引き戻す命令も出来るけど、そろそろ重傷者を救助させないと死ぬかもしれないし、まあいいか……」
それを本拠点の城壁から見ていたリーベは、そう呟くと命令を出さずにいることにした。
キリマンジャロ、デナリ、アイアンゴーレムは体が大きく攻撃力も強力だが、三体ともその巨体故に動きが遅い、そのため魔法や弓の攻撃を回避できずに遠距離攻撃が当たりやすい。
そこで、戦い方は強力な攻撃を回避できる者が正面に立って注意を引き、その間に詠唱を完了させた魔法使いの魔法でダメージを蓄積させていく。
戦場では三体ともその作戦で少しずつダメージを蓄積させており、このまま時間をかければ撃破できると人類側は思っていた。前回のトロール戦で四天王2体もこの方法で撃破しているため、人類側がそう思っても仕方ない。
今まで通りなら、その結果になっていたであろう。
リーベは本拠点で休ませていた別のグリフォンの背中に乗り込むと、再び戦場の上空に飛び立たせる。
「こっちも、これは使いたくなかったけど仕方ない……。アナタ達と人間側に加担しすぎた女神が使わせた。恨むなら女神とおとなしく要塞防衛だけにとどまらずに、本拠点侵攻作戦なんて考えた自分達の傲慢さを恨みなさい! 行動プログラムMを追加!」
リーベは上空からキリマンジャロ、デナリに命令を出す。
新たな命令を受けた二体は攻撃を止めて、動かずにキリマンジャロ、デナリは武器を前に掲げ、その場で何かを始める。
「何を始めたんだ?!」
騎士団員と冒険者達は、二体が何かを始めたことは解ったが初めてのことで何を始めたかはわからずに、とりあえず攻撃を続けた。
「何だ……、この嫌な感じは……。各員警戒を怠るな!」
司令官達は歴戦の勘で、部下に攻撃を継続しながら警戒を促す。
紫音が動きを止めたデナリに対して、どうしようかと悩んでレイチェルに近寄って指示を仰ぐ。
「レイチェルさん。動きを急に止めたんですけど、どうしましょうか?」
レイチェルも初めての経験で戸惑いながらも、紫音に指示を出す。
「シオン君、何か嫌な気がする……。ここは、オーラウェイブで遠距離から…」
そこまで言いかけた時、デナリに後衛の魔法使い達の魔法が炸裂する。
それと同時に、その後衛の魔法使い達がいる地面にも魔法陣が現れた。
魔法使い達は、魔法陣が現れたことに気づくと咄嗟に逃げ出そうとするが、後衛職の反応とスピードでは間に合わずに、魔法陣から発動した上級土属性魔法『ロックストーム』の石礫の嵐に襲われ壊滅状態となった。
左側でもキリマンジャロの『ロックストーム』によって、後衛に居た魔法使い達が壊滅状態になっていた。
「馬鹿な!? 魔物が魔法を使うだと!!?」
人間側は魔物が魔法使ったことと後衛が壊滅したことによって、再び混乱状態になってしまう。今まで魔物は魔王を除いて、魔法を使ってこなかったからだ。
魔物は魔力の結晶体である魔石をコアとして、それを中心に魔素で出来た体を持つため斬られても血が出たりはしない。
コアの魔石はその魔物の体を維持するために少しずつ消費され、そのため魔物は大気中に漂う魔力を吸収して、その消費分を魔石に供給する。
魔法を使うということは、そのコアの魔石に蓄えられた魔力をその分余計に消費するということであり、結果的にその魔物の体を維持する魔力がなくなり、最悪身体の構築維持ができなくなってしまう。
そのため魔物は魔法を使ってこないのだと、人類側では推察されていた。
それも一つの理由ではあったがもう一つ理由があり、それは魔法を使うと人間側に被害が出過ぎるという理由である。
現に四天王は魔法使いでないために、上級魔法が中級魔法の威力まで落ちているにもかかわらず、攻撃を受けた後衛達は壊滅状態になっている。
リーベは、このままでもどうせ耐久値を削られて倒されるのは時間の問題だと判断して、魔法を使わせる決断をしたのだ。
それに、一度使わせておけば人間側は警戒して、次いつくるかもしれない魔法に注意力を割かなければならないし、後方にいるからと長々と魔法を詠唱していられなくなる。
冷静を取り戻したレイチェルはすぐさま指示を出す。
「手の空いている者は、直ぐに負傷者を回復役のところまで搬送しろ! 前線に残る者は散開して足元を注意しろ、魔法が一回限りとは限らないからな!」
(問題は左側でも、かなり被害が出ているようだから、回復が間に合うかだが……)
左側でもエスリンが同様の指示を出していた。
(この被害だと回復が間に合わないか……)
そう考えたエスリンは、”クリムゾン”団長スティールにこう申し出る。
「スティール殿、私は後方まで下って回復を手伝おうと思います。その間指揮をお願いしたい」
「承知した。」
エスリンの申し出にスティールはすぐに了承し、その返事を聞いたエスリンは回復役のいる後方まで下っていた。
元フェミニース教団の聖騎士であるエスリンは、剣技と神聖魔法の使い手であり回復魔法も、専門家ほどではないが唱えることが出来る。
「私も負傷者の回復を手伝います。」
彼女は後方まで来るとそう言って、負傷者に回復魔法で治療を始めた。
(次々に負傷者が、しかも重傷者が運び込まれてくる……。シオンさんやソフィーちゃんは無事かしら……)
エレナは次々に運ばれてくる負傷者を回復しながら、二人の安否を心配する。
「どうやら、人間側の気勢を削げたわね。これで、少なくても後衛が復帰してくるまでは、どちらの戦いも戦力不足で膠着状態ね……」
リーベは上空から戦況をそう判断すると、弓矢で攻撃される前に本拠点に戻ってきた。
「逃げられたか……」
リディアは上空のグリフォンに攻撃をしようと狙いを定めていたが、既の所で射程外に逃げられて悔しそうにそう呟く。
冒険者達の後衛職はキリマンジャロの落下とその後の攻撃で壊滅状態にあり、騎士団の後衛は先程の魔法で壊滅状態であり、前衛職の大半はその後衛職の負傷者を回復役のいる後衛に搬送しており、リーベの読み通り右側も左側も戦力不足となっていた。
だが、キリマンジャロ、デナリもアイアンゴーレムも攻撃を続けてくるため、戦闘を中断することもできずに残った前衛職数名による交代で注意を引く作業を行う。
だが、この作業も当たれば大ダメージという攻撃回避を行わなければならないため、担当者はその精神と体力を大幅に消耗してしまう。
とはいえ、距離を取りすぎるとキリマンジャロやデナリ、アイアンゴーレムが、負傷者やそれを搬送している者達に行ってしまうかもしれない。
(このままでは、前衛担当者もすり減ってしまう……。どうする……!?)
レイチェルがそう考えていると、デナリに最高位魔法『メイルストローム』が炸裂する。
彼女が驚いて後ろを見ると、そこには投石機の近くで待機していて難を逃れていたミリアが立っていた。
ミリアはデナリの圧からくる恐怖に勇気を振り絞ってはいるが、少し負けそうになってそれでも涙目で頑張って立って魔法を唱えている。
「ミリアちゃん、いつ魔法がくるかわからないから詠唱の長いのは……」
ミリアが心配で近寄ってきた紫音がそう言うと、彼女はこう答えた。
「大丈夫です……。ケットさんが……、魔法は当分来ないって言っています」
「ナー」
(ミリアのことは私に任せて、アナタは自分の出来ることをしなさい)
紫音はさっきの鳴き声で、ケットさんがそう言っているように思い
「ケットさん、ミリアちゃんをお願いします!」
そう言って、前線に戻っていった。
キリマンジャロには、ユーウェインが注意を引きつけエドガーの魔法攻撃とリディアのハイオーラアロー、デナリには紫音達が注意を引きつけてミリアが魔法攻撃を行ない、再び耐久値を削っていく。
「また、少しずつ削られているわね……。また、魔法攻撃の命令を…うっ!?」
それを見た本拠点の城壁から見ていたリーベは、そこまで言いかけて口元を抑えてしゃがみ込む。
「ゲボゲボゲボゲボ……」
そして、盛大にリバースさせる。
リーベは昨日ロックゴーレム2体、そして今日は朝からアイアンゴーレムの召喚、それにトロール達への命令と、高級回復薬を大量に飲んでMPを回復させながらこなしていた。
そのため、お腹は既に限界で遂に前回のアキと同様に、盛大にリバースさせてしまったのだ。
「こんなゲボゲボ……、吐いているゲボゲボ……、場合じゃゲボゲボ……」
リーベは顔面蒼白で、とめどなくリバースさせていたゲボゲボ……
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