異説三國志  少年少女冒険譚

soetomo

第一話 すべての始まり

 西暦2007年

 この年の東京は、近年稀に見る異常気象にみまわれていた。

 六月早々に連日30度を越す夏日が続き、熱中症等で倒れる人が七月で百人を越えてしまった。この為、国が全額を負担して公立学校全てにエアコンを取り付ける、一部企業を除き緊急措置を猛暑日の営業を自粛するよう呼び掛けるなどほんそう奔走していた。

 そして、この猛暑の影響で冷房器具や冷凍品、アイスなどが例年にも増してバカ売れしているのだ。

「あ゛っっっぢぃー!!」

 今、この猛暑の東京を四人の男女が滝のような汗を流しながら歩いている。

「あ゛ーマジであちぃなチクショウ!!」

 黒い短髪の男が近所迷惑を考えることなく大声で叫ぶ。

「うるっさい龍二。余計暑くなっちまうだろ」

 細い黒縁の眼鏡をかけた男が先ほど暑いと叫んだ少年、進藤龍二に文句を言う。

「全く。これだからバカは困るわね」

 四人の中の紅一点神戸達子が龍二を嘲るようにクスクス笑う。

 それに龍二は少し頭にきた。

「お前だけには言われたかねぇよ。この男女」

 彼のこの一言に達子の何かがぷっつりと音を立てて切れた。達子は龍二に対して戦闘モードに突入した。

「あら、何か言いまして? ヘッポコヘボ龍二君」

「んだとこの単細胞っ!」

「何よ!  やんの!」

 とうとう二人はこのクソ暑い東京の町の道端で立ち止まって熱い口喧嘩を始めてしまった。

「いやぁ毎度のことながら、アイツらの口喧嘩はすごいなぁ安徳」

 二人の喧嘩を止めることなく眼鏡をかけた男は隣にいた佐々木安徳に話しかけた。

「貴方の言う通りですよ。泰平」

 安徳は少し呆れ返って後藤泰平に言った。そのまま放っておけばそのうちこの暑さで止めるだろうとたかをくくっていた。

 しかし、口喧嘩は数十分経っても止まることはなかった。

「なあ、そろそろ止めた方が・・・・・・・・・」

と泰平は安徳に提案するが、その安徳の眉間にしわがより、こめかみの血管がぴくぴくと動いているのを見て、泰平は顔が青ざめた。

「えぇ、私もそうしようと思っていたところでしてね・・・・・・・・・」

 彼は左手に持っていた愛刀『長光』の鞘を抜いた。

 この太刀は、その昔さる高貴な剣士が愛用していたもので、それを彼の先祖が賜ったと言われているらしい。しかも、号がついているもので世間では国宝ものの太刀なのだ。

 安徳は右手に長光を持ち二人に近づいていったが口喧嘩に夢中の二人はそれに気づくはずがなかった。

「大体、アンタはいっつもそうなのよ!」

「ざけんなっ! それはテメェ・・・・・・だ・・・・・・・・・」

 二人のまさに眼の前に、太陽光にその刀身を輝かせた長光が姿を現し、二人の顔から一気に血の気が引いた。

 事の事態を理解した二人がぎこちなく首を向けると、そこには安徳が微笑んでいたが、その後ろに怒りに燃えた般若がいた。

「龍二、達子。いい加減になさい。さもなくば、我が長光の錆にしますよ」

短くそう告げた。

 二人はガタガタ震えながら

「わ・・・・・・分かった。分かったから、ね?」

「だ、だからそれ、引っ込めてくれ。もうやらんから・・・・・・な? 安徳さん」

 必死に命乞いした。その為には土下座もいとわない。それだけ彼を怒らせると恐ろしいのだ。

「分かればよろしい」

 安徳は素直に長光を鞘に入れた。

 ほっとするのもつかの間。

「龍二。貴方のお陰でとんだ時間を喰ってしまいました。さっさと貴方の家に行きますよ。早くしないと・・・・・・・・・」

 彼が長光の鯉口を切った音が聞こえた龍二は

「はいっ、わかりましてございます!!」

斬られまいと先頭に立って歩き始めた。






 品川。その一角に馬鹿でかい敷地を有する古風な屋敷が龍二の自宅である。 

 家に着くと、龍二の父で隣接している『進藤槍道場』師範・進藤龍造と妻で副師範・進藤奈未が出迎えてくれた。彼らは二階の龍二の部屋へと入っていった。

 彼ら四人は小学校からの馴染みであり、先祖が昔の中国三国時代の英雄であることもあってかすぐ仲良くなった。

 四人は安徳の父で警視総監兼警察庁長官・佐々木徳篤ささきのりあつが経営する剣道場で剣道を習い、龍二はそれに加え父のもとで槍を習っている。剣の方は徳篤の教えが巧いため、みるみると上達していき大会では連戦連勝。それは高校でも変わらなかった。

