第15話 翌日。

 翌日。


「昨日はすみませんでした。」


「……」


 ルームに入ると。

 突然、杉乃井が頭を下げてそう言った。


「ちょっと嫌な事があってイライラして…八つ当たりしまくってしまいました。」


「や…」


 八つ当たり?


 おまえは…

 八つ当たりで人を押し倒して、無理矢理キスすんのかよ!!


 そう言ってしまいそうになったが…


「…言っとくが…」


「はい…」


「二度とすんなよ。」


「はい。」


「絶対だぞ。」


「しません。」


「…なら、いい。」


「それと、一昨日のスタジオでの無礼も…失礼しました。」


「……」


 スタジオでの無礼?

 ああ…


「ま…あれだけ弾けるなら、俺達に物足りなさを感じても仕方ない…」


「でも、チームとして上手くやるために…もう、あんな態度はとりません。」


「……」



 どうした?


 俺は少し警戒しながら、杉乃井と距離をとって椅子に座る。

 何ならカーテンの向こうに行って欲しいんだが…杉乃井はドアの前に立ったまま。


「…何してんだ?」


「朝霧君と二階堂君を待ってます。」


「……」



 そして、数分後…


「昨日一昨日と、大変失礼いたしました。」


「うわっ…なっ何事…?」


 ガクにも謝って。


「あの無礼と、メンバー同士での見苦しい場面をお見せして申し訳ございませんでした。」


「いっ…あ?えっ…?」


 希世にも謝って。



「…あれ、どういう事?」


「ノン君、何か言った?」


 二人は、俺をルームから連れ出してコソコソと言った。


「…別に俺は何も言ってねーよ。」


「信じていいのかな…またスタジオで豹変とか…」


 弱気になってる希世とガクに。


「もう俺達は始まってんだ。謝って来たけど、サウンドに関しては俺達あいつに負けまくってる。」


「う…」


「た…確かに…」


「結果出さなかったら、高原さんにもビートランドにも迷惑がかかるし…何より、俺達は選ばれたんだ。」


「……」


「プライド持って全力でやろうぜ。」


 キッパリと言った。


 そうだ。

 全力でやれるなんて…幸せな事じゃねーか。



 俺はルームのドアを開けると。


「杉乃井、スタジオ入るぞ。」


 中にいる杉乃井に声をかけた。


「はい。」


 …今日は、ダリアで会った時みたいな感じで。

 笑顔なんだよな。



 四人でエレベーターに乗ると。


「あ、おはよ。」


「おう。」


 紅美と、ベースの相川多香子がいた。


「今日何時までだ?」


 紅美の隣に並んで問いかける。


 エレベーター内、なぜかみんな…聞き耳立ててる。


「六時には上がれるよ。」


「俺の方が早いな。待ってるから一緒に帰ろう。」


「うん。」


 俺達がそんな会話をしてると…


「アツアツですね。」


 杉乃井が、笑顔で振り返ってそう言った。


 …アツアツ…


 紅美が丸い目をして俺を見上げる。


「まあ…バンド離れたからな。一緒に居れる時間は増やしたい。」


 杉乃井に見せ付けるためじゃねーけど。

 紅美を安心させたい気持ちも手伝って、紅美の肩を抱き寄せてそう言うと。


「え…えっ!?付き合ってるの!?」


 相川多香子が、大げさに驚いた。




 〇相川多香子


「えっ!?」


「しーっ。」


「あっ、ご…ごめん…」


 あたしは…エレベーターから降りると、トイレに駆け込んだ。

 そして、次のエレベーターでやって来ると思われる麻衣子を待ち伏せて。

 その姿が見えた途端、トイレに引きずり込んだ。



「紅美とカノンさんが付き合ってるって…それ…すごくショックなんだけど…」


 麻衣子はヨロヨロと体を傾けて、トイレのドアに寄り掛かった。


「え。何であんたがショック受けるの。」


「だって、あんなサラブレッド…入れ替わりでDANGERに入ったけど、少しはお近付きになれるかなって思ってたのに…」


