第13話 「だ…誰や。電車の方が空いてる言うたの…」

「だ…誰や。電車の方が空いてる言うたの…」


 ギュウギュウ。


「おかしいな…平日の昼間なのに…うっ…何か…イベントでもあっ…」


「イベント?今日は平日やなくて日曜やからちゃうんか。」


「あっ。」


「何があっ、や。」


 俺とナッキーは、ナオトのバイト先に行くべく電車に乗り込んだ。


 て言うのも…

 ナオトがピアノを教えてる子の家にある録音機器。

 家主が買い替えを機に、古いやつを俺らに譲ってくれる事になったからや。



 車で行こう言うた俺に対して、電車の方が空いてるから。て、電車を選んだナッキー。

 帰りはナオトの車で帰ればええから、と。

 ホンマ…ナッキーは頼れるええ奴やけど、たま~にこんなボケた事しよる。


 電車は乗り慣れてへん…が…

 俺らの周り、若干空いた気がするのは…見た目のせいやろか。

 人がなだれ込んだ瞬間はギュウギュウやったけど、ささっ…と俺らの周りだけ空間が…


「うおっ。」


 空いた思うたのも束の間、少しのカーブでそれは隙間も無いなった。


 ぐあ~…こ…これは…

 と、しかめっ面んなっとるとこに…


「……」


 めっちゃ俺を睨んでる女が…。


 …『ヨリコ』やん…

 で、隣には…るーもおる。


 バッチリ俺と目が合うた『ヨリコ』は。


「有名人だから電車なんて乗らないのかと思ってたわ。」


 気持ちええほど、嫌味を言うた。

 その剣幕に気付いたナッキーが。


「今のトゲのある言葉、もしかしておまえに言ってんじゃねーの?マノン、遊びも度を越すと痛い目に遭うからやめろよ?」


 鼻で笑うて、ナッキーの背後におる『ヨリコ』にも聞こえるように言うた。

 て事は…るーにも聞こえるっちゅー事で…


 あー…嫌やな…


「ま、良かったわ。るーの相手は『英雄ポロネーズ』が弾けないとダメなんだものね。」


「…何それ。」


「あんたのパパが言ってたわよ?」


「そ…そんなの冗談に決まってるじゃない。」


 …るーの声、こんなんやったっけ?



 あの公園の件から…当然やけど、木曜日に会う事はなかった。

 日野原の校門に立つ事もせえへんかった。

 …俺と関わったら、また…て、そんな気もしたし。



「あっ、君、もしかして『はじめてちゃん』じゃない?」


 突然のナッキーの言葉にギョッとする。

 二人に背中を向けてたはずのナッキーが、このギュウギュウな中で体勢変えて…るーを見…


 お…おいっ!!

 そない値踏みするみたいに見るんやないわ!!


「は…はじめてちゃん…?」


 るーの戸惑った声にハッとする。


「お…おい、ナッキー…」


「当たり?マノン、会えて良かったじゃないか。」

 あ…

 

 アホかーーーーーーー!!


 ここが満員電車の中やなかったら、いくらナッキーでも殴ったる!!


「あ、誰かと思ったら…よ…うぐっ。」


 俺の怒りをよそに、いきなり『ヨリコ』がナッキーの口を塞いだか思うと、この満員電車の人の中を泳ぐように移動してった。


 え…えええええ!?

 な…何で動ける!?

 この状況で!!


「……」


「……」


 取り残された俺とるーは、固まったまま…


 …とりあえず…


「…元気やった?」


 声をかけてみる。


「は…はい…」


 …はい…か。

 うん…やないんか…

 それだけやのに、めちゃくちゃ悲しゅうなった。

 仕方ないねんけど…



「…あん時は…悪かった。」


「……」


「俺に関わったら、ああいう目に遭うんやな…ショックやった。」


 本音をポツリと漏らすと。


「ああいう目って…」


 るーが、上目遣いで俺を見た。


「ひどい事言われたりするやん。」


「……」


「マリは…ナッキーの女やねん。」


「…え?」


「都合のええように、俺の女って事にしたりすんねんけど…」


「…都合のいいように…って、どうして?」


「ガードのためっちゅうか…」


「……」



 俺に関わったら…あかんよな。て思う反面。

 やっぱこうして顔見ると嬉しいし…話してくれるんも嬉しいし…

 また、公園で会えたり…って、もしかしたら…て。

 勢い付いた俺は。


「…次のライヴ、来てくれへん?」


 るーの顔を覗き込んで言うてみた。


 …けど。


「…頑張って下さいね…朝霧さん。」


『朝霧さん』て…

 つい、息を飲んだ。

 

 何でやろ。

 敬語使われるんが、こないしんどいなんて。



「るー…」


「楽しかったです。色々。」


「……」


「あたしにはないものばかり持ってる朝霧さんに、憧れました。キラキラした目が…素敵だなって。」


 それは…

 それは、俺の方や。

 赤うなったり青うなったり…

 真ん丸い目で俺を見上げて…

 手ぇ握ったぐらいで、泡吹きそうな顔したり…

 もしかして、俺にはない感動を一人味わってるんちゃうか?って。


 最初は物珍しくて落としてみたい…ぐらいの感覚やったのに。

 いつからや?

