番外編 市役所マン

今回は回顧録となり日常でもない。

不定期実話のコンセプトからは逸脱する。

だが日々薄れていくあの日のことを何処かに記さねばならない。

よって、どうかお付き合い願いたい。

尚、この「記憶」には失われ、都合が良い様に補間、美化された部分がある。

未知の災害への対応も現在は変わっている。

当時、頭の中には「津波」など全くない。

その点、ご了承いただきたい。


さて、時は1995年1月17日である。

5時47分、私は宙に浮いた。

仰向けに寝ていた私は上に飛ばされたのである。

その後、激しい横揺れが襲う。

布団で頭を保護し兎に角、時が過ぎるのを待つ。

揺れが収まった後、非常用の携帯蛍光灯を持ち家族の安全を確認する。

どうやら全員、助かった様だ。

そのまま被害を知るため外へ向かう。

ガス臭い。

隣だけ明かりが点いている。

同様に外へ出ていた人から非常用電源で稼働していると知らされる。

どう見ても修復できそうにない家々の中。

申し訳ないが我が家は大損壊には至らなかった。

直前に大量の地盤硬化剤を打ち込み頑丈な鉄筋基礎を組んでいる。

効果はあった。

次は街の状況把握と物資の確保である。

ガレージの邪魔物を取り払い妹を助手席に車を出す。

十数メートルで異変に気付く。

道が大きく波打っている。

慎重に車を進める。

数百メートル走って破断したガス管から高々とあがる炎柱に行く手を阻まれる。

迂回する。

スーパーのガラスはこれでもか、というくらいに破壊し尽くされている。

新幹線の軌道が堕ちている。

コンビニが見付かった。

明かりはないが人の姿はある。

入ると電気が来ていない店内で電卓片手に店員が接客に追われている。

床からミネラルウォーターを数本入手し次へ向かう。

しかしあの店員は自宅の安否を確認したのだろうか。

ディスカウントショップに着く。

やはり被害を知りに来たと思われる関係者が見える。

水を入れるポリタンクがあったので売ってもらおうと交渉する。

「500円で良いよ」

助かる。

他の戦果は覚えていない。

帰宅。

電気が回復した。

テレビが映し出す、この世をぼうっと眺める。

感想など無い。

当然の様に父が告げる。

「車を出せ、市役所へ行く」

ちょっと待て、現在、見ただろう。

阪神高速は倒壊し、二号線は動かない。

山麓バイパスの状況も分からない。

父は続ける。

「市民のため一刻も早く登庁せねばならない」

「途中から歩いてもいいから乗せていけ」

当時、父は市役所本庁勤務の神戸市職員だった。

真面目しか取り柄のない彼を説得するのは気が引けた。

いや、説得などしてはならない。

公務員の務めである。

寧ろ短時間とはいえ市民を思わず父を放置した事を恥じる。

道は旧神明を選択した。

唯一、情報がなかったからだ。

発つ。

道路上に崩落した家が出始めた。

南へ曲がり山電の踏切辺りで動きが鈍くなる。

交差点で消えた信号による譲り合いが生じたためだ。

トランクをバッサリ切り取られた車が散見される。

倒壊した住宅にでも持って行かれたのだろう。

原付ノーヘル三人乗りが警察官に止められている。

咎められているのではない。

警察官は先の状況を説明し、

「気を付けてな」

と笑いかけた。

ふと周りを見た。

みんな笑顔だ。

裸足で道行く人、ガラスがない車の運転手、警察官。

ミラーに映る私も微笑んでいた。

人間、遭遇したことがない状況に置かれるとこうなるのか。

車がゆっくりとだが流れ出す。

亡き信号機に代わり通行車による自律信号が形成されたらしい。

譲り合いが要領良くなったのだ。

また警察官を発見したので事情を話す。

彼曰く「一番速い道」に案内される。

阪神高速の下に出た。

正しくは横、か。

右側は折れた、或いは折れかけた高速、左にも一階二階が押し潰されたビル。

「本当に大丈夫なのか」

警察官を疑うわけではないが不安がのしかかる。

しかし道は空いている。

当然かも知れない、こんな道、勧んで選ぼうとはしないだろう。

光景を虚ろに見つつ元町辺りまで来た。

やがて父が口を開いた。

ここまで車内は無言である。

「降ろせ、後は歩いて行く」

確かに東遊園地に近いところまでは来ているので大丈夫だろう。

別れを告げ帰路につく。

来た時とは異なり渋滞でどうにもならない。

三度目の警察官が右折する様、指示した。

長田である。

道の両側は火の海だ。

水を持たない消防はガソリンスタンドの周りを警戒している。

動かない。

前進しない。

熱い。

このままでは車を置いて逃げるしかない。

何度もそう思ったが脱出を果たす。

その後の経路について全く記憶がない。

ダメージを受けない様、脳が惨状の記録を拒否したのかも知れない。

何時頃だろう、夜遅く我が家に辿り着いた。

午前中、早くに父を届けたのだから帰りが長すぎた様だ。

翌日から灯油ストーブで調理し、電気ポットのお湯を延ばし風呂を浴びる生活。

父からの連絡はない。

何もなければ連絡など取る人間ではない。

二週間が過ぎた。

復旧を急ぎ道路に群がる人々の映像。

電話が鳴った。

「吐血し中央市民病院に運ばれました」

液状化が残る港島に彼はいた。

一日中市民に対応し、コンクリートの床で仮眠を取るだけだったという。

言葉少ない父から得られた情報はそれくらいだ。

あっぱれ市役所マン。

と言ってやりたいところだが、救急車のお世話になったのではダメだろう。

それからどれだけ経ったかまた記憶にないが、父は帰還した。

珍しく喋った。

「ヘリで吊して、おにぎりを運ぶなんて何を考えているんだ」

「全部、凍って食べられなかったぞ」

その言葉だけが残った。

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