「ええ~っ?美佳が本気で片想いなの、麻衣子知ってるクセに…」


 あたし、相川多香子は…この島馬とうま麻衣子まいこと共にDANGERに加入した。

 それまでは…Back Packっていうバンドを組んでたんだけど…

 Live Aliveの後、燃え尽きてしまった他メンバーから脱退を言い渡されて…

 結局、あたしと麻衣子だけが残った。


 …て言うか、もう解散しかないよね。


 って事で。

 あたしと麻衣子は、ギターとベースの練習を続けながら、ここ、ビートランドでバイトしてた。

 あわよくば、アイドルのレコーディングにでも参加させてもらえないかな…とか。

 美味しい話を待ってた…っちゃー、待ってたんだけど。

 待っててやってきたのは…恐ろしくハードルの高い物だった。


 DANGERの新メンバー。


 最初こそ一瞬喜んだけど、イケメン二人が脱退する後釜って言われて…眉をしかめた。


 だってさ…

 紅美と沙也伽って…

 あたし達から見ても、相当な実力者よ。

 それに…あたし達の事、良くは思ってなかったはず。


 Back Packって自由奔放って言うか天真爛漫って言うか…

 …騒々しかったから。



 それでも、あたしと麻衣子は物心ついたころからの付き合いで。

 Back Packのボーカルだった美佳、キーボードの絢、ドラムの春香の三人とは、高校一年からバンドを組んだ仲。


 学際ではそこそこ人気者バンドだった。

 特に、美佳は男子に大人気だったしね。


 そんな美佳が、カノンさんに片想いを始めたのは…アレだ。

 Live Alive…


 あの日ばかりは、ステージに立つ誰もがキラキラして見えて。

 あたし達のプロデューサーだった神さん(カノンさんの父)も、オジサンのクセに…超カッコ良かった。

 会長に関しては、おじいちゃんと同じ歳なのに…あたし、惚れるかと思ったわ…



「あんただって、カノンさんカッコいいって思ってたでしょ?」


 唇を尖らせる麻衣子。


「そりゃあ思ったけど…あたしにとっては雲の上の人って認識あったから。」


「そりゃ、分かるけどさ……はー…紅美かあ…お似合い過ぎるわ…」


「だよね…」


「……」


「……」


「…って…えーと…あの二人って…」


 ふと…気付いた。


 そうだよ。

 あの二人って…


「イトコ…だよね…」


 そうじゃん!!


「い…イトコって、付き合えるの?」


「ど…どうなの…あたしにも歳の近いイトコいるけど…あたしは…無理だわ…」


「昔はイトコ婚って普通にあったのよ?」


 あたしと麻衣子じゃない声がそう言って。


「えっ。」


 二人してトイレの入り口を見ると…


「あっ…すっすすす杉乃井さん…」


 スタジオに入ったはずの…杉乃井さんが!!


「き…聞いて…」


「だって、大きな声で喋ってるから。」


「そ…そんなに…」


 麻衣子と二人して、肩をすぼめる。


 あー!!どうしよう!!

 この人、カノンさんと同じバンドだよー!!


「紅美さんて、養女らしいからカノンさんとも血の繋がりないみたいよ?」


「えっ。」


 麻衣子と二人して、またまた驚く。

 そ…そんな衝撃の事実…


「す…杉乃井さん…お詳しいですね…」


 美人パーソナリティー、情報持ってるなあ…


「だって、美男美女カップル…あー、狙ってたのになーって。」


 これまた…杉乃井さんも、カノンさんに片想いしてた風な告白…


「ですよね…狙ってはないけど、あわよくば…みたいな気持ちはあったって言うか、目の保養とか妄想のお手伝いのために、出来ればイケメンにはフリーであって欲しいって言うか…」


 麻衣子のつぶやきに、あたしはつい吹き出してしまったけど。

 杉乃井さんは真顔で。


「分かる。あたしもそう思う。」


 前髪をかきあげながら言った。


 …この人…

 結構本気でカノンさん狙ってるんじゃ…?