 いつから俺は…



「るー、聞いてくれ。」


「世界が、違うんです。」


「…るー…」


「あたしは、確かに初めてばかりだけど…それでも、一生懸命で…」


「……」


「朝霧さんには必要な、ガードのための恋人っていうのも…要らない世界だし…」


「るー、それはちゃうねん。マリは確かにガードやったけど、それは俺にちゃんと好きな女ができるまで…」


「あたしで試さないで下さい。」


「試しとらんわ。俺は、おまえが好きやねん。」


 るーが驚いて顔を上げて、目が合うた。

 俺はその目を気持ちを込めて見つめる。


 …そうや。

 俺は、るーが好きなんや。

 せやから…こんなに揺れてるんや。


 やがて、るーの目からは涙が溢れて。

 えっ…て俺が驚いてると。


「…世界が違うわ…」


 るーの小さなつぶやきが、俺の耳に届いた。


 …世界が違うって…


「な…んやねん、それ。」


 俺がそう言うた時には…

 るーは人波をかき分けて、停まった電車から降りて行った。



 気が付いたら俺も電車を降りとった。

 そんな俺を見かけたんか…ナッキーも降りて来て。


「なあ、もういいじゃないか。」


 るーを探し歩く俺の腕を取った。


「ナッキー、先に帰ってええよ。」


「何だよ。物珍しいから落としたいだけだっつってたじゃん。まさか、本気なわけ?」


 その言葉に…足を止めてナッキーを睨む。


「……」


「あれれー?何で黙るの朝霧君?マリが悲しむぞ?」


「…マリはナッキーの女やんか。」


「俺が何も知らないとでも思ってんのか?」


「……」


「俺がいない夜、おまえらやってんだろ?」


 これ言われたら…俺、どうなるんやろ思うてたけど。

 意外と動じてないなー。

 それが?て顔しながら、ナッキーを睨む。

 気付いてたんなら、ハッキリ言えばええやんか。

 マリは俺の女やって、俺を殴ればええやんか。


 …何もかも解かったような顔して…

 ムカつく…!!



「はじめてちゃんなんて、マリを自分から離すための口実だろ?」


「ちゃうわ!!」


「はーん。じゃ、おまえの好み疑うな。マリの後があれじゃ、誰も納得しねーよ。」


「てめ…」


 俺の事は何言われてもええ。

 けど…

 るーの事、何で何も知らんナッキーに…!!



 ナッキーの胸倉を掴んで殴りかかろう思うた瞬間。


「や…やめて下さい!!」


 いきなり、近くにあった茂みから…るーが立ち上がった。


「る…」


「はじめてちゃん…」


「……」


 な…なんで、そんなとこに…


 俺が殴りかかるポーズのまんま、ポカンとしてるーを見てると。


「ありがとうございます。今から、あっと驚かせるような女になります。」


 るーが…ナッキーを見据えてそう言うた。

 あれだけ…人の目を見るのが苦手やったるーが。

 ナッキーから目をそらさんと…言い切った。


 るーはそれから俺に視線を移して。


「…さよなら。」


 強い目でそう言うて…また駅に向かって走ってった。


「……」


「……」


 固まったまま動けんでおると、ナッキーがゆっくりと俺の腕を外した。


「…悪かった。」


 そう謝られたけど…


「何が…『はじめてちゃん』…や。」


 俺はギュッと両手を握りしめて言う。


「初めての何が悪いねん。ナッキーかて、初めてを山ほど経験して今なんやろ?」


「……」


「感受性が備わってからの初めてが、どない素晴らしくて大きい事か、ナッキーに分かんのか?」


 俺の言葉にナッキーは小さく溜息をついて。


「…ほんと、悪かったよ。まさかお前がここまで本気だとは…思わなかったからさ…。」


 俺の背中をポンポンしながら言うた。


「……」


 そんなん…俺が…一番驚いとるわ。

 ここまで…るーに惚れてたなんて…


 …ナッキーを責めながらも、自分自身を一番責めた。


 ホンマ…アホや、俺。

 もっと…早う気付けや…。

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