第11話 そんなわけで…

 そんなわけで…


「これ、どこかに呼び出しボタンとかないの?」


 沙也伽がキョロキョロしながら言った。


 あたし達四人は、オタク部屋が見下ろせる通路で。

 まさに、その部屋の中で繰り広げられてる『アンプ解体ショー』を目の当たりにし。

 その一員として…そこでギラギラしたような目で電気ドライバーを駆使してるミッキーを、どうやって呼び出そうか…なんて。



「普通に手を振ってみるとか?」


 多香子がそう言って窓際に立って大きく手を振ったけど…


「誰も気付かないわよ。下向いちゃってるもん。」


 麻衣子が首をすくめた。


「…念力で…」


「念力って…」


 あたし達は沙也伽が『念力』って始めた両手を前に出すポーズを見て、一瞬笑ったけど…

 結局四人並んで、それをした。

 すると、それが届いたのかどうか…


「はっ…!!」


 ミッキーが顔を上げた!!


「みっ見た!!こっち見てる!!」


「ミッキー!!」


 多香子と麻衣子のテンションが上がって、二人は分厚い防音ガラスをバンバン叩いてミッキーを呼ぶ。

 すると、ミッキーはあたし達を見上げて…笑顔になって。


「あ、リーダーみたいな人に何か言ってる。」


「手袋外してる…って事は、来てくれるのかな。」


 あたし達が若干ソワソワしながら通路から見下ろしてると。

 ミッキーはオタク部屋を出て…


「もしかして、俺も練習に参加した方がいい感じ…?」


 オタク部屋から通路に上がる階段を、駆けながらやって来た。


「明日、本間も交えて他の曲もやれ。」


 麻衣子が、真似したのかどうかは分からないけど、里中さんの言葉を腕組みして言う。

 まあ…似てはないけど。


「えっ、里中さん…そんな事を?」


 …分かったんだ。

 すごいな、ミッキー。


「オタクの仕事がどうにか休めるなら、今すぐにでもスタジオ入ってよ。」


 沙也伽が真顔でそう言うと、『オタクの仕事って…』って多香子が苦笑いした。

 言われたミッキーは何でもない顔でオタク部屋を振り返って。


「まあ…ここは俺が抜けてもどうにでもなるようには配慮されてる…とは聞いてるけ…うわあっ!!」


 最後のミッキーの雄叫びは。

 ミッキーが言い終わらない内に、多香子と麻衣子がミッキーの腕を引っ張り始めたから。


「曲は頭に入ってるのよね!?」


「えっ…あっ…ああ、うん。」


「時間ないの!!噂には聞いてるかもだけど、里中さん超スパルタだし!!」


「うち(修理部)では…優しい指導者なんだけどな…」


「そんな事言ってたら泣かされるわよ。あたし達、まだ一曲しか通しでやらせてもらってないから。」


「えっ…この二日間で?」


「そうよ。それだけ、あたし達には課題が多いって事よ。」


「……」



 あたしと沙也伽は…多香子と麻衣子がミッキーの腕を掴んで。

 真顔で、真面目な口調で放ってる言葉を、無言で聞いた。


 …なんて言うか…



「…頼もしいね。新メンバー。」


 沙也伽があたしの隣に並んで言った。


「…そだね。あたし達も応えなきゃ。」


「うん。」


 ミッキーは里中さんに『イケると思った』と思わせた人物。

 きっと、あたし達のサウンドにも…



 と、思ったけど…。





「譜面が読めない!?」


 沙也伽の大声が、スタジオに響いた。


 マイク通してないのに、なんて大きな声…って、あたしは笑いそうになったけど。


「…あたし達も最初は読めなかったよね…」


 って、多香子と麻衣子は少しだけ小さくなってる。


 沙也伽に譜面が読めない事を指摘されたミッキーは…


「ご…ごめん…子供の頃にピアノ教室通ってたんだけど…譜面読むのが苦痛でやめちゃったんだ…」


 DANGERの曲には…キーボードのパートがない。

 今まで、ボーカルとギターとベースとドラムだけでやって来たんだもん。

 必要だと思った事もないし。


 あたしとしては、まあ…セッションって形でやってる内に閃けば…ぐらいに思ってしまってたけど。

 里中さんの剣幕を見て慌てた沙也伽が。

 何曲か、キーボードのパートを作って譜面にして来てくれた。


 実はアレンジ能力も高い沙也伽。

 ほんっと…頭が下がる。



「ど…どうして里中さん…こんな奴…」


 沙也伽がわなわなと震えながらつぶやく。

『こんな奴』って、ちょっと失礼だよ…って目を細めてると…


「ほんと…申し訳ない…でも、まずは一度演奏聞かせてもらっていいかな。」


 ミッキーは一応ペコペコと頭を下げるも、そんな申し出をした。


「俺がもらった音源で曲は覚えてるけど、ギターも増えたしベースは沙都君と多香子ちゃんじゃ弾き方も違うだろうから。」


「……」


 あたしはそれを聞いて…ふと、思い出した。

 酔っ払って、ミッキーとセッションした夜の事。


「…沙也伽、やるよ。」


 あたしがギターを持ち直して言うと。


「え?あ…あ、うん。」


 沙也伽はスティックを持って椅子に座って。

 多香子と麻衣子もポジションについた。


「one,two…」