 〇二階堂紅美


「……」


「…大丈夫?」


 あたしは…無言のノン君を見上げた。


 今日はノン君のバンドもDANGERも、練習がスムーズに終わって。

 約束通り、六時にロビーで待ち合わせて…帰って来た。


 …で。


 今日はあたしが事務所に出てから、家に帰ったらしい父さんは。

 母さん曰く。

 ずーっと、地下のスタジオに引き籠ってる…

 らしい。



「あ?何が。」


 あたしの顔を見たノン君は…すごく、普通の顔。

 …ここ何回か、父さんに話すって言ってた時の…ガチガチな感じは全然なくて。

 すごく、普通。

 本当に、普通。


 いつもの…ノン君。



「…ううん。」


 それが、あたしを安心させてくれた。


 …そっか。

 もう昨日バレたから、腹括ってくれてる…って事だよね。

 だって、いつもはうちまでの道のり…どんな風に話そうかとか、緊張するとか言ってたのに。

 今日は…ずっとバンドの話だった。


 杉乃井さんが、前回みたいに一人で引っ張るんじゃなくて、みんなと合わせてやってくれてバランスが良かった…って。

 DANGERの方も、ミッキーが毎回違うアレンジで曲を盛り上げてくれて。

 今までやってたあたしの作った曲が、何だか…本当に遊び満載のゴキゲンなナンバーに変身してくのが…楽し過ぎる。


 …悔しいけど、高原さんの思惑通り。

 ほんと、あの人…すごいわ。



「ただいまー。」


「ちーっす。」


 玄関のドアを開けて入ると、あたし達に気付いた母さんが迎えに出て来て。


「おかえり。」


 何やら…含み笑い。


「…何?」


「ううん。何でも。」


「何よ…気持ち悪いなあ。」


「気持ち悪いなんて失礼ね。」


 そんな事を言いながら、あたし達はリビングへ。


 するとそこには…


「…何これ。」


 ソファーに横になってる父さん。


「何って、あんたの父さんよ。」


「それは知ってるけど…何で寝てんの。」


「酔っ払っちゃったみたい。」


「はあ?」


 も…もーーーー!!

 なんで…なんで、こんな大事な時に…!!


 振り返ると、ノン君は首をすくめてはいるけど…笑顔で。


「ったく、何で寝るかな。」


 そう言いながら、父さんが寝てるソファーの向かい側に座った。


「…陸兄、寝たふりはやめよーぜ。」


「えっ、寝たふり?」


 あたしは眉間にしわを寄せて、ノン君の隣に座る。


「…お茶入れるわね。」


 母さんがキッチンに行って。


「おまえも手伝って来いよ。」


 あたしの腕を肘で突いた。


「う…うん…」


 いそいそとキッチンに行って、母さんの隣に並ぶ。


「紅茶がいい?それともコーヒー?」


「コーヒーにする。」


「じゃ、カップだして。」


「うん。」


 あー…あたしが緊張して来た…


「…今日のこれって、あれ?」


 母さんが視線を手元に落としたままで言った。


「これってあれ?って何。」


 …母さんは察してるんだ…って思うと、笑い方がおかしくなった。


「お嫁さんにくださいってやつ?」


「…父さん何か言ってた?」


「父さんは言わないけど、姉さんに聞いた。」


「ち…知花姉から?」


「夕べの義兄さんのインスタ、『頑張れ息子』が気になってねぇ。バンドの事なのか、この事なのか。」


「…母さん、ちさ兄のインスタなんて見てんの。」


「だって面白いじゃない。」


「まあ…そうだけど。」



 ちさ兄のインスタは、まだ顔出しNGの知花姉の顔を隠しながらも。

 イチャついてる様子を載せてたり…

 華月ちゃんとのツーショットとか…

 何なら母さんとのツーショット(バッグで顔隠したりして)もあったり…

 そうかと思えば、リハ中の真剣なカッコいい物もあったりで。

 世界中のファンから、注目の的。



「姉さん、顔に出るからすぐわかっちゃった。」


「あはは…」


 そっか。

 やっぱり母さん…

 気付いてたんだ。



 コーヒーを持ってソファーに戻ると。

 ノン君はふんぞりかえって、偉そうなポーズ。


「どうぞ。」


「サンキュ。」


 早速コーヒーを一口飲んだノン君は、母さんがあたしの斜向かいに座ったのを見て…


「陸兄、麗姉。」


 切り出した。


 えっ、父さん寝たままだけど…いいの?