 彼の部屋にはいるや、達子は机の上にある遺影に

「一兄ぃ。また来たよ」

と微笑みかけた。

 遺影の主は三年前に他界した龍二の兄・進藤龍一という。彼は文武両道の、いわゆる天才であった。生前は道場の師範代を努めていて大学も超一流名門大学に首席合格。大学の剣道大会でも優勝常連でその圧倒的強さから『現代最強の大学生剣士』と称されたほどであった。が、三年前、悪質な飲酒運転の交通事故に巻き込まれ帰らぬ人となってしまった。

 三人は彼の部屋を訪れる度に遺影に挨拶をすることを忘れたことはない。

 『一兄ぃ』とは可愛がられた三人に親しみをこめてつけられた龍一のあだ名で本人も気に入っていた

 彼の部屋には龍一がよく好んで使っていた家宝が片隅に飾ってあった。名を『龍爪』というその槍はその昔、先祖が使っていた名槍であると父がいっていた。

 ちなみに、もう一人この家には故人になっている龍二の姉がいるらしいが、彼らはあったことがない。

 四人はクーラーの効いた部屋でそんな思い出話に浸っていた。

「楽しそうだね」

 突然知らない男の声が部屋の中から聞こえてきた。振り向くとドアの方に男が立っていた。

 銀かかった白髪、神主風の服を着て、腰には剣を佩いて双眼を閉じているその男は、うっすら笑みを浮かべていた。一体どうやって自分達に気付かれずにこの部屋に来たのか分からなかった。

「誰だ、アンタ」

 龍二が男に言うも男はただくすりと笑うだけだった。

「貴方、この世界の人間ではありませんね」

 安徳が冷静に言うと、男はあははと笑いだした。

流石劉安徳リィゥ・アンデェ゛ァ君。お見事」

 四人の目が大きく見開いた。

 彼らの先祖は海を越えた大陸で名を馳せた一族であり、少し時代が経ってからこの国に渡来してきた。以来和名となって暮らしてきたが、先祖の姓も同時に受け継いできていた。このことは一族以外誰も知ることがない。

 何故この男は自分達の本姓を知っているのか?安徳の言う通り、この世界の人間ではないように思えてきて気味が悪かった。

「驚く事はないでしょう。趙龍二ヂャオ・ロンェ゛ァー君、周泰平ヂョウ・タイピン君、司馬達子スーマー・ダーズー君。私は君達のことなら全て知っているからね」

 悪寒が走った龍二は男に殴りかかったが、拳が触れた感触はなかった。既に男はそこにいなかったのだ。どこだと探しているとその男は龍爪の近くにいた。

「へぇ、まだ新品同様の輝きを放つか。うれしいね」

などと呟いてからいかんいかんと首を振り

「こんなことをしている暇はないからね。ちょっと荒いけど急がせてもらうよ」

 四人には男が言ってる意味が理解できなかった。一体何を急いでいるのだろうか。

「破っ」

 男が手を水平に切って叫ぶと、突然床に大穴が開いた。ここは二階なのにだとかこの下はどこに繋がっているのだとか諸々を考える暇も無く、四人はその穴から真っ逆さまに落ちていってしまった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────」