 沙也伽のカウントで、あたし達は飽きるほどやった『Ugly』を始めた。

 飽きるほどやったけど…里中さんに言われた事を頭の中で繰り返す。


 ブレスのタイミング。

 楽をしようとしちゃダメだ。

 みんなにも、それぞれの課題。

 それを繰り返して、それが普通になれば…

 あたし達は、怖い物なしになれる。



「……」


 2コーラス目で、ふいにミッキーが入って来て。

 みんな一斉にミッキーに注目した。


 …だよね。

 確か、あの夜…

 ミッキー、あたしが弾きながら歌ったジャニスジョプリン。

『実は聴いた事なくってさー』なんて言いながらも。

 2コーラス目から、めちゃくちゃ上手く合わせてくれた。


『何これ!!何でオタク部屋の人がこんなに弾けてんの!?』


『いやー、紅美ちゃんのリードがすご過ぎて、俺まで弾けちゃった感』


『いやいやいやいや…本間さん、アレンジ能力すごいし、何なら曲を頭に入れるスピード天才的』


『えー…そんなの言われるの初めてだよ…』


『ピアノやってたの?ほんと凄すぎるんだけど』


『いや、譜面読むのが苦痛で、半年でやめた。でも家にピアノがあるから弾かないのはもったいなくて…遊びで適当に思ったまま…って感じかな』


『元々才能はあったんだよ。譜面読めないミュージシャンなんて山ほどいるし』


『ほんと?って…まあ、俺ミュージシャン目指してるわけじゃないけどさ…』


『えー?何目指してるの?』


『んー…夢のない男って言われるかもだけど…』


『何々?』


『人の役に立ちたい…それが夢かなあ?』


『…オタク部屋も、その一つ?』


『そのつもりだけど、知花さんには『小さな気遣いが足りない』ってダメ出しされまくり…俺、小さなノイズとか気付かなくて…』


『ああ…知花姉はね…仕方ないよ…超人的な耳の良さとかあるし…』


『それでちょっとヘコんでたけど、紅美ちゃんのおかげで元気出た』


『えー?あたし何もしてないし!!飲んで弾いて歌っただけじゃん!!』


『俺、ここで働き始めて、誰かにピアノ弾いたの初めてだよ』


『マジで!?えー、もったいなーい!!』


『…ありがと。なんか、自信ついた』



 そうだ。

 ミッキーは…もしかしたら、あたし達にとって…

 とんでもなく刺激的で…


「わー!!何あんた!!超いい感じなんだけど!!」


「…沙也伽、『あんた』って…ミッキー、一応年上だよ。」


「えー、多香子、歳なんて関係ないって言ったじゃない。」


「でも『あんた』はないわ。」


「あはは。いいよ。なんか…好き勝手に弾いたけど…良かったのかな。」


「良かった!!」



 沙也伽と多香子と麻衣子は、口を揃えてミッキーを絶賛した。


 うん…。

 この人…



 武器になるかも。





 〇桐生院華音


「ノン君。」


 杉乃井の、あの濃厚なキスの後。

 スタジオに入るも俺がグダグダで。

 杉乃井は不機嫌そうに。


「あれぐらいの事で動揺するなんて、ガッカリ。話にならないので帰ります。」


 溜息をついてスタジオを出て行った。


 な…何が動揺だ!!

 つーか、勝手に人に迫って押し倒しておきながら『あれぐらいの事』って何だよ!!



「…何。」


 ロビーで声を掛けられて振り向くと、ガクが少し唇を尖らせて追い掛けて来た。


「…信用してないわけじゃないけど、今朝のアレ…」


「……」


「俺、紅美には話した方がいいと思うんだけど。」


「ばっ…」


 バカか!!

 あんなの話したら、紅美はますます…


 …いや…

 もしこれが反対の立場だったら…?

 何も知らないままモヤモヤするより、自分が嫉妬する相手がどういう人間かを分かって構える方がいいのかもしれない。

 実際、俺が言わないとしても…ガクが紅美に隠し通せるかどうか、だ。



「バンドがこんな事になったから、紅美も内心穏やかじゃないとは思うしさ…正直に話して、それでもバンドとして始まったからにはノン君が毅然とした態度で杉乃井さんに立ち向かうって決意表明した方がいいんじゃ?」


 頭が良くてキレ者のガク。

 イトコとしてもバンドメンバーとしても頼もしい。

 それに…紅美の弟だ。

 小さな頃から、紅美をそばで見て来てる。

 そのガクが言うんだ。


「…余計な心配や不安は与えたくない。」


「分かるよ。」


「でも、自分は絶対ブレないって事を証明するには…言った方がいいって事だな?」


「んー…ノン君の話聞いてると、何となくだけど…」


「何となくだけど?」


 ガクは眉間にしわを寄せて、俺に一歩近付くと。


「…杉乃井さん、下手したら自分から言いそうじゃん?」


 声を潜めて言った。


「…誰に。」


「紅美に。」


「…今朝の事を…か?」


「うん。色を付けて。」

 

「……」


 まさか。

 杉乃井がそんな事をするとは思いたくない。

 だが…

 ダリアでの時間が楽しかったから、そう思いたいだけの俺がいる。

 実際の杉乃井は、冷たい視線でキーボードを弾き倒して俺達を罵倒し、俺を押し倒してえぐいキスをするような奴だ。


 …紅美に、チクるなんて…

 朝飯前って思いそうな奴だ!!