 それとも本当に寝たふり?



 今までなら…ここで電話が鳴ったり…


「俺、紅美と」


「待て。」


 あああああああああああああ!!

 やっぱり寝たふりだったのー!?



 あたしは寝たふりなんてしてた父さんに文句が言いたくて、立ち上がろうとしたけど…


「待たない。紅美が好きだ。紅美と付き合ってる。紅美と結婚したい。」


 ノン君は…立ち上がろうとしたあたしを制して。

 父さんの目を見て、一気にそう言った。


「……」


 思いがけず速攻を決められて。

 父さんは、次の言葉を言おうとしたままの口の形で固まってる。


 母さんは…


「ノン君、本当に紅美でいいの?」


「かっ母さん!!」


 何それ!!


「だって、何かとうるさい世の中よ?イトコ同士で結婚したって事になると色々言われるわよ?」


 …そう来たか。


 母さん、もしかして…反対だったのかな…

 世間体…とか…


「別にイトコ婚なんて大問題じゃねーだろ。アインシュタインだってイトコと結婚したんだぜ?」


「アインシュタインを引き合いに出すとはな。」


 父さんが鼻で笑って。


「イトコ婚をとやかく言われるのはまだいい。そこで紅美とはイトコと言っても血の繋がりはないって世間に知れてみろ。」


「……」


「今は…本当にうるさい世の中だ。平気で人の過去も探り出して…」


 …そこか。



 あたしは…この家とは血の繋がりがない。

 だから、ノン君とも戸籍上だけのイトコであって…血の繋がりはない。

 だけど…それを言ってしまうと…

 そこだけで終わらないのが、最近のマスコミ。


 もしかしたら、父さんと母さんが心配してるように…

 関口の事を調べられてしまうかもしれない…。


 あたしに罪はないって言われても。

 当事者はあたしを憎む。

 自分達の幸せを奪った男の娘として。


 …慎太郎のお母さんのように…。



「イトコ婚で堂々としてるつもりだけど。それじゃいけねーのか?」


 暗くなりかけてる気持ちを吹き飛ばしてくれたのは…ノン君の言葉だった。


「…え?」


「イトコ婚、そんなに悪みたいに思われんのかよ。確かに認められてない国もあるけど、日本はOKなんだぜ?」


「そう…だが…」


「紅美は二階堂家の娘だし、俺のイトコ。そのイトコに俺は惚れて…」


 ノン君はあたしの顔を見て。


「ずっと一緒にいたい。結婚したいって…そう思ってる。」


 優しい声で…言ってくれた。


「…ノン君…」


「…確かに、周りから色々言われるかもしれねーけどさ。俺、そんなの何とも思わねーよ。」


 ノン君は父さんと母さんの目を見て。


「中途半端な気持ちで紅美をずっと想い続けてたわけじゃない。紅美が幸せになる事を一番に望んでた。だから…相手が俺じゃないとしても、何なら一生独身ででも紅美に片想いするつもりでいた。」


 一言一言、噛みしめるように…


「だけど、紅美と想い合う事が出来た。奇跡だと思った。それなら、もうその奇跡は続くって信じて…欲張ったっていいだろ?」


 あたしが…望んでる以上の言葉を…言ってくれてる。


「紅美と…幸せになりたいんだ。」


 そう言ったノン君は、小さく笑って。


「…薄っぺらいか?」


 って…あたしを見つめた。


「…ううん…」


 ううん。

 薄っぺらいなんて。



 …あたし、ノン君は新しいバンドの事とか杉乃井さんの事で、頭がいっぱいだと思ってた。

 実際、頭がいっぱいになってたのは…あたし。

 バンドの事、杉乃井さんとノン君の事、これから先の不安…

 だから、焦って…結婚ってがっついたみたいに言っちゃったのに。


 ノン君…

 父さんと母さんを前に、こんな事言ってくれるなんて…

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