魔王の従者ー彼女と世界の天秤ー
不適合作家エコー
オープニング
僕は彼女が好きだ。
なのに、どうして、彼女より大切な事が存在しないと気づくのにこんなにも時間をかけてしまったのだろう。
……
彼女の名前は月影真央と言う。
僕、洗馬杉雄とは幼馴染みで、3歳年上という事もあってか僕は弟の様に可愛がられていた。
(嫌だな……)
「どうしたのセバスちゃん?」
「……ううん。なんでもない」
本名をもじった僕のあだ名は少し情けくて嫌だ。
僕は真央が好きだけど、真央は僕をどう思っているのか分からない。ただ、いつからか真央が僕と親しくする感情はまるで弟に向けるものであって、僕を男の子としては見ていない事に気がついてしまった。
「ねぇ、一緒にドッジボールしよ?」
「うん……でも僕ドッジボールはあんまり得意じゃないんだ」
「いいよ。みんなで遊べばなんでも楽しいよ」
「でも……ううん。そうだね」
2人だけで遊びたかったけど、言えなかった。
ましてや真央が好きなんて本人に絶対言えないし、あだ名が格好悪くて嫌い。……そんな事さえ僕は彼女に面と向かって言えていないんだ。
それに、ドッジボールは嫌いだ。
背が低い僕はいつも初めに外野に行く。みんなより投げる力が弱いからあとはずっとボール拾いしか出来ない。低学年の僕と高学年の真央や真央の友達との力の差はそれ程に圧倒的だ。しかも明るくて元気な真央は人気者みたいで、みんなで遊ぶときの顔ぶれはいつも半数くらいがはじめましてで、男友達も多いみたいだった。
僕は、いつから彼女のことが好きなのか分からない。
人形みたいな長くて綺麗な黒髪、運動が好きで髪をなびかせながら僕に駆け寄ってくる姿が、僕が覚えている1番古い彼女との思い出で、僕はその時にはもう彼女を好きだった様に思う。
だから僕の目には真央がいつも素敵で可愛く見えていた。
ずっと真央の顔を見て話が出来るから一緒にしたおママごとはとっても楽しかったし、何もできないけど、運動会で泣いていた真央をどうにか励ましたくて必死になった。テレビゲームに夢中になる大人気ない彼女も、BBQで急ぎすぎて喉を詰まらせたりした時の姿まで僕は月影真央が大好きだ。
……だから、高学年になった僕は焦ってしまった。
僕にはもう時間がないからだ。
……
「セバスちゃん? 大丈夫? また手が痛いの!?」
「うぉおおおおおおお!! 右腕に封印したナントカカントカがっ!!」
僕は、小学4年生にして厨二病を発症した。
僕と真央の家の間にある歩道でうずくまった僕は包帯を巻いた右手を空に翳してそう叫んでいた。僕のした背伸びは間違っていたかもしれない。実際、彼女はいつも困った顔をしていたのだけど、ひとつだけいいわけがしたい。なぜ、僕がこんな背伸びをしてしまったかと言えば、僕が高学年になる時に知ったある事が原因なんだ。
僕は気づいてしまったんだ。
子供にとって真央と僕の3歳という歳の差がどれほど遠いものであるかに……
……
僕がそれに気づいたのは、小学校の体育館で行われた真央の学年の卒業式の日だった。
「真央、卒業おめでとう」
「ありがとうセバスちゃん。これから学校では会えなくなるの……寂しいね」
「え……? あ、そっか。そうだよね……そっか」
その言葉は僕にとってあまりにも残酷だった。
僕が小学校の高学年になる日、彼女は中学生になる。彼女の卒業式、制服からピンとした襟のまっ白なカッターシャツを覗かせ、丈の長いスカートを着た彼女は、お母さんが選んだTシャツを着ている僕とはすごく遠い世界に行ってしまった。そんな気がした。
「そっか。もう学校に真央、いないんだ」
明日からだけじゃない。これからずっとだ。
僕が卒業してもそれは続く。だって僕が中学生になる時は、真央が中学校を卒業する時なんだ。
「嫌だ……待って!僕を置いて行かないで!!」
……
正しい事ではなかったけど、僕はどうしても彼女に振り向いて欲しかった。
ただその為に叫んだ僕の言葉が本当になる事なんて誰も望んでいないのにだ。
「近づくな! 封印が解ければこの腕から刃の様な翼が飛び出して……」
「飛びだ……え?」
さっきまで真央の着ていた、真新しい制服が破れて周囲を舞っていた。
【バサッ】
翼が動く音だった。
それは、人の背中に大きさをあわせたみたいな大きな蝙蝠の様な翼だった。つまり、翼が生えるという僕の言葉は現実になった。ただ、それは僕の腕ではなくて月影真央、彼女の背中に生えてしまった。
「ぇ?」
彼女は何が起きたか分からず呆然とした。
破れた制服を両腕で押さえて胸元を隠したまま動かない彼女に変わり僕が叫んだ。
「えええええええ!?」
……
そのあとの事は、大変だった。
叫び声を聞きつけた人達にそこで起きた事を説明して、その誰かが真央の両親が呼んでくれた。現場にいたからと同行をお願いされて向かったのは病院だったけど、どうしてこうなったのかは何も分からなかった。翌日にはテレビ局の人が沢山、真央の家に来た。
「ええ……突然のことで……」
「原因はまるで分からなくて……」
両親は質問攻めにあい、真央は姿を見せなかった。
僕もそれに賛成だ。だって今質問している人たちは面白がっているだけだって事が僕にも分かる。特にカメラがない時に聞こえる声は絶対真央に聞かせたくないものだった。
「この現象、魔物化って言うらしいぜ。メディア的には美味しい名前だよな」
「猫耳より流行るんじゃないですか? だってナマですよ?」
「でも本人出てこないとなぁ……それに蝙蝠の羽だっけ? それってなんか悪魔っぽくない?」
誰も真央のことを心配してなんかいなかった。
その人たちが帰ったあと、真央と真央のお母さんが僕を家に招いてくれた。
「……ありがとうね。杉雄君は今も真央と遊んでくれるのね」
「え?……あぁ……」
真央のお母さんは少し痩せていた。
もともと細身で真央が大人になって、髪を短くしたらこんな感じになるんじゃないかと思うような美人のお母さんだったけど、今のお母さんには目の下に隈があってとても弱々しい雰囲気がした。だから、この事が深刻らしい事は小学生の僕にでも分かった。
「学校の友達は、みんなコレを面白がっちゃうし……それに……」
「あの……服?」
おずおずと言った僕の言葉に真央が恥ずかしそうにうなづいた。
だって彼女らしくない服装だった。背中のあいたワンピースを着ている真央なんて初めて見たんだ。真央は、女の子らしい遊びより運動が好きだったし、身体が女性らしくなってきた頃からは運動のしにくい服装を嫌っていた。そんな彼女がそれを着るのは多分、あの日制服の背面を破いて生えた、その翼が原因だろう。
そして、彼女らしい事だけど、その翌日にはもう学校に行ったらしい。
露出の多いこんな服装で、翼をつけたまま同じ制服の学生が集まる中にだ。
「数日、だけだったけどね……でも、それでいいと思うの」
真央のお母さんは小さくため息を吐いた。
オモチャにされるくらいなら学校なんか行かなくていい。その言葉には僕も賛成だった。でも、このままではいけない。
「杉雄君、これからも真央と外で遊んでくれる?」
「もちろんです」
今のところこの病気【魔物化】が治る方法は分かっていない。
なら、この翼をはやしたまま生活していくしかない。だったら、いつまでもこんな事で真央がオモチャにされて良いわけがない。いつか、なるべく早く、みんなが真央の翼を気にしないで遊べる様にする。僕はその第一号になるんだ。だって……
「ありがとう! セバスちゃん!!」
だって、家の中でじっとしているのは彼女らしくない。
今、彼女が僕の返事に目を輝かせて今日1番の笑顔を向けているのが何よりの証拠だ。僕は強く握られた真央の手に内心ドキドキしながら彼女と一緒にいる事を決めた。
次の日、走って下校した僕は真央を家から連れ出した。
行き先は家の近くの商店街だ。日暮れの遅い夏、まだ太陽は白く眩しい時間だけど、商店街にはあまり人がいなくてシャッターのしまったままのお店も多い。ここを選んだのは真央のお母さんの希望で、お小遣いももらっていた。今日は真央と2人で彼女の家の夕食に好きなものを買う予定だ。多分、お母さんがこの商店街を選んだのは人が少なくて外出に慣れるのに1番良いと思った事もあるんだと思う。
「真央はカレーが好きだったよね?」
「え? 覚えてたの!?」
「へへ、もの覚えはいい方なんだ」
覚えていたのは、当たり前だ。
好きな子の好物なんて1度聞いたら忘れる筈がない。それどころかカレーは何度も家で練習した料理で、僕の作るカレーの味には結構自信がある。因みにこれは僕の好みだけど、カレーに入れるじゃが芋は別で茹でる方がカレーを煮込んでも形が残って美味しい。僕が真央を好きな事も、真央の好物だから覚えていたなんて事も口に出せない僕だけど、今日は真央のお母さんのカレー作りも手伝って、彼女に良いところを見せるまでが僕の計画だった。
「おい、お前が真央だな!?」
嫌な予感がした。
僕より年下に見える男の子だったけど、僕たちに、特に真央にあまりいい印象がない事は表情と声色でわかった。
「な……なんだよ急に」
「お前のせいでウチの兄ちゃんがマラソンでケガしたんだ。謝れよ」
「え? ……それ、どういうこと?」
戸惑いながら聞き返す真央は彼のことを知らない様子だった。
初対面なら、なぜ真央のせいになるのかは分からないが、どうも言いがかりらしい。
「ねぇ君、初めて会ったのにどうしてそんな事決めつけれるのさ」
どうせ勘違いだと思った。
だから僕は強気に彼女を守ろうとした。
「ウチの父ちゃんが言ったんだよ。気味の悪い羽が生えているんだから悪いことを起こすに決まってるって!! だから兄ちゃんのケガもお前の仕業だ!!」
「なっ……!!?」
あまりにも信じられなかった。
多分それは彼の家で普段からされていたお茶の間での陰口で、それをこの子が信じて今、真央にぶつけているんだろう。僕は、真央を庇う事も彼に反論する事も出来なかった。大人がそんな汚い陰口を言っているなんて信じられなかったし、そんな酷い事を知ってしまった真央にどんなフォローをしていいかなんて思いもつかない。
「おい、どうしたんだ?」
騒ぎを聞きつけて何人かの大人が来た時、僕はホッとした。
「なるほどね……でも原因不明の病気だもんね。……不気味よね」
「……え?」
期待とは違った。
僕たちを助けに来たと思ったおばさんが言った言葉は少年の言葉よりも酷くて、目が、僕たちを疑っていた。だから、次に声を出したおばさんの夫を見た時も目を見てすぐに気づいた。
「お前ら、やめないか……」
「……」
「感染するかもしれないだろ? 関わらない方がいい」
「……何……言ってるんだよ……」
言葉より先におじさんの無関心な目が言っていた。
関わらない方が良いと言っていたし、真央がどんなに傷ついても関係ないと、おじさんの目は、僕たちの全てに無関心を決めた目だった。
何を言っているのか、そんな酷い事があっていいのか。
彼女は、今日どれだけ勇気を出してここに来たのか、彼女のお母さんがどれだけ考えてこの場所を選んだか、この人達は分かっていない。怒りたい、教えてやりたかった。
でも、僕には勇気が足りなかった。
僕はおじさんにも、真央にも聞こえない声でそう言うことしか出来ず、そのあとの僕は真央の顔を見る事も出来なかった。その日の帰り道は僕たちは一言も話せなかったし、結局買い物は何も出来ないで帰ってしまった。
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