「…DANGER、スタジオ入ってるよな。ちょっと行って来る。」


 俺がそう言ってエスカレーターに向かうと。


「あ、俺も行くよ。」


 ガクもついて来た。


 杉乃井…ルームにはいなかった。

 まさか。

 頼むから、紅美の所に行ってませんように。


 祈るような気持ちでエレベーターで八階へ。

 DANGERの入ってるCスタの窓から中を見ると…


「…いないみたいだね。」


 ガクがそう言って、二人で胸を撫で下ろ…


「……」


 ガクと、顔を凍らせた。

 俺達から死角になってた壁際から、杉乃井が顔をのぞかせて。

 斜に構えて…俺達に不敵な笑みを見せた。




 〇二階堂紅美


 その人は…突然やって来た。


「お邪魔していいですか?」


 ミッキーが加わって三度目の『Ugly』が終わった瞬間。

 ドアを開けて入って来たのは…

 …サリーこと、杉乃井幸子…さん。


 ノン君に…すごいと思わせたキーボーディスト。



「えー…っと…」


 多香子と麻衣子が顔を見合わせて。


「どちら様ですか?」


 って問いかけたけど。


「あっ。もしかして…杉乃井幸子さん?」


 立ち上がってそう言ったのは、沙也伽だった。


「そうです。杉乃井幸子です。」


 杉乃井さんはニコリと笑って…あたし達を一人ずつ見て。

 …最後に、あたしに目を止めた。


「え…」


「紅美さん、あたし…あなたの大ファンなの。」


 突然、ずいっと歩み寄られて。


「だから…出来ればDANGERに加入したかったんだけど…」


 あたしの両手をギュッ。


 え…えーと…えーと……


「…あなたがDANGERのキーボード?」


 杉乃井さんはあたしの両手を握ったまま、ミッキーをジロジロと見て言った。


「あ…はい…です。」


「ふうん…」


 な…何だろう…

 あたしがダリアで見かけた杉乃井さんとは…ちょっと雰囲気違う気がする…


「あの…今日って、あっちのバンドもスタジオなんじゃ?」


 沙也伽が遠慮がちに問いかけると、杉乃井さんはあたしの両手を離す…かと思いきや、手の甲をすりすりと擦り始めた。

 その様子に、みんなが目を細める。


「うーん。あのイケメン達三人、もっと骨太なのかと思ったけど…全然ひ弱で。」


「……」


「今日は話にもならなかったので、もう終わりました。」



 …ノン君が言ってた事…本当だったんだ。

 ノン君と希世とガクを見下した言い方が出来る人なんて…初めてだ。


 多香子と麻衣子は、あの三人が新しくバンドを組んだ事を知ってるから…

『あたし達からしたら、あのイケメン三人って完璧なのに…』って小声で言ってる。


 …あたしだって…

 あの三人は強力な布陣だと思う。

 なのに、それを全然物足りなさそうに言うなんて…この人…何者?



「練習、見学させてもらっていい?」


 杉乃井さんは、あたしの手を持ったまま笑顔で言った。


「えっ…」


「えー。あの三人をひ弱に思うぐらいなら、あたし達なんて空気より軽いって思うかもですよ?」


 沙也伽が嫌味たっぷりにそう言うと。


「あたし、元々沙也伽さんのドラムと紅美さんの声に惹かれてたから。」


 やっとあたしから手を離して、沙也伽に向かってお願いポーズ。


「……」


 あたしと沙也伽は顔を見合わせる。


 どうする?沙也伽。


 どうするって…嫌だけど仕方ないよね。


 そんな感じなのかどうか謎だけど…


「まあ…お互い新生バンドでやってく仲間だし…いいんじゃないかな。」


 そう言ったのはミッキーで。

 一瞬、杉乃井さんは舌打ちしそうな表情を見せた気がしたけど。


「ありがとうございます♡」


 ミッキーに向けたのは、極上の笑顔だった。



 そして…あたし達は四度目の『Ugly』を始めた。

 杉乃井さんは、ずっと指でリズムを取りながら聞いて。

 曲が終わると、大きく拍手をして…


「いい!!すごく良かった!!この曲、紅美さんの声にピッタリで鳥肌立った!!」


 大げさなほど絶賛した。




 …何なんだろう…




 何となく…


 胸がざわつく。

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