第3話 「あー、暇やー。」

「あー、暇やー。」


 机に突っ伏して言うと。


「そうか。暇か。でも今は授業中だぞ。堂々と言う事じゃないな。」


 担任の今井が、黒板を指差しながら言うた。


 どっと笑いの沸く教室。

 あー、やってもうたー。

 授業中だろうが休憩中だろうが、ついつい本音をもらしてまう。



「ついでだ。朝霧あさぎり、21ページを読め。」


「ういー…」


 ガシガシと頭を掻きながら立ち上がって、国語の教科書を手にする。


 勉強は好き…やない。

 けど、出来んわけでもない。


 テスト前にはナオトがヤマを張ってくれて、それなりに勉強もする。


「公使に約せし日も近づき、我命はせまりぬ。このままにて郷にかへらば、学成らずして汚名を負ひたる身の浮ぶ瀬あらじ。さればとて留まらんには、学資を得べき手だてなし。此時余を助けしは今我同行の一人なる相沢謙吉なり。彼は東京に在り…あ、チャイム。」


「んん…まあ、いい。じゃあ今日はここまで。」


 今井が教科書を閉じると同時に、クラス委員が起立、礼、言うて。

 俺は立ったまんまやったから、首だけカクンとお辞儀風にした。


「六限目は自習。サボるなよ?」


 教室を出て行きかけた今井がそう言うて。

 教室の中は…


「やった。部活行こうぜ。」


 サボるな言われたばっかやのに、体育会系の奴らは一斉に荷物を手にした。


 今日はバイト休みやし…

 スタジオもないしなあ…



「なあ、遊びに行かへん?」


 近くの席に溜まってる女子に声をかけるも…


「えー?朝霧君、ギターの話しかしないし…」


「恋について語ってもええで?」


「…取り巻きの子誘ったら?」


「おぅ…そう来たか…」



 取り巻き…まあ、取り巻きなんかな。

 星高にも、熱心にライヴに来てくれる女子が数人。

 学校でも、ちょいちょいついて来られて面倒やな~…思う事多々…

 けど、マリに『ファンは大事にしなさいよ』って言われてて。

 なんとなーく…きつく言えん俺…


 その取り巻きの女達はー…なんちゅーか…

 好みやないんやな…

 ケバいし。


 うちのクラスの女子みたいに、のんびりシンプルなんとも遊んでみたいやんか…


 …のんびりシンプル…



 そこで俺は、公園のベンチで会うた『武城たけしろ瑠音るね』を思い出した。


 …思い切り、のんびりシンプルやな。

 男に免疫がなくて、目を見て話すだけで気絶寸前的な…



 …まさかや思うけど…

 俺の言うた『また会うてくれる?』を、真に受けてへんよな…

 だいたい女には言うてまう言葉やけど…


 …ふむ。



 バイトもスタジオもなくて暇やし…

 日野原ひのはら…待ち伏せてみるか。



「ほななー。」


 近くに溜まっとる女子に手を振って、俺は教室を出る。



 日野原に向けて歩き出して、『武城瑠音』を思い返した。


 素材はなー…悪うないんや。

 いちいち俺の言葉に百面相になるんもおもろかったし。

 すぐにそんな目で見るのやめぇ…て、ナッキーには言われるけど…


 処女やろな。





「るー!!ちょい待ったー!!」


 日野原のグラウンドを金網越しに眺めながら歩いとると、そんな声が聞こえて来た。


 そこには…武城瑠音。


 ほー。

 ちょうどええやん……って。


 普通に男と喋ってるやん。


 …何やろ。

 なんか…おもろないな。



 校門の前で待ち伏せたろ思って、門柱にもたれかかる。

 そこでふと、自分の唇が尖ってる事に気付いた。



「よっ。」


 鞄を抱きしめて校門を出て来た武城瑠音に声をかけるも…

 一心不乱に自分の足元だけ見て歩いてたら、そら気付かんな。


「おーい。無視か?」


「……」


 立ち止まった武城瑠音は、一瞬『はっ』として振り返って。


「ああああ朝霧さん。」


 相変わらず、どもった。


 あははははははは。

 おもろいな、こいつ。



、って呼ばれてんねや?」


 顔を覗き込んで問いかける。


「ええええ?」


「今、そこで声かけられてたやん。男と普通に話せるやんか。」


 見たで?俺は。

 男と喋れんって、もしかしてフェイクか?

 そやって、男に近付くためとかか?


 …って、まあ…こいつにそれはないなあ。



「あ…あああの人は、その…クラスメイトで…」


「ふうん。」


「あああの…何かうちの学校に…用事が?」


、待っててん。」


 早速『るー』て呼んでみると。


 るーからは、はっ!!て小さく息が漏れて。


 それがー…

 何やろ………可愛い。


 …ん?可愛い?

 どうした?俺。

 好みちゃうよな。



「今日はバイトが休みなんや。」


「……」


「何か用事ある?」


「あ…あの…チケットの予約を頼まれて…」


「何のチケット?」


「…Deep Red…」


「ホンマに?」


「はい…あの…さっきの友達が、すごくファンで…」


「るーも来る?」


「えっ?あっ、はい…」


「よっしゃ。めっちゃ頑張る。」


 勢いでガッツポーズもしてもうた。

 …どうした?俺。



「よし。予約行こ。音楽屋やろ?」


「えっ?」


「俺がバイトしてる店なんや。」


 マジで…

 どうした?俺。



 決して好みやないねんけど…

 そら、のんびりシンプルなんと遊びたいとは思うたけど…

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