第11話 「マノン。」

「マノン。」


 帰ろう思うて靴履いてるとこに、後ろから呼び止められた。

 担いだまんまのギターから、ひょこっと顔をのぞかせるようにして振り返ると。

 同じクラスの、高原たかはら陽世里ひより


 ナッキーの弟、や。



「おう。何?」


「ギター持ってるって事は、今日はスタジオ?」


「ああ。」


「じゃあ、兄さんに…たまには帰って来いって言っておいて。」


「はあ?そんなん電話すりゃええのに。」


「留守電に入れても反応ないから、頼んでるんだってば。」


「あ、そ。」



 陽世里とナッキーは…腹違いの兄弟。

 髪や目の色からしても、ナッキーはイギリス人のおかん似やろ思うけど。

 人懐っこい笑顔っちゅー点では、二人は兄弟やなーって思う。


 並んだとこを見た事はないが、まあ…似てるっちゃー似てるんやないかな。



「マノン、日野原のお嬢様と毎週会ってるって本当?」


 思いがけへん言葉に、目を剥きだしたみたいにして陽世里を見下ろした。


「…なんで?」


 首を傾げて問いかけると、陽世里はニコッと笑うて。


「日野原に彼女がいるんだ。」


 俺と同じように首を傾げた。


 か…彼女…

 こいつ、いけしゃーしゃーと…


 ………そらそうやな。

 健康な18歳男子や。

 彼女…


 俺が一人で悶々と考え始めとると。


「あのさ…さっき、マノンの取り巻き達が話してたんだけど。」


 これまた…何でそんなん陽世里が気にするん?て事を言った。


「何や。」


「たぶん公園を通って帰る。って。」


「あ?」


「その、日野原の子の事じゃないかな。」


「……」


 嫌な予感はするものの、何でかピンと来ん。

 俺は無言で陽世里を見つめる。


「これ、走って行った方がいいと思うけど。」


「…あいつらが、る…俺が会うてる子に何かするって?」


「雰囲気からして、そんな感じだったと思う。」


「……」


「ま…強い友達がいるから、たぶん大丈夫とは思」


「陽世里ありがとな!!」


 陽世里が何か言うてる最中、俺はギターを担ぎ直して走り出した。



 …何で…何で…


 頭ん中、ぐちゃぐちゃやった。

 体育でも、こない全力疾走せえへんで。


 しんどいとか…たぶんしんどいんやけど…

 それも気にならんほど、必死で走った。



「謝んなさいよ!!」


 その大声は、俺が公園の入り口に差し掛かった時に聞こえて来た。

 続いて…数人の悲鳴。


「きゃー!!」


「何なのよ!!」


「痛い!!」


「離しなさいよ!!」


 俺はバクバクする胸もそのままに…


「おまえら何してんねや!!」


 騒ぎに駆け寄りながら叫んだ。



「マノン!!そいつがあたしに飛び掛ったのよ!!」


 取り巻きの一人が俺の腕にすがり着く。


「…何があったんや…」


 辺りを見渡しながらそう言うと、怯えた顔のるーが目に入った。


 …ああ…何やろ…

 胸が痛い…



「…その女が、るーの事をブスって言ったわ。」


 長身で黒髪の女が、るーを背後に庇いながら言う。


「だ…だって本当の事じゃない。」


「は?この子がブスなら、あんた達全員相当ブスよ。」


「何ですって!?」


 また掴みかかりそうになる取り巻き達に。


「おまえら、ええ加減にせぇよ。」


 低い声でそう言うと。


「マノンこそ!!マリさんがいるのに、どうしてこんな子構うのよ!!」


「っ…」


 めちゃくちゃ…今ここで言われたくない言葉が飛び出した。

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