 四人の絶叫が空しく穴の中で響き、やがて消えた。

「全く、随分と手荒いやり方じゃな。白朱はくす

 穴の上に浮いている男に、いつの間にか現れた、彼と同様に浮いている男女四人組の中で、青髪・青眼で青き鎧を身につけた男が嘆息する。

「こうでもしないと時間が勿体なくってね」

 男―――白朱は悪びれる様子もなく平然と言ってのけた。

「ふん、また面倒なことでもしでかしたんじゃろ? お主がこうするってことは」

「え~。またなの~?」

 小柄で緑眼の少年が不満そうに頬を膨らませる。

「今に始まったことじゃないでしょうに」

 少年を朱髪・赤服の女がたしなめた。

「では皆さん。彼らのこと、頼んだよ」

「言われなくとも分かっている。

───ちゃんとあれは送ってあるんだろうな?」

 白髪で薄黄色眼の男が言うと

「当然」

と白朱が言うと男女はふっとその場から消えてしまった。

「───さて、私も戻るとするか」

 独り言を言い男もその場から消えてしまった。

 彼らが去ると、さきほどの大穴はきれいさっぱり消え失せていた。








 龍二が眼を覚ますと、そこは見渡す限り渇れ果てた大地が広がっていた。そこにひとつだけぽつんとある岩の上に、片膝を折り曲げて座っている青き鎧の男が眼に入った。

「ようやく眼覚めたか。趙子龍が末裔よ」

 龍二は驚いた。さっきの男といい、この男といい、何だって自分が三國志の蜀将趙子龍の末裔ということを知っているのだろうか。

「アンタ、誰だよ」

 龍二は警戒の念を強めながら男に訊いた。

 クククと笑って男は岩から降りた。

「わしの名は青龍。『龍爪』に宿り、代々お主の家に仕えておる者じゃよ」

「龍爪に・・・・・・だと?」

「おぉそうじゃ。わしはお主の祖の代より仕えておる。『四聖』……という名を聞いたことはないか?」

「・・・・・・そういや、親父からそんなこと聞いたことあるような?」

 龍二は曖昧に答えた。昔にそんなことを聞いていたような気がしたが、よく覚えていない。

「んで、その青龍が、俺に何の用なんだ?」

「何じゃ。あやつ何も言うておらんのか」

 青龍は盛大なため息をついて額に手を当てた。

「・・・・・・ったく。──まずは、お主がこれから行く所からじゃな」

 青龍はめんどくさそうに説明を始めた。

「お主は今『異世界』に向かっておる。簡単に言えばお主の世界とは別の世界よ。そこでは、魔法やらなんやらおよそお主の世界では有り得ぬことが起こるということを知っておいてくれ」

「はぁ・・・・・・・・・??」

「そこへ行き、ある男を討ち果たしてもらうのが、お主達が連れてこられた理由よ」

「ちょっと待て。俺ら魔法とか使えねぇのに、そんなとこでどうやってその男を討てってぇんだよ」

 すかさず龍二はツッこんだ。すまんすまんと青龍は素直に詫びた。

「わしらも一応魔法に似たものが使えるのでな。それで、お主らを助けてやろうぞ」

「わしら? アンタの他にいんのか?」

 龍二が訊くと、おうと青龍は答えた。

「お主と共に来た者共の武器に他の『四聖』が宿っておるのじゃよ」

 龍二は分かったような分からないような顔をしていた。青龍は「今はそやつらがいるということが分かればよい」とだけ告げた。

 その後も、青龍があれこれと簡単にこれから行く世界についてや自分の能力やらを解説してくれている中、龍二はじっと青龍を見ていた。

 青眼青髪。いや、蒼眼蒼髪の方が相応しいかもしれない。顔立ちから自分より年上だろう。後々で考えれば自分の先祖と言われている趙子龍の頃から仕えているそうだから当たり前の話だった。話し方はなんかジジクサイが、その身体からは常人なら触れただけで気絶しそうな覇気を放っているようで、その強さは容易に想像できた。

 青龍の話を聞いてほんの少し思い出したが、父・龍造の話では、確か青龍は『蒼炎』という蒼き炎を使うとか言っていた。

 そしてある疑問が沸き上がったので聞いてみることにした。

「なあ青龍。アンタ、さっきある男を討てって言ったよな?・・・・・・ってことは、それまでに何人か人を殺すことになるのか?」

 青龍はしばらく沈黙してそれに答えた。

「そうなるが・・・・・・嫌か?」

「いや・・・・・・・・・」

 嫌かと聞かれれば正直嫌だ。今にしてもそうだが、人殺しなどはおよそ自分達の世界では常識的に考えられないことだ。

「嫌なら今ここでそう言え。戦闘になったら、わしがお主の身体を借りて戦ってやるぞ」

 青龍は龍二にそう提案した。その提案は確かに嬉しい。自分の知らないところで済むならそれに越したことはない。だがしかし・・・・・・・・・。

 暫く考えた後、龍二は彼の提案を拒否した。

「いや、それはいいや。あのふざけた白髪野郎がよく分かんねぇけど俺達に助け求めてきたんだろ? だったら俺らがそれやらなくちゃならねぇんじゃねぇか? それに、ここでの経験がもしかしたら俺達の世界でも役立つかもしれねぇし」

 そう言って、龍二は少し笑っていた。

 それを見た青龍は心底嬉しそうであった。

(ふん、血は争えんな。あの者達によう似ておるわ)

 流石、かつてその存在を世に轟かせた二人の血を継いでいることはある。

「なら、わしは基本はお主へのサポートに徹するとしよう。実戦───といったところでお主の場合は精々稽古や大会くらいであろう? 血生臭い戦争を経験したことはなかろう。故にわしがお主に憑依して指示を出し、お主を敵の攻撃から守ってやろろうというわけじゃ」

「ん、分かった。そうしてくれるか」

 あぁそうそうと龍二はついでに

「なぁ、アンタの『蒼炎』って俺にも使えるのか?」

と青龍に訊くと

「───今はまだ無理じゃな。が、じきに使えるようになろうよ」

と答えた。

 途端龍二の眼の前が白くなり始めた。

「ふむ、そろそろか・・・・・・・・・」

 青龍は一人呟くと龍二に別れを告げた。

「また、会おうぞ」

 やがて何も見えなくなった。









「・・・・・・ろ。・・・・・・きろ。起きろ、このバカ龍二!」

「誰がバカだコラぁ!」

 泰平の怒声に近い声で龍二はすっきり眼覚めた。太陽が眩しかった。

 バカにされた怒りの最中、右手が何かに触れている感覚があったので、そこに眼をやると、彼が手を触れていたのは進藤家の家宝・龍爪であった。そこから眼を四方にやると、周囲は荒れ果てた大地に、所々に枯木が生えていたり石が転がっているだけの、砂漠のような大地が広がっていた。

「ねぇ、アンタも『四聖』の誰かと会ったんでしょ?」

 達子の突然の問いに、龍二は思わず

「ふぇ!?」

というすっとんきょうに間抜けな声をあげてしまった。

「何すっとんきょーな声出してんのよ。あたしらだって『四聖』に会ったんだからね。聞いて当然でしょ?」

(あぁ・・・・・・そういやぁ、んな事青龍が言ってたっけ)

と思い返し

「あぁ、会ったよ。『青龍』ってんだ。龍爪コイツに宿ってんだってさ」

 龍爪を指しながら龍二は告げた。

『よぉ、お主ら、元気そうじゃの』

 突然龍爪から青龍の声が聞こえてきた為、龍二はびっくりしてその勢いで龍爪を投げてしまった。

『誰が己の武器を手離す者がおるか、馬鹿者がっ』

 青龍が龍爪の中から叱り飛ばした。それを見ていた三人はゲラゲラと笑う。

 青龍が叱っている時に、彼が宿っている龍爪がまるで生きているように跳ねていたのは皆スルーした。

『うん。元気だよ。青龍』

『・・・・・・先程会ったがな』

 泰平らの武器からも、龍爪同様声が聞こえた為、龍二は眼をぱちくりさせている。

 どうやらその声の主が先程青龍が言っていた残りの『四聖』という者達のようだ。

『たっちゃん、アンタもさっきあの子と全くおんなじ反応したんだから、人のこと言えないでしょ。ほら、とっととあたしを紹介するっ』

 達子は持っている剣にポカッと叩かれ、そう言われたので恥ずかしい思いをしたらしい。「うっさい」と一喝して渋々紹介する。

「あたしのこれは『朱鋭しゅえい』っていって、司馬家の宝なのよ。それで、これには『四聖』の朱雀が宿っているのよ」

 そう早口で一息に言ってのけた。

『はい、オッケー。 ってわけでヨロシクね、龍二君』

続いて泰平。彼のも剣である。

「僕のは『玄上げんじょう』。周家の宝さ。斬れ味は極上級なのは保証するよ。んで中に宿るのは『四聖』玄武。こいつがまたかわいくて人なつっこいのなんの。

───それと、何故か札が大量にあんのよ」

 そう言って、泰平は懐からこれでもかってくらいの札を出して見せた。

『ヨロシクねぇ~龍二ぃ~』

 玄上から聞こえてきた声はなんともまぁ可愛いもので心が何故かキュンとなった。

「・・・・・・札、ねぇ」

 泰平の母方は高名な陰陽師一族らしくその力は天下一品である。その影響か、彼も幼少から習っていた、元々才能があったのか力は家で一・二を争う力で時折そういった関係のの仕事にしばしば行っているのを彼らは知っている。

「さて、私のは・・・・・・・・・」

 安徳が紹介を始めようとして手に持ったものを見てすかさず龍二はツッコんだ。ツッコまざるを得なかったのだ。

「ちょっと待て。何でお前だけ日本刀二本なんだよ? この流れだったら普通剣だろ!」

「・・・・・・そんなこと、私が知るわけないでしょう?」

と恐ろしい顔で睨みつけたので怖じ気づき、すぐに謝った。

「私のは日本刀二本ですね。右手の方は銘を『長光』と言いまして、その昔、さる高貴な方から私の先祖がもらったそうですよ。こちらは銘を『宗兼』。こっちは代々父方の宝とされています。それで、この宗兼の方に『四聖』白虎が宿っていますね」

『・・・・・・よろしく頼む』

『はっはっは。相変わらず口数が少ないのぅ』

 青龍が龍爪の中で笑うが龍二はたまらず訊いてみた。

「あの・・・・・・白虎、さん? 何で刀に? 確か、劉家には確か『虎狼鉄』があったはずでは・・・・・・・・・」

 安徳の家には家宝が二つある。『長光』『宗兼』は父方の宝、『虎狼鉄』は母方、劉家の宝である。どちらも二対につい一体のものである。

 白虎の返答は彼の問いに答えうるものではなかった。

『さあ・・・・・・俺にも分からん』

 自分から聞いといて龍二は気まずくなってしまった。

「ふふふ・・・・・・ククク」

 突然、安徳の不気味な笑いが聞こえてきたので、三人は不思議と嫌な予感しかしなかった。

彼がこのような笑い方をする時は、大抵恐ろしいことかとてつもなく鬼畜じみたことを思いついたのか、それとも堪忍袋の尾がぶっつり切れたかのどちらかである。

 龍二はこれから戦場に行き、人殺しをするかもしれないということに多少なりとも不安を抱いている。そういった時に、『鬼の風紀委員長』がどう思っているのか知りたく、かつこの笑いはどういう意味なのか知りたく、恐る恐る聞いてみた。

 答えはある程度予想していたのだが・・・・・・・・・

「あ、あのぅ・・・・・・安徳さん? これから、もーしかしたら人殺しをするかもしれないわけなんですが・・・・・・躊躇いは無いので?」

すると、安徳は更に不気味な笑いでこう答えた。その答えは龍二の予想を超えるものだった。

「躊躇い? ハン、そんなもの微塵もありませんよ。

───最近、遅刻していながら堂々として教室に入ったり校則を平気で破りやがったり、とにかく風紀を乱す愚か者が大勢いやがるものですからものすごいイライラしていましてねぇ。ちょうどいいストレス発散が出来そうでウズウズしているんですよ・・・・・・ククク」

───あぁ、最悪の悪魔がご降臨なさった。

 三人の身体が小刻に震えだした。ここにいる自分がこの先起こるであろうことに対して涙していた。

 今眼の前にいる安徳は自分達がよく知っている安徳ではない。人の皮を被っている極悪な悪魔だ。と同時に、今までよく凶行に走らずに耐えてたなと逆に感心してしまった。

 かといって、彼への恐怖が消え去ったわけではない。

「さて・・・・・・皆さん。とりあえず、どこか町へ行きましょうか・・・・・・んふふふ」

──今逆らえば確実に殺られる。

 三人の第六感が緊急警報をやかましく鳴らしていた。それも今までの比ではない。般若を伴わせたその極上の笑顔は漆黒に染まっていて、暗黒などは逃げそうなくらい不気味そのものだった。

「どうしました?・・・・・・さあ早く」

 今の龍二らは安徳に逆らう気は更々ない。むしろ、わざわざ今の彼に逆らって死ぬ気は毛頭ないと言った方が正確なのかもしれない。

(どうか、あいつの狂喜が起こらずこのまま何事もありませんよーにっ!)

 既に三人の心の中にはひとかどならない不安が抱かれていた。彼の凶行が起これば一体どんな悲劇が起こるか想像するに難(かた)くない。

 後ろの三人の思いなど露知らず

「さて・・・・・・獲物はどこですかな・・・・・・んふふふ」

安徳は獣の如き瞳で辺りを見回しながら、獲物を探して町へ適当に進んでいった。

(着いて早々、一波乱がありそうじゃな・・・・・・・・・)

 龍爪の中に宿る青龍はやれやれとため息をついて彼らの行く末を案じずにはいられなかった